《身長172cm》“背が低すぎる”河村勇輝(23)はナゼ活躍できるのか…“小さな選手”がバスケで輝くための“3つの秘策”
文春オンライン / 2024年8月2日 17時0分
![《身長172cm》“背が低すぎる”河村勇輝(23)はナゼ活躍できるのか…“小さな選手”がバスケで輝くための“3つの秘策”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72563_0-small.jpg)
©JMPA
バスケットボールでは近年、選手の高身長化が進んでいる。前回の東京五輪では日本代表のスタメンの平均身長が初めて2mを超えて話題になり、バスケットボール最高峰のNBAで今シーズンの新人王を獲得したウェンバンヤマ(フランス代表として7月30日に日本戦にも出場)の身長は2m24cmだった。
しかし世界一を決めるオリンピックの舞台で、“わずか”172cmしかない日本の河村勇輝が大活躍をして、世界を驚かせている。
河村は今大会に参加している選手のなかで2番目に身長が低い(最も低いのは日本代表でキャプテンを務める167cmの富樫勇樹)。にもかかわらず、パリオリンピック第2戦のフランスとの試合では29得点を決めて、第2戦のベストファイブに選ばれた。ベストファイブに他に名を連ねたのはNBAでMVPに輝いたことのある選手や、件の2m24cmのウェンバンヤマなど、世界のトップを走る選手たちばかりだ。
また、河村は各チームが2試合を終えた段階で、得点ランキングで全体の5位に入っている。もはや、日本を牽引するというレベルではなく、世界に通用する選手としてその名をとどろかせ始めている。
バスケの世界では身長が“低すぎる“河村が、世界一を決める大会で輝けるのは何故なのか。
今回は3つの理由を紹介しよう。
河村を育てたBリーグの存在
1つ目が、2016年に誕生した日本のプロバスケットリーグであるBリーグのシステムの恩恵を最大限に受け、成長してきたからだ。
BリーグではサッカーのJリーグに習って、高校生や大学生が一般企業へのインターンのような形でプロの試合に出場できる制度がある。河村は2020年の1月、福岡第一高校在籍中、3年生の終わりにこの制度を使って、Bリーグの試合に出場。当時のBリーグの最年少出場記録と最年少得点記録を打ち立てた。
「才能のある選手には、若いうちから高いレベルを経験させることが成長につながる」
それがスポーツの世界の常識だ。あの時点でプロ選手たちに混ざってプレーした意味は大きかった。また、高校卒業後はバスケの名門・東海大学へ入学し、大学1年と大学2年時にも、同制度を使ってプロの試合に出場。そして、大学2年の終わりにさしかかった2022年3月には大学を中退して、プロの世界で生きていくと発表。同年7月に代表デビューを果たし、現在に至る。
このように、日本に待望のプロリーグが誕生した恩恵を高校時代から受けた選手の筆頭が河村なのだ。そして、若くしてプロのレベルでプレーした経験が飛躍的な成長につながった。
日本バスケットボール界に初めて五輪メダルをもたらしたホーバスHCとの出会い
2つ目が、身長の低い選手の長所に目を向けてくれる指揮官との出会いがあったからだ。
現在の男子の日本代表の指揮を執るトム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)は東京オリンピックで、女子の日本代表を率いて2位になり、日本バスケットボール界に初めてメダルをもたらした。
それまでの女子の日本代表は海外のチームに比べて高さで劣っていたために、ゴール下の攻防を強いられ、そこで屈していた。それが世界大会での上位進出を阻んでいた。
そんな状況をホーバスHCが打ち破れたのは、そのキャリアとも関係している。
アメリカ出身のホーバスHCはかつてトヨタ自動車(現アルバルク東京)で実業団選手としてプレーした経験があり、日本のJXサンフラワーズ(現ENEOSサンフラワーズ)という女子の実業団チームでもコーチを務めてきた。そうしたバックボーンがあるからこそ、日本の選手たちが抱える長所も短所も理解していた。そこで、東京オリンピックでは「3Pシュートの多用」、「スピード」、「スタミナ」を武器に、女子代表チームを世界2位に導いたのだ。
冒頭に述べたとおり、バスケットボールでは身長がものを言うスポーツである。もし、身長の高い選手が男女問わずひしめいているアメリカのバスケットボールしか知らなければ、彼が身長の低い選手に可能性を見出すことなどできなかったはずだ。
ホーバスHCはなぜ身長の低い選手でも登用するのか?
