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「日本人の出っ歯を叩きのめす」…真珠湾攻撃に激怒したアメリカ国民が抱えていた、拭い難い“人種差別意識”

文春オンライン / 2024年8月10日 6時0分

「日本人の出っ歯を叩きのめす」…真珠湾攻撃に激怒したアメリカ国民が抱えていた、拭い難い“人種差別意識”

笑うルーズベルト大統領

〈 「くそ野郎、しょんべん蟻め!」9カ月の交渉が決裂…日本人外交官を見送ったハル国務長官が、テネシー訛りで放った“罵倒” 〉から続く

 太平洋戦争開戦の日までの熾烈な国際外交交渉と、開戦の日の24時間を描いたドキュメント『[真珠湾]の日』は、「昭和史の語り部」半藤一利さんの、もう一つの『日本のいちばん長い日』と言うべき作品である。

 本書より一部抜粋して、真珠湾攻撃の日における、日米双方の緊迫感あふれる事態の推移を紹介する。第3回は、真珠湾攻撃の一報を聞いた当時のアメリカ人たちの反応である。(全4回の3回目/ 最初から読む )

◆ ◆ ◆

ルーズベルトは20分間、ロブスターの獲り方を得意げに話した

 世界各国の首脳たちが、「真珠湾攻撃さる」のニュースに驚愕しているころ、午後3時すぎ(日本時間午前5時すぎ)、ワシントンでは大統領の招集による戦争会議がひらかれている。スチムソン、ハル、ノックス、スターク、マーシャルが出席したが、同席のホプキンズが会議の様子を伝えている。

「協議の雰囲気は緊張したものではなかった。なぜなら、私の考えでは、われわれ全部が考える敵はヒトラーであるということ、武力なしには決してかれを打ち破りえないこと、遅かれ早かれわが国が参戦しなければならないこと、そして日本がわれわれにその機会を与えてくれたことを信じていたからである。しかしながら、だれもが戦争の重大さと、それが長期にわたる苦悶となるであろうということに、意見一致した」

 実に正直な観察であり、書きようである。実際に会議は「緊張した」という言葉とまったくかけ離れた、いってしまえば余裕綽々(しゃくしゃく)たる雰囲気のもとにはじまった、といっていいようである。大統領は実に20分間にわたり、メイン州のロブスターの獲り方の極意を閣僚たちに得々として話した。この有名なエピソードは決して作り話ではない。

「大統領の陰謀」論者のいうように、参戦するために太平洋艦隊を平気で犠牲にした上で、多くの国民が死んでいるのに目をつぶったままで、はたしてエビの獲り方に打ち興じていられるものか。できるとすれば、ルーズベルトは超人というほかはない。

「日本軍の騙し討ち」と宣伝できる…その楽観は早くも現実化した

 会議は1時間半余つづいた。その間にも報告がどんどん入ってきたという。大統領は電話にはかならず自分ででて、自分でいちいち確認した。そして真珠湾の被害は電話が鳴るたびに、大きくなっていったのである。それでも列席の首脳たちが比較的落着いていられたのは、懸念していた開戦にたいするアメリカ国民の支持が、いよいよ確実となったからでもあろうか。ハル国務長官の日本両大使との会見の怒りをまじえた報告で、米政府は絶好の開戦の口実をえた想いである。ハワイ空襲を「騙し討ち」と宣伝することができるであろうし、対外的に米国の立場をいっぺんに有利にした。国民はこれを知ることで、挙国一致の態勢をとるであろうことは間違いなかった。

 そして首脳たちの、いうなればこの楽観視は、もうこの時刻には現実となっていた。怒りにみちたワシントン市民たちはぞくぞくと日本大使館に押し寄せてきている。怒りの反応は共通していた。

「この黄色い野郎どもが! 何たる挑戦を」

「ジャップの出っ歯をいやというほど叩きのめしてやる」

 映画館で映画を楽しんでいた人たちは、突然の上映中止で、「日本軍がハワイを攻撃した。本日の上映は中止とする」というアナウンスを聞くと、その足で大使館前にきて鬱憤ばらしの喚声をあげた。

 大使館内の電話は鳴りっ放しである。

「このジャップの馬鹿野郎(サノヴァビッチ)」

 ほとんどがそうした怒声ばかりであった。

日本人女性の身の安全のため、州の軍隊が動員された

 東京日日新聞特派員高田市太郎が、そのころのワシントンの様子を伝えている。

「もう戦争のことはだれ知らぬものもない。舗道を歩いても、すれ違う米人の視線は、日本人である私に向けて、異様にギラリと光る感じさえした。町には新聞の号外が出ていた。“日本、パール・ハーバーを攻撃〞、ニュース・ボーイのどなる声が、私の耳いっぱいに響いた」

 職業的講演者として、中国人女性とともに講演旅行でアメリカ中を飛び回っていた石垣綾子(いしがきあやこ)は、その日、マサチューセッツ州ピッツフィールド市の市民講座で話すことになっていた。ニューヨークからのバスがこの市に着いたのは午後4時ちょっと前、「全市をあげて興奮の怒りに包まれていた」と石垣は回想する。会場をとり囲んで、いきまく人びとがジャップの彼女の来るのを待ち構えていた。

「日本の女が演壇に立ったら、殴りつけてやる」「生かして帰さん」

 そんな怒声がシュプレヒコールのようにつづき、主催者側は石垣の身の安全のために州の軍隊の動員を要請しなければならない有様となった。

短絡的にカッと熱くなるのは、アメリカ人も日本人も同じ

 アメリカ人には、チビで出っ歯で近眼で、目は開いているのか眠っているのかわからない日本人が、世界最強の海軍に攻撃を仕掛けてきた、そのことがもう不遜(ふそん)であり、許せないことであり、不可解なのである。ありえないことがありえた、ということは、不愉快きわまる。そこから流言となって「背後にヒトラー」説がひろまった。「ナチが計画し日本人にやらせた」という断定である。ナチス・ドイツの手先への憤激である。ラジオを聞き、号外を読んだだけで、まだ被害の程度がどれほどのものか知らぬうちに、彼らはもう愚かで無謀な日本への憎悪を燃えたぎらせた。

 検閲のカーテンは決して日本人の目ばかりを塞いでいたわけではない。アメリカ政府も完全に真珠湾の被害についてはその直後にあっては誤魔化した。「若干の艦船の損害を受けたが、日本軍の被害は甚大」と発表しただけである。そして永い間、大惨敗などとは思ってもいなかった。したがって、アメリカ人は完敗にショックを受けて、「リメンバー・パールハーバー」と、憤怒を日本に向けたのではない。では、何故か、となれば、やはり当時の人種差別にゆきつくことになる。うまく煽ったルーズベルトの戦略勝ちということになろうか。このへんのことはかなり日本人は誤解しているようである。

 その優越を誇るアメリカ民衆が、完膚なきまでにやられた真珠湾の被害を知り、それが「開戦通告なしの暴力」と知れば、ひとつにまとまって、国民的熱狂をひき起すであろうことは目に見えている。フランスの哲学者アランがいう「戦争の真の原因は国民的熱狂にある」は、真理と思われる。それにしても、短絡的にカッと熱くなる点において、アメリカ人とは、何と日本人とよく似ていることか。首脳たちが開戦口実に悩むことなど何一つなかったのである。

〈 「ルーズベルト、チャーチル、ハル長官は馬鹿すぎる」…武者小路実篤や横光利一も熱狂した、12月8日の日本人の心の真実 〉へ続く

(半藤 一利/文春文庫)

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