「我が子さえも手にかけた」少年たちが蝶に見立てられ標本に…蝶博士はなぜ“異常殺人者”になったのか――2024年上半期 読まれた記事
文春オンライン / 2024年8月18日 6時0分
『人間標本』(湊かなえ 著)KADOKAWA
2024年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。事件部門の第4位は、こちら!(初公開日 2024/02/19)。
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「何が一番残念って、自分で書いてしまったこと。読みながら、もう驚くことができないので。記憶を消して、一冊の作品としてゼロから読みたい。それぐらい大好きな作品ですし、読んでくださった方には『どうだ、面白いだろう』って言いたいですね(笑)」
デビュー作『告白』を始め、数々のヒット作を世に送り出してきた湊かなえさん。昨年12月に上梓した『人間標本』は、デビュー15周年記念作品にして、“イヤミスの女王”の面目躍如とも言うべき一冊だ。
物語は〈標本作製に至るまでの覚書〉との見出しから始まる。それは著名な生物学者である榊史朗の手記で、少年の日に移り住んだ山奥の家で蝶に魅せられ、初めて製作した標本にまつわる思い出が綴られる。
執筆に際しては、ある考えの変化があったという。
「結婚して子供がいる状態でデビューして、これまで世間の反応を気にしながら書いてきたところがあったんです。私や身内が偏見を持たれるかもしれない作品はどうなのかなって。15年間、その枠の中でいかに面白い作品が書けるかと取り組んできました。でも、子供も成人して、私も50歳になり、気にするのはやめようと思って。坂道を自転車でブレーキをかけずに下っていくような、そんな気持ちで書いていました」
史朗の手記は〈前日譚〉〈準備〉〈ようこそ、美術館へ〉と続けられ、明かされるのは「蝶博士」がいつしか「美しい蝶のような少年たちを殺害し、標本という名の装飾を施して写真に収め、その芸術を極めるため我が子さえも手にかけた、異常殺人者」と化すまでの顛末――。本作のテーマは「親の子殺し」だ。
「子供がフィクションをフィクションとして読めるようになって、判断がきちんとできるようになって書こうと思っていたテーマでした。それにエンタメの本って、テーマが暗いものや真剣に考えないといけないものであっても、そこはしっかりと書いたうえで『ああ面白かった』で終わってもいいんじゃないかと思ったんです。ミステリー作品として面白いものを。そもそもあなたが本が好きだったのは、そこじゃんって」
レテノールモルフォ、ヒューイットソンミイロタテハ、アカネシロチョウ……少年たちはそれぞれ蝶に見立てられ、標本となる。
「私自身、最初はモンシロチョウぐらいしか知らなかったんですけど、いろいろな本を読んで調べていくうちに、蝶ってすごくミステリーとの親和性が高いと気づいて。例えば、世界一美しいと言われている青色の蝶、レテノールモルフォ。翅の表と裏で模様が全く違う特性があって、これは使えるぞと。いつも登場人物表みたいなものを作るんですけど、今回は登場蝶から考えていきましたね」
本作のキーワードに「蝶の目に映る世界」がある。
「蝶の中には人が見ることのできない、紫外色を認識できる種類がいるそうなんです。私たちには白でも、鮮やかな赤に見えている蝶がいる。また、そんな三原色ではない四原色の色覚を持つ人も、女性にのみ何万人に1人の割合でいると知って。そういった要素も物語の土台になっています。そして考えてみれば、私たちがいま見ている世界も、みんな本当に同じ色で見えているのかというのは、誰も確認できないことで。視点を変えたら見え方が違うというのはデビュー時からずっと大事にしてきたことで、それを明確に出せるテーマでもあったんです」
読みながら声を上げたくなること必至の本作。まずはとにかくご一読を。
みなとかなえ/1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で小説推理新人賞受賞。08年同作を収録した『告白』でデビューし、本屋大賞を受賞。12年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞短編部門受賞。16年『ユートピア』で山本周五郎賞受賞。18年『贖罪』がエドガー賞候補に。他の著書に『少女』『Nのために』『夜行観覧車』『落日』など。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年2月22日号)
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