「医師から水に顔をつけることを禁じられていた」育ての親が語る“規格外の選手”池江璃花子がプールに帰ってきた日
文春オンライン / 2024年7月31日 6時0分
![「医師から水に顔をつけることを禁じられていた」育ての親が語る“規格外の選手”池江璃花子がプールに帰ってきた日](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72413_0-small.jpg)
東京五輪での池江璃花子 ©JMPA
パリオリンピックで女子100メートルバタフライに出場した池江璃花子さんは、2019年に白血病を公表し、療養生活に専念した後、復活を果たした。池江さんの成長を中学2年から見守ってきた“育ての親”、ルネサンス元社長の吉田正昭氏が、当時の様子を語った「文藝春秋」のインタビューを紹介する。
◆◆◆
14歳から「規格外」
はじめて会ったのは璃花子が中学2年生のときだったでしょうか。
地元のスイミングクラブから移籍してきて、18歳以下で競うジュニア五輪などで次々と中学記録を更新していた頃、コーチから将来強くなる選手が入ったと聞かされ、試合会場で泳ぎを見ました。
ルネサンスには当時から可能性のある多くの選手がいましたが、璃花子もその一人で、かれこれ7年ほどの付き合いになります。
すでに「規格外」の選手で、ジュニアでは群を抜いた素質をもっていました。体格面でいえば、両腕を伸ばした長さ、いわゆるリーチが身長より10~15センチほど長い。一般的にリーチは身長と同じと言われています。100、200メートルバタフライの世界記録をもっていたアメリカの“怪物”マイケル・フェルプス選手を超える比率だというのです。
だからひと掻きで進む距離が長く、日本人の自由形では見られない、スケールの大きな泳ぎでした。
まだ中学生で身体が成長し切っておらず、筋力的にも不十分な状態でしたが、日本のトップレベルの泳ぎを見せていた。当時は自由形で世界と戦える日本人はいなかったのですが、この子なら世界のトップを狙える選手になるかもしれないな、しっかり育てなくてはと大きな責任を感じたものです。
中学時代から、気遣いのできる、本当に礼儀正しい子でした。最初は社長と選手の関係で少し距離がありましたが、打ち解けていくにつれ、彼女の水泳に対する考えや目標などを聞くようになりました。何かあるときはコーチ経由で連絡をもらうこともありました。
基本的に私の方から水泳に関して込み入った話はしません。コーチがしっかり練習を管理していますし、色んな立場の人間からアドバイスされると、選手は混乱してしまいますからね。私は、璃花子やコーチの後ろでじっと見守り、何かあればいつでも支えられるようにしています。
自覚が足りない時期も
今となっては想像もつかないかもしれませんが、璃花子にはアスリートとしての自覚が足りていない時期もありました。
高校2年の夏。ハンガリー・ブダペストの世界選手権に出場したときのことです。現地の宿舎で璃花子と会うと、ちょっとほっそりとした印象を受けたんです。
「痩せたんじゃないのか?」と尋ねたら「ありがとうございますっ!」と、めちゃくちゃ嬉しそうに返事した。スリムになったと褒められていると思ったのでしょうね(笑)。すでに日本ではナンバーワンの選手でしたけど、おしゃれ好きな高校生だったので、すらっとした体型を求めていたのかもしれません。
この世界選手権では100メートル自由形で予選落ちするなど、海外の選手たちとの差をまざまざと見せつけられました。それで意識が変わったようで、トレーニングを積み、徐々にアスリートらしい体格に変化していきました。
10か月におよぶ闘病生活を経て退院したのは、2019年12月のことでした。璃花子は直筆のメッセージを公開します。そこにはこんな言葉が綴られていました。
〈入院中、抗がん剤治療で吐き気が強い時や倦怠感もありましたが、そんな時はとにかく「大丈夫、大丈夫、いつか終わる」と自分を励まし続けました〉
何事も前向きにとらえる璃花子らしい文章だなと感じました。
そして2020年の3月17日、406日ぶりに璃花子はプールに帰ってきました。
その様子を収めた動画をみて、頭では理解していたつもりですが……、やはり身体の細さが目につきました。体重が18キロも落ちたそうですが、水着を着ると余計に身体全体の細さなどが目立ちます。
でも表情は、本当に晴れやかで嬉しそうで、それまで見たことないほど明るかった。小さな子供のような笑顔を浮かべて……。自分のホームグラウンドに帰って来られて嬉しくて仕方がない、そんな喜びに満ち溢れていました。みんなと一緒に食事をとる時も嬉しそうな表情をしますけど、比ではなかった。
この時は医師から水に顔をつけることを禁じられていたので、本格的に泳ぐことは控えました。身体への負担も考慮し水中にいたのは30分ほどです。
しばらくして、退院後はじめてプールに飛び込む練習をした時は、さすがの璃花子も怖かったようでした。
そういえばその時、私はこんなLINEを送りました。
「やっぱり体重がないから推進力が落ちるね。しっかり体を作って体重を増やしていこう」
璃花子とLINEをするときに長文は送りません。今どきの子は長文だとなかなか返してこない(笑)。短い文章へのレスポンスは早いんですけどね。
このような状況から、コーチ、トレーナー、医師とともにみんなで“競泳選手・池江璃花子”の復活を目指してきました。無理せず練習を重ねてきましたが、ルネサンス所属の持田早智や山本茉由佳ら同年代の選手と一緒に練習することが大きな力になったと思います。
もちろん最初は他の選手についていけない時期が続きました。そんな時でも、西崎勇コーチに後でこっそり「あの子のタイム、いくつですか」と聞いていたそうです。本当に負けず嫌いな子ですよ。
ただ彼女たちは小さい頃からずっと切磋琢磨してきたメンバーで、本当に仲がいいんです。璃花子を盛り立てていこうという雰囲気を作ってくれたことには助けられました。
◆
本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 池江璃花子は病室で笑った 」)。
〈 「どれだけすごい人間やねん!」池江璃花子が“育ての親”を感嘆させた“復活劇” 〉へ続く
(吉田 正昭/文藝春秋 2021年9月号)
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