ホーバスHCは女子での功績が評価され、東京オリンピック後に男子の日本代表のHCに就任した。そこではまず、167cmの冨樫をキャプテンにすえた。170cm前後の身長は、バスケットボール選手としては身長が“低すぎる”部類に入る。富樫も河村も司令塔であるポイントガード(PG)というポジションを務めるのだが、当初は、富樫以外のPGには背の高い選手を起用しようと考えていたという。
しかし、河村と出会って、その考えを変えた。自著「スーパーチームをつくる!」のなかで、ホーバスHCはその理由をこう記している。
「実は、私も初期の段階では小さなガードを2人も入れるとは考えていませんでした。しかし、2人ともに素晴らしい選手です。何より彼らは、私たちのチームを速く走らせてくれるのです(中略)そこで私は考え方を変えました(中略)富樫選手も河村選手も、得点を奪えて、アシストもでき、チームの攻めのペースを上げて、攻撃回数を増やすことができます。どんな選手にもプラスとマイナスがあります。私は彼らのプラスの面に目を向けて、チークづくりをすることにしたのです」
実は、こうした考え方は、バスケットボール界では実に異例だ。中学卒業後にアメリカに渡り、イタリアでもプレーした経験のある167cmの富樫は以前、こう話していた。
「コーチのなかには身長が低いというだけで、『この選手を起用するのはやめておこう』と判断する人もいます」
ホーバスHCの考え方が異例なのだ。身長が低いからといって切り捨てるのではなく、プラスの面に目を向けられるのだから。
夢や目標を具体的に細部まで描ける能力
確かに、河村は中学時代から各年代で日本のトップレベルの選手であり続けた。しかし、ホーバスHCのような柔軟な思考を持つ指揮官と出会えなければ、大活躍をするチャンスをつかむのはもう少し先になっていたかもしれない。
3つ目が、夢や目標の細部まで具体的に描いて、行動する能力が高いからだ。現代風に言えば、解像度の高い夢や目標を描ける能力が河村にはある。
その資質を作るうえで大きな役割を果たしたのが、父の吉一さんの存在だ。吉一さんはNBAマニアで、自宅にはNBAのビデオが山のようにあった。小学生時代の河村は、絵本の読み聞かせをしてもらった子供が眠りにつくかのように棚に並んでいるバスケットボールのビデオを寝る前にひとつ選び、それを見ながら眠りにつくことが多かったという。
ただ、吉一さんは熱血指導をするわけではなく、どちらかといえば、愛息の成長を見守るタイプだった。だから、河村少年は成長するために自分の頭で考えないといけなかった。
現在の河村はスピードを活かしたドリブルが持ち味なのだが、それも幼少期に与えられたヒントが活きた。日本人として初めてNBAでプレーした田臥勇太の映像も河村家にあったのだが、当時の河村はこんなアドバイスをもらっている。
「田臥選手は普通に走るよりも、ドリブルをしながら走るほうが速いらしいよ」
それを聞いた河村はドリブルをしながら速く走るためにはどうしたらいいのかを考え、練習をしていった。そこで気づいたのが、ボールを地面に強く打ち付けるドリブルをすれば、スピードに乗って進めるということだった。
現在の河村はNBAで活躍する2m超えの選手たちをドリブルでやすやすと置き去りにするが、そうしたプレーを磨いたのがこの時期だった。
大学を中退したのは「パリ五輪出場を目指すため」
あるいは、タイトルをたくさん取った選手ではなく、トリッキーなパスを出せる選手の映像を見て刺激を受けることもあった。バスケ少年を夢中にさせる教材は、バラエティに富んでおり、それが様々なプレーを可能にしてくれた。先述のとおり、今大会の河村は抜きん出た得点力を発揮している。その一方で、Bリーグで直近の2シーズン続けてアシスト王に輝くほど、周囲を活かすのが上手い。何か一つの能力だけが突出しているタイプではないのは、幼少期に受けた映像の“エリート教育”と無関係ではない。
小学生の頃から映像を見て、自分がなりたい姿を明確にイメージする訓練を受けてきた。だから、夢や目標を明確にイメージして、必要な努力をするのが当たり前になった。実際、卒業文集には、現在の代表チームでともにプレーする富樫のようになりたいと記している。
そして、2022年3月に大学を中退してプロ入りを決めたときに描いたキャリアプランも、今になってみれば実に示唆に富んでいる。
「パリ五輪出場が僕の目標です。目標に近づくためにどうするか考えて、この決断に至りました」
172cmの選手がNBAの舞台を目指す
あの時点ではまだ日本代表に選ばれてはいなかった、そこから数カ月足らずで日本代表に選ばれ、そこから約1年半後の2023年8月にはバスケW杯の舞台で日本の中心選手となった。
このようにわずか172cmの河村が世界を驚かせるに至ったのには、確かな理由があるのだ。
恐ろしいのは河村がまだ、23歳であること。現在の日本代表のなかでも2番目に若い。パリオリンピック後にはNBAのメンフィス・グリズリーズで、練習生のような立場から、世界最高の舞台で活躍するための挑戦を始めることになっている。今回のパリオリンピックで見せている活躍は、河村の今後のキャリアを考えればまだ序章に過ぎないのだ。
(ミムラ ユウスケ)
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