「調子が悪いから二軍にいるんだろうなと思ったら」高2の夏に甲子園出場、ドラ3でプロ入りした大田阿斗里(34)が絶望した“2人のバッター”とは
文春オンライン / 2024年8月24日 11時0分
©文藝春秋 撮影・橋本篤
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帝京高校に入学し、1年春からベンチ入りしていた大田阿斗里は、2年夏から3季連続で甲子園に出場した。
06年夏には智弁和歌山との12対13という壮絶な打ち合いとなった試合にも2年生ながら登板し、07年春の選抜における初戦の佐賀・小城戦では江川卓と並ぶ20三振(大会史上2位タイの記録)を奪う快投をみせた。吉岡雄二や三澤興一(共に元巨人ほか)など、右の豪腕を輩出した帝京らしい、身長188cmの大型投手だった。
「高1の頃は帝京の練習について行くことだけで精一杯でした。高2の夏に甲子園を経験してからは、スポーツ紙や専門誌で取り上げられることも多くなり、自然とプロを意識するようになりました。当時の球速は140キロ台後半だったと思います」
帝京のチームメイトには、現在も福岡ソフトバンクで活躍する同級生の中村晃に加え、1学年下に杉谷拳士(元北海道日本ハム)がいた。
「中村は1年生の頃から別格でした。帝京では打撃マシンの球速を145キロぐらいに設定して打たされるんですけど、ちょっと前まで中学生だった1年生はほとんど打ち返せないんです。だけど、中村だけは気持ちよさそうに打ち返していましたから。野球センスの塊だったと思います」
「思い残すことはないんですけど、悔しさが残る高校野球でした」
名門・帝京でしごかれ、順調に成長していた大田の高校野球は不本意な形で終わることになる。20三振を奪った選抜の次の試合の打席で、右手にデッドボールが当たってしまう。
「右手の親指のツメが半分ぐらいなくなっちゃって……。それぐらいツメがはがれちゃうと、治りも遅いんです。親指をかばうようにボールを投げていたら、投球フォームがだんだんと崩れてしまい、以前のフォームを思い出すことができないどころか、どう投げたらいいのかさっぱりわかんなくなった。イップスに近い状態だった。完全に治ったあとも、ずっとおかしかったですから」
右手親指のケガが野球人生を狂わせた。いつしか背番号は「1」から「10」に変更となり、最後の夏は甲子園に出場したが、1試合のみの登板で序盤にKOされて終わってしまった。
「3年間頑張れたという意味では思い残すことはないんですけど、悔しさが残る高校野球でした。不思議なもので、最後の夏が終わった瞬間から、ボールが走り出し始めました」
親指のケガはきっかけでしかなく、大田の中に期待に応えなければならないという重圧が、投球を狂わせていたのだろう。
進路を考えるうえで、大田は帝京の前田三夫監督から、「下位にはなるだろうが、指名はあるはずだ」と聞かされていた。それゆえ、プロ志望届を提出して運命の日を待った。結果は横浜ベイスターズが3位で大田を指名する。
「高校野球を不本意な形で終えたからこそ、プロで絶対に成功するという気持ちでした。根拠のない自信といえばそれまでですが、環境が変わればピッチングの内容も変わるんじゃないかなって。自分に才能があるとは思わなかったけど、体がでかいっていうのは、プロに入ってからもアドバンテージになると思っていました」
「自信のあるストレートを看板まで運ばれてしまいました」
1年目の春季キャンプにおける初めての休日。大田は高卒でプロになった同期と一緒に一軍キャンプに足を運んだ。当時、ベイスターズに在籍していた大ベテランの工藤公康やエースの三浦大輔など一軍メンバーのブルペンでの投球を見た一行は、帰りの車の中でみなが黙り込んだ。一軍投手のボールを目の当たりにし、言葉を失ったのだ。
「捕手のミットが構えたところから動かないし、投球が研ぎ澄まされていた。投球のテンポがよくて、白球がミットに収まる音も聞いたことがない破裂音だった。つい、見とれてしまいましたね。これはとんでもないところに来てしまったぞ、と」
1年目の08年シーズンが始まり、大田は二軍の巨人戦(ジャイアンツ球場)に登板した。コンディション調整で二軍にいた二岡智宏やイ・スンヨプら主力選手と対戦して、めった打ちに遭う。
「調子が悪いから二軍にいるんだろうなと思って投げてみたら、自信のあるストレートをイ・スンヨプに右中間にあった『ジャイアンツ球場』と書かれた看板まで運ばれてしまいました。二岡さんにもアウトローの140キロ台後半のボールを簡単に打ち返されてしまった。高校時代と同じような方法では全く通用しないということを痛感して、もがきはじめました」
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(柳川 悠二)
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