1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

「ファンイベントに100人のはずが3人。地獄の空気でしたよ(笑)」モテクリエイター・ゆうこす(30)の“波乱と炎上”に満ちた地元・北九州時代

文春オンライン / 2024年8月3日 11時10分

「ファンイベントに100人のはずが3人。地獄の空気でしたよ(笑)」モテクリエイター・ゆうこす(30)の“波乱と炎上”に満ちた地元・北九州時代

©釜谷洋史/文藝春秋

 タレント、YouTuber、そして年商20億円を超える会社を経営し、マルチな才能を発揮し続ける、ゆうこすこと菅本裕子(30)。女子のために異性から好かれるメイクやファッションの“モテ”要素を発信する“モテクリエイター”としても活躍し続ける彼女に、波乱に満ちた地元・北九州での日々を尋ねた。(全3回の1回目/ #2 、 #3 を読む)

◆◆◆

ファンから来たDMに返信をしたらHKT48を脱退することに

――高校2年生のときにHKT48に加入されましたが、元々芸能界に憧れがあったのでしょうか?

ゆうこす 特になかったんですけど、元AKB48の前田敦子さんの大ファンだったんです。当時、北九州の田舎に住んでいましたが、あのAKBグループが福岡でもメンバーを募集すると聞いて、フワッとした気持ちで受けたら受かった感じです。

――その後、HKT48として活躍がはじまるも、1年弱でグループを脱退することに。なぜお辞めになったのですか?

ゆうこす 当時Google+というサービスがあって、HKT48内でSNSのような感じで使っていたんですね。ブログを更新したり、ファンからDMが届いたりしていましたが、私、そのDMに返事を返していたんです。まだSNSも盛んな時代じゃなかったし、それが悪いことだってあんまりわかってなくて。今ならファンからきたDMに返信をしたらさすがにダメでしょ! って思いますけど、そういうのも分からず、ただメッセージ来てるから返そうくらいの気持ちで。隠してやるつもりも全く無くて、内容もそんなに悪いことではなかったと思うんです。

 でも、その後事務所から注意を受けたのですが、そのタイミングでSNS上でありもしないような事を書かれていて、その疑いも掛けられて。

 当時本家のAKB48でスキャンダルもあって全事務所がピリピリしていた時期だったと思うんです。ちょっとでも怪しい子がいたら、話し合いの場を設けるのは当たり前だと思うのですが、当時17歳の私は喧嘩腰になってしまい、「だったら辞めてやるよ!」という感じで、辞めてしまいました。私を含む5人が一気に辞めてしまいましたが、今となっては仕方がなかったなと思っています。

「喫煙や飲酒をしてファンの家に泊まった」とテレビから流れて…

――ちなみにありもしない疑いとはなんでしょうか?

ゆうこす 実家でテレビを観ていたら「菅本裕子さんを含めた5人が喫煙や飲酒ほか、ファンの家に泊まるなどして、グループを辞めたそうです」ってテレビのニュースで流れてきて、「ええーっ!!」ってびっくりして。ファンとも個人的に会ったことなかったし、どうしたらいいのかわからなくなって、放送中にそのテレビ番組に電話したんです。「すみません、今そちらの番組で取り上げられている者なんですけれど、私の話ってどこ情報なんですか?」と。

 すると「担当者に代わります!」ってバタバタしだして15分くらい待ったら「担当者です。こちらYahoo!知恵袋で拝見しまして」と言われて「ウソでしょ…!?」って。Yahoo!知恵袋の情報だけでテレビで放送するなんてありえない! と思うんですよね。ローカル番組だったからそこまで縛りがなかったのかもしれないですけど、そういうレベルで流しちゃうんだ…って衝撃でした。

――ニュースに反論する動画も作ったそうですね。

ゆうこす 今だったらスルーすればいいじゃんて思うんですけど、私だけじゃなくて両親のことまで言われるのがすごく嫌だったんです。そこでYouTubeというものがあるらしいと。今から13年くらい前で、まだガラケーの時代でパソコンも持ってなかったんですけど、お父さんのパソコンを借りてやり方を聞いて動画を作ったんです。「みなさんこんにちは、菅本裕子 です」からはじまって経緯を話しているとどんどん感情が高ぶってきて、当時17歳だったし怒りと悲しみで「私はやってない! やってないです!」とただただ言いたくて。

――動画の反応はいかがでしたか?

