《「ヒロアカ」ついに完結》「無個性」の主人公デク≒2つの連載が短命に終わった作者? 「個性」が溢れ返るジャンプで「ヒロアカ」が10年間生き残った方法
文春オンライン / 2024年8月5日 7時0分
主人公は「個性」を持たない少年・デク 「僕のヒーローアカデミア」 アニメ公式サイトより
8月5日発売の「週刊少年ジャンプ」36・37合併特大号(集英社)で、『僕のヒーローアカデミア』(以下『ヒロアカ』)が最終回を迎えた。
本作は、堀越耕平が2014年から10年にわたって連載した人気少年漫画だ。
舞台は「個性」と呼ばれる特別な力を宿した人々が大多数を占め、プロヒーローが治安維持のために活動する超人社会。
主人公のデクこと緑谷出久はこの時代では珍しい個性を持たない「無個性」の少年だったが「平和の象徴」と呼ばれるNo.1ヒーロー・オールマイトの個性「ワン・フォー・オール」(OFA)を譲り受け、最高のヒーローを目指すことになる。
『ヒロアカ』は『バットマン』、『スパイダーマン』、『X-MEN』といったヒーローもののアメリカン・コミックスの世界を、ジャンプが得意とする異能力バトル漫画のフォーマットに落とし込んだ作品だ。
「無個性」の落ちこぼれだという意識から来るデクの生々しさ
『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)の第3部でスタンドと呼ばれる異能力を操るスタンド使いたちの頭脳バトルが描かれて以降、ジャンプのバトル漫画は異能力バトルが新たな王道となり、登場人物のほとんどが異能力を持ったキャラクターで、能力の組み合わせによって複雑なバトルを描く作品が増えていった。
『ヒロアカ』の「個性」の描き方も、そんなジャンプ漫画の伝統を踏まえたものだが、「個性」を持っているのが当たり前の世界で、主人公のデクを「無個性」な少年として描いたことが本作の最初の成功だったのではないかと思う。
ヒーローオタクで勉強はできるが、「個性」を持たないデクは、この時代の落ちこぼれだ。だからいつも自信なさげで、幼馴染の同級生・爆豪勝己からイジメられている。そんなデクがオールマイトの「個性」を継承することで、同級生たちと対等に渡り合えるように成長していくのが本作の見どころだ。
だが、「OFA」は強い個性ゆえに反動も大きく、使用する度にデクは指や手の骨が折れる大怪我をしてしまう。
『ヒロアカ』は手を筆頭とする肉体の描写にこだわりのある漫画で、劇中では怪我や身体欠損が繰り返し描かれる。
ヒーローという絵空事の世界を描きながらも本作が生々しく感じられるのは、作者の肉体に対するこだわりゆえだが、「無個性」の落ちこぼれだということを過剰に意識しているからこそ、デクは少しでも早く成長したいと考えており、そのためなら怪我をしても構わないと思っている。
自分のことを顧みない狂気とも言える必死さこそが、デクの強さであり危うさであることは後半になるにつれてはっきりとわかってくるのだが、「自分にはもう後がない」という意識に縛られているデクの「余裕のなさ」には鬼気迫るものがあり、物語の設定を超えた生々しさが存在する。
2つの連載が短命に終わった作者の苦境≒無個性のデク?
作者の堀越耕平は『ヒロアカ』の前に『逢魔ヶ刻動物園』(全5巻)と『戦星のバルジ』(全2巻)をジャンプ本誌で連載しているが、どちらも人気作とは言えず、短命に終わっている。「もう後がない」と思った堀越は、読み切りで手応えのあった『僕のヒーロー』の世界観をベースに『ヒロアカ』の連載を立ち上げるのだが、「個性」がないことに悩む冒頭のデクと作者の心情がシンクロしているように感じた。
漫画家にとって「個性」は最大の武器で、初めは自分の「個性」=才能を拠り所に作品を立ち上げる。そこで作品がヒットすれば、作者の「個性」は世間に認められたことになるのだが、失敗すれば「自分には才能がないのではないか?」と絶望の淵に叩き落とされる。
そのため、若い作家が「自分には才能がない」と認めるには想像を絶する覚悟が必要となる。プライドの高い作家なら、ここで筆を折ってしまうかもしれない。
しかし堀越は、どうやってジャンプで戦うのかと悩んだ末に、自分の内側に秘めた才能=「個性」ではなく、自分の外側で育まれてきたジャンプやアメコミが築き上げてきた伝統を継承することで漫画を描こうと考えたのではないだろうか?
デクが自分自身の力ではなく、代々受け継がれてきた先代のヒーローたちの「個性」で戦うヒーローとして登場した背景には、上記のような葛藤と苦渋の決断が作者の中にあったのではないかと思えて仕方がない。
ここで一度「才能だけで戦う」という選択肢を捨てたからこそ『ヒロアカ』は独自の立ち位置を獲得し、才能ある漫画家たちが切磋琢磨する「少年ジャンプ」という舞台で、10年にわたる長期連載となったのだろう。
衰えていくオールマイトは『NARUTO』や『BLEACH』の終了が…
同時に大胆な設定だと感じたのが、No.1ヒーローのオールマイトの力が失われつつあり、ヒーローとして終わりの日が近いことを冒頭で示したことだ。
それはそのまま当時の少年ジャンプが抱えていたベテラン作家の人気連載の終わりが近づいているが後進が育っていないという、危機意識を反映していたように思う。
『ヒロアカ』の連載がスタートした2014年はジャンプを支えた人気連載の終了が始まりだした年だった。同年には岸本斉史の『NARUTO -ナルト-』が終了し、2016年には久保帯人の『BLEACH』と秋本治の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、2018年には空知英秋の『銀魂』の本誌連載が終了している。
だが一方で、2016年には吾峠呼世晴の『鬼滅の刃』と白井カイウ(原作)と出水ぽすか(作画)による『約束のネバーランド』、2018年には芥見下々の『呪術廻戦』と藤本タツキの『チェンソーマン』といった若手作家の手がける話題作の連載が始まり、世代交代が起こっていく。その嚆矢となって、新旧のジャンプの伝統を繋いだのが『ヒロアカ』だったと言える。
その意味で物語の背後に当時の作者とジャンプの状況が透けて見えるのも、本作の隠れた魅力なのだ。
〈 「ヒロアカ」人気投票の1位が“8回連続で爆豪勝己”だった理由 「全員主人公」の群像劇で“元・傲慢ないじめっ子”がなぜ?《ついに完結》 〉へ続く
(成馬 零一)
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