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日本軍で「ウラン爆弾」研究した物理学者は終戦後、中国に渡った〈厚木と立川の基地から…〉

文春オンライン / 2024年8月12日 6時0分

日本軍で「ウラン爆弾」研究した物理学者は終戦後、中国に渡った〈厚木と立川の基地から…〉

保阪正康氏 ©文藝春秋

〈 「サイパンを原爆で吹っ飛ばせば、本土爆撃は避けられる」原爆開発に焦る東條英機は科学者たちを恫喝した 〉から続く

太平洋戦争下の日本で進められていた原爆開発計画は、研究を担った仁科芳雄の名前にちなんで「ニ号研究」と呼ばれた。原爆開発計画は日本の科学界に何をもたらしたのか。昭和史研究家の保阪正康氏が検証する。

◆◆◆

中国に渡った日本人研究者

「ニ号研究」の終わりはあっけなかった。昭和20年4月13日、米軍のB29は理研を狙いすましたかのように空爆した。福島県石川町の川べりにあったウラン鉱石採掘現場も、なぜか機銃掃射の対象になった。

 5月下旬、仁科は鈴木辰三郎に「もう研究は継続できない」と伝えた。これが事実上の中止宣言だった。一方、海軍が主導した「F号研究」にも軍からの圧力が加えられた。荒勝はもともと「研究しているふりをすればいい」との考え方だったが、湯川や坂田らを擁し、研究レベルそのものは高かった。ただ、実際の作業に力を入れていないので、製造の見通しはなかった。

 7月26日、連合国側は「ポツダム宣言」を発した。前出の武谷はこれを新聞で読んで驚愕した。「吾等の軍事力の最高度の使用は、日本国軍隊の不可避且完全なる壊滅を意味すべく、又同様必然的に日本国本土の完全なる破壊を意味すべし」とあるのを見て「米国は原爆開発に成功した」と悟ったと証言した。「すぐに仁科先生に知らせなければと思ったが、私は行動を軍に監視されており、外出もできなかった。もし仁科先生がポツダム宣言受諾を軍事指導者に伝えていれば、広島と長崎の悲劇はなかったかもしれない」と武谷は悔やんでいた。その言葉は前出の山本からも聞かされた。

 戦後、ウラン爆弾研究に携わった物理学者や軍の技術将校たちは、ある者は専門を変え、ある者は米国に渡って研究を続けた。そして、中国に赴いた者もいる。昭和20年8月下旬、厚木基地と立川基地から百数十人が中国に発ったが、原爆開発に携わった者も含まれていた。

 それから18年後の昭和38年11月、英国議会で奇妙な質問がなされた。日英原子力協定の締結に際し、労働党議員が「多数の日本人原子力科学者が中国で働いているとの情報がある」と懸念を表したというのである。その約1年後、中国は原爆開発に成功する。中国初の核実験は、日本が模索していたのと同じく、ウラン235を遠心分離法で分離したものだったという。

「戦争に協力しない研究」は可能か

 戦後、科学者らは戦争へ協力したことを反省する。昭和24年に設立された日本学術会議は「戦争を目的とする科学の研究は決して行わない」という主旨の声明を昭和25年と42年の2回出した。

 一方、政府はアカデミズムを軍事研究に引き込もうとしてきた。たとえば平成27(2015)年度に防衛装備庁が始めた「安全保障技術研究推進制度」では「防衛にも応用可能な先進的な民生技術を積極的に活用することが重要」だとして、防衛分野への貢献が期待される大学や企業などの基礎研究に助成金を出すことになった。

 学術会議は平成29年に声明を発表し、同庁の助成制度について「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と慎重な対応を求めた。さらに大学等の研究機関に「技術的・倫理的に審査する制度を設けるべき」だとした。政府主導の軍事研究に参加することへの歯止めをかけるものだ。

 ただ、民生用ドローンが戦場で利用されていることに象徴されるように、現代は非軍事と軍事の境界を見極めるのは極めて困難だ。それゆえ「軍事に関係する研究はしない」と言うだけでは、説得力は乏しい。

 一方で、福島原発事故で明らかになったように、政府の原子力政策には潤沢な予算がついていたものの、研究レベルは極めてお粗末だったという状況もある。これは原子物理学が反核運動のターゲットになったせいもあるが、優秀な人材がこの分野に進まなかったとの見方もある。

 もし日本が原爆を製造していたら、サイパンに投下するような暴挙を行ったであろうことを思えば、仁科ら科学者は必死に防波堤の役を果たしたと言えるかもしれない。しかし、為政者が科学に理解がないという失敗は、いまだに繰り返されているのではないだろうか。

本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(保阪正康「 日本の地下水脈 日本の『原爆開発』秘話 」)。

(保阪 正康/文藝春秋 2023年4月号)

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