ゆうこす 数日で400万回再生数くらい記録したようですが、動画がさらに炎上を招いてしまい、収拾つかないくらい叩かれました。アンチのコメントに私もいちいち反論しなきゃいいんですけど、毎回返しちゃうからさらに燃えて。動画はHKT48の運営さんに言われて消しましたが、まぁ、そりゃそうですよね。

「ファンイベントをしたらたった3人。地獄の空気でしたよ(笑)」

――HKT48を脱退後は料理の専門学校に入ったそうですが、何か今後の方向性を考えていたのでしょうか?

ゆうこす これから何をしたいのか特に考えてなかったし、料理がめっちゃ好きかというとわからないけど。ただ、北九州では、女性は料理が作れないといけないし、お嫁さんになったら相手のお母さんからレシピとか聞くとか、ちゃんと基礎は作っておかないといけないような雰囲気もあって。自分も当時はそれが当たり前だと思っていたのでなんとなく料理の専門学校に通った感じですね。

 でも在学中に街を歩いていたら、芸能事務所にスカウトされたんです。脱退のデマを払拭しよう、お料理アイドルとして売りだそうと色々言われて事務所に入ってみたら「まずはグラビアDVDだよね」って。まぁ、よくある話なんですけど…結局仕事らしい仕事もないままでしたね。

――ファンイベントも行なったそうですが、こちらはいかがでしたか?

ゆうこす HKT48を辞めた当初はTwitter(現・X)のフォロワー数が2万人くらいいたのかな。“元HKT48”の看板もまだあったし、一人2000円のチケットで100人来てくれたら20万だ! それを月に1回できたらめっちゃいいぞ! と思って開催して、はじめはお客さんも来てくれたんです。でも2回目に来る人がいなくて、お客さんもだんだん減っていって、あるとき100人規模の会場にお客さん3人しかこない日があったんです…! おじさん3人と私、もうね、地獄の空気でしたよ(笑)。人気のないガールズバーみたいな、想像しただけでもキツいですよね。

 とにかく気まずいし、お客さんも「前はアイドルでキラキラしていたのに、全然売れてないじゃん!」って思っただろうし。友達に受付をやってもらいましたが、「席が余り過ぎてるから、4人目で座ってくれる?」って友達にお願いして。まぁ、座ったところとて、なんですけど。

「まぁ、行かないよな。応援する理由も必要なんだな」

――3人というのは当日分かったんですか? 

ゆうこす 前もって私が人数までチェックしていなかったのと、当日券ありますとは聞いていたけど、まあ埋まるでしょって過信しちゃってたんですね。でも違った。トークライブをする予定でしたが、時間がかなり余ってどう過ごそうと思いながら、みんなでマリオカートした記憶はありますね。ちょうど4人体制だから。しかも、誰もマリオカートできないから私が勝ち続けるっていう…。

 でもよく考えたら、アイドルを辞めてしばらく炎上しちゃった女の子で、ここから何をするか決まってるでもなく、当時企画力もないままゆるっと開催しても、まぁ行かないよなって思いますね。応援する理由も必要なんだなっていうのはすごく感じた記憶はあります。

 結局、料理本も出ず、イベントも人が集まらず、仕事もなく、精神的に不安定になってしばらく実家に帰りました。家族以外とは誰とも会わずに、部屋にこもってひたすらネットサーフィンやゲーム、音楽を聴くか漫画を読み漁る生活になって。でも、世間には落ちぶれたと思われたくないのでTwitterでは「私は幸せです!」みたいなこと書きながら2年程度ニート生活を過ごしました。

撮影 釜谷洋史/文藝春秋

〈 「生理は年1、2回。心がバキッと折れる音が聞こえました」鬱になったゆうこす(30)がSNSを通して一番伝えたかったこと《鬱は甘えじゃない》 〉へ続く

(松永 怜)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください