コンビニなら3000円台なのに…なぜ、2万円超の無地スウェットが売れるのか?――2024年上半期 読まれた記事
文春オンライン / 2024年8月14日 11時0分
2024年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。マネー部門の第2位は、こちら!(初公開日 2024/04/12)。
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以前、SNSで「スウェット」が炎上気味に話題となったことがある。その内容は「コンビニに売っている3990円のスウェットと3万3000円のスウェット、どちらに価値があるか?」というもの。「スウェットはしょせん消耗品」、「高価なのはブランド料」、「高級スウェットを着ると心が豊かな気持ちになる」など投稿された意見はさまざま。では、プロの意見はどうなのか? スウェットをこよなく愛し、これまで数々の工場の取材を経験してきた“日本一スウェットに詳しい編集者”、光木拓也氏(46)に見解を聞いた。(取材・構成/押条良太)
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全部同じに見えるのに…無地のスウェットの違い
――そもそも「スウェット」とはどんな服ですか? 「トレーナー」と呼んでいる人もいますが……。
光木拓也氏(以下、光木) 「スウェット」とは、コットンの平編みのニット生地のことを指します。表面はなめらかで、裏地はタオル生地のような起毛があるのが特徴。丈夫で伸縮性に優れ、汗を吸収しやすいことから、スポーツウェアとして用いられてきました。
ちなみに「トレーナー」は和製英語で、海外では「スウェットシャツ」と呼びます。
――インターネットで無地のスウェットを探したら、2000円台から3万円を超えるものまでさまざまなものが出てきました。一見全部同じに見えるのに、一体、どこに違いが?
光木 難しい質問です。洋服の値段には、生地やディテール、手間ひま、デザイン料などさまざまな要素が含まれますから。
コーディネートも簡単、大体どんな服にも合わせられる
――スウェットの場合はずばり生地でしょうか?
光木 生地はスウェットの命ですから、価格の差が生まれる要素のひとつです。ただ、僕自身は、スウェットはそれほど敷居の高い生地ではないと思います。
スウェットは「メリヤス」とも呼ばれていて、漢字だと「莫大小」と書くんです。「大小莫(なか)れ」、つまり伸縮性があって不均一である、といった意味があり、かなり昔、関西ではいい加減な人を「莫大小(メリヤス)みたいな奴やな〜」と言うこともあったとか(笑)。それに糸もコットンですから、それほど高価なわけでもない。
――では、なぜこれほどの差が存在するのでしょう?
光木 そうですね。……スウェットって「白米」に似ていると思うんです。家でゴロゴロするときも、近所のコンビニに行くときも、街へ出かけるときも着る。コーディネートも簡単で、大体どんな服にも合わせられる。
ただ、白米には産地や品種、味などの差があって、当然、値段も違いますよね。人によってその差の捉え方は異なり、「味がまったく違う」という人もいれば、「どれも同じ」という人もいるわけで……。
(1)吊り裏毛を現代に蘇らせた「ループウィラー」
――なるほど。コーヒーやお茶にも通じるところがありますね。では、ひと言でいうなら、価値観や感じ方の違いですか?
光木 言ってしまえばそうです。でも、中には「値段相応、いやそれ以上の価値がある」と思うブランドもあるんです。たとえば、僕が20代の頃から愛用している「ループウィラー」。希少な旧式の吊り編み機を使い、正統なスウェットを作り続けている日本のブランドです。
――やはり生地が特別なんですか?
光木 スウェットの生地は、「裏毛」と「裏起毛」の2つに大別されます。「裏毛」は「裏パイル」とも呼ばれ、タオル生地のように小さな繊維の輪が無数に並んでいます。タオルのように柔らかく、吸水性や吸湿性にも優れています。裏毛のスウェットは薄手ながら保温性があるのが特徴で、春や秋は一枚で、冬はインナーとして、夏は羽織りモノとして重宝します。
中でもループウィラーの裏毛は、吊り編み機で編まれていることから、「吊り裏毛」と呼ばれます。
現代のスウェットにはない“魅力”とは?
――裏毛の中でも特別な生地なんですね。
光木 旧式の吊り編み機は1960年代まではスウェット生産の主流でしたが、その後、大量生産の波に飲まれてどんどん数が減り、現在は国内にも数台しか現存していません。
和歌山県にあるループウィラーの工場を取材したことがありますが、旧式の吊り編み機が編める裏毛は1時間にたったの1mほど。現在使われているシンカー編み機だと、その何十倍も編むことができるんです。しかも、セットアップが難解で、メンテナンスにもおそろしく手間がかかります。
――生産効率が低いのに、なぜ、使い続けるんでしょう?
光木 現代のスウェットにはない魅力があるからです。吊り裏毛は、編むスピードが遅い分、糸を無理に引っ張りません。結果、生地にストレスがかからないため、生地がふっくらと嵩を増し、肌触りもふんわりソフトに仕上がるんです。ぷっくりと膨らんだループ状の裏毛は、旧式の吊り編み機ならでは。同時にしっかりとしたコシがあるのも特徴で、洗濯を繰り返しても型崩れしにくく、着れば着るほど体になじんできます。
「ループウィラー」のスゴイところ
――よく見ると、ディテールにも違いが。両サイドに縫い合わせの線がありません。
光木 それは旧式の吊り編み機で編むと、生地がシート状ではなく、筒状になるから。そのままボディに用いると、サイドに縫い合わせの無い丸胴になるんです。シルエットがすっきり見えるだけでなく、肌触りがよくなる、型崩れしにくくなるといったメリットも期待できます。吊り編み機が使われていた1960年代頃までのヴィンテージスウェットにもこの仕様が見られます。
また、肩や袖付けなどの縫製は、生地同士を最小限の幅で重ね、古い4本針のミシンで縫い合わせるフラットシーマという仕様に。縫い合わせ部分が平らになるため、ごろつきがなく、着心地がよくなります。
こだわった生地やディテールが、単なる懐古主義に終わらず、着心地が良くなったり、型崩れしにくくなったり、着る人にとって実際的なメリットがあるのもループウィラーのスゴイところです。
(2)リアル過ぎるヴィンテージ加工「レミ レリーフ」
――もうひとつのおすすめは……この雰囲気は古着でしょうか?
光木 いえ、こう見えて新品ですよ。「レミ レリーフ」という日本ブランドの定番「SP加工裏毛クルー」です。1930~1950年代のヴィンテージを踏襲したモデルですが、一番の見どころはレミ レリーフが得意とするヴィンテージ加工です。
――色褪せ具合といい、クッタリした質感といい、本物の古着のよう。
光木 古着の退色の原因は、空気中の酸素とスウェットの直接染料のアミノ酸が酸化結合して加水分解を起こし、炭素になって朽ち果てるから。そこでレミ レリーフは、わざわざ昔ながらの直接染料を使用して、ゆっくり時間をかけて退色させているんです。化学薬品を使ったヴィンテージ加工よりコストも手間もかかりますが、古着本来の自然なダメージを再現することができます。古着好きも舌を巻くほどのリアルな加工です。
――生地はループウィラーと違って、ガシッとしています。
光木 こちらのスウェット生地も裏毛です。裏毛に使用している糸は、アメリカのニューメキシコ州で栽培されたオーガニックコットンから作られています。もともとハリコシのあるこの糸を高密度に編み上げることで、しっかりとした裏毛に仕上げています。起毛していない裏毛なので、一年を通して着やすいです。
結論:高級スウェットを買う価値はある?
――こういったブランドがどんな風にスウェットを作っているかを知れば、値段の違いを理解できます。
光木 そうですね。ループウィラーもレミ レリーフも値段はそれなりにしますが、その分、コストがかかっていますし、大量生産が難しいですから。
――結論として、光木さんは、高級スウェットを買う価値があると思いますか?
光木 ブランドによっては買う価値はあると思います。ただ、スウェットに関しては、高い、安い、はそれほど問題じゃないと思うんですよね。
昔、あるスウェット工場を取材したとき、ベテランの職人さんに、その工場で作っている高級スウェットと、数千円で買えるスウェットとの違いを尋ねたことがあるんです。
すると、「そんなの誰もわかんないだろ」って(笑)。ただ、その職人さんはしばらく考えた後、「……ただ、何にも知らない小さい子供が両方を着たら、ウチのやつのほうが“気持ちいい”って言うと思う」と。
スウェットってそんな感じでいいと思うんです。もともと肩肘張って着る服ではないですから。僕自身、高いものを着たい日もあれば、肌触りがガサッとした大量生産された安いものを着たくなる日もあります。
朝、クロゼットの前に立ってスウェットを選ぶとき、頭に浮かぶのは、値段やブランドじゃありません。大切なのは、肌触りや雰囲気、背景にあるカルチャーがその日の気分にハマるかどうか。それが僕にとって最高のスウェットなんです。
◆
みつき・たくや/『Begin』クリエイティブディレクター 1977年生まれ。ワールドフォトプレスを経て2006年に世界文化社(現・世界文化ホールディングス)入社。2017年~2021年まで『Begin』編集長を務める。現在はメディアの枠を超えた新規事業開発に注力。制作チーム「ファンベースラボ」の指揮を執る。
(押条 良太)
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