「何に吠えてるんや」…ある夫婦が夜道で見た恐怖の“体育座りの男”。犬が吠えかかるも飼い主にはその姿が見えておらず…
文春オンライン / 2024年8月8日 6時0分
京都蓮久寺の三木大雲住職のもとには、奇妙な体験をした人、助けを求める人からの相談が、日々持ち込まれてきます。拾った白い綺麗な石を目玉だという友達、骨董市で買った不思議な絨毯、小さいおじさんを捕獲して家で飼っていると言う人――。
新刊文庫『 怪談和尚の京都怪奇譚 積徳の旅篇 』にも、日常に潜む怪異現象や不気味な出来事が数多く掲載されています。その中から、ある夫婦が夜のランニング中に遭遇した奇妙な「体育座りの男」を紹介します。(全2回の第1回/ 後編を読む )
蓮久寺にやってきた新しいスタッフの吉田さん
京都の寺院といえば、風光明媚な場所にあり、十分な敷地に日本庭園、休日にはたくさんのご参拝の方が来られるイメージではないかと思います。しかし、それは一部の観光寺院だけで、大多数は檀家さまのみが対象で、仏教行事も檀家さまだけで行うことが多いです。
私が住職をさせていただいております蓮久寺も同様でした。しかし有難いことに、本の出版やテレビ出演、YouTubeの配信などで私を知ってくださった皆様が、お寺にご参拝くださるようになりました。
蓮久寺は市井にあり、西本願寺を除いては、近隣に観光できるような場所はありません。それでも遠近各地より多くの方が、中には海外からもご参拝に来てくださいます。特にお正月や節分などは、毎年千人以上の方が来てくださるようになりました。
そうなると、必要になるのが人手です。そこで、檀家さんをはじめ友人知人に、どなたかスタッフとしてお手伝いをお願いできないかと声をかけました。
すると、有難いことに数人の方が、ボランティアで手伝いますと仰ってくださったのです。
行事の時はもちろん、土曜日、日曜日も来てくださることになりました。これによって、土日はお守りの販売や、参拝者に本堂にお入りいただく事もできるようになったのです。私が住職として蓮久寺に入らせていただいた時には考えられなかった有難い状況です。
今回はそんな蓮久寺の女性スタッフの吉田さんからお聞きしたお話です。
夜のランニング中にふと感じた違和感の正体
吉田さんは運動がお好きで、ゴルフやランニングなど、ご主人とともによくスポーツを楽しまれます。入浴前にご夫婦揃って、軽くランニングに行かれるのが日課だそうです。
ご夫婦が暮らしておられるのは、市内ではあるものの中心街から少し離れた閑静な住宅街です。夜になると人通りも少なくなり、ランニングをするには丁度良い場所かもしれません。
走られる時間帯やコースはたいてい決まっているそうで、その日もいつものようにご夫婦でランニングに出掛けられました。
その日は夏の夜にしては涼しく、ランニングをするにも気持ち良かったそうです。吹き抜ける風が少し汗ばんだ肌を冷やしてくれて、爽快感を覚えながら、お二人で並んで走っておられました。
緩やかなカーブを抜けて徐々にペースを落とし、直進コースに入られました。ここから自宅までは、数百メートル続く真っ直ぐな道です。脇には小さな川が流れており、その川の流れる音もまた、夏の暑さを忘れさせてくれたそうです。ご夫婦は、自宅に着くのが勿体ないくらいの心地良さを感じ、ゆっくりと歩かれたそうです。
真っ直ぐな道の前方には街灯が一定の距離を保って立てられており、歩道を照らしています。その明かりの中に、犬を連れた初老の男性の姿があったそうです。男性が連れておられる犬は、クンクンと地面の匂いを嗅ぎながら、時折主人の持つリードに逆らって、道を戻ったり進んだりしていたそうです。ですので、ご夫婦の歩くペースよりもゆっくりと進んでおられました。
やがてご夫婦は、男性のすぐ後ろまで追い付き、抜こうかどうしようか迷っておられました。するとその男性が「お先にどうぞ」と言って、犬を引っ張って、避けてくださったそうです。
「ありがとうございます」そう言って、ご夫婦は男性を追い越す形で、前に行かれました。
しかしそのまま歩いて行ったご夫婦は、いつもの見慣れた風景に違和感を覚えられました。なぜだろうと思って、しばらくしてはたと気付きました。道の先の街灯が一つ消えていたのです。
突然の「こんばんは」…消えた街灯の下に体育座りの男性が
「やっぱり街灯がないと暗いね」そんな話をしながら、消えた街灯の前を通り過ぎたその時――。
「こんばんは」突然、男性の声で挨拶をされたそうです。
ご夫婦が声のした方を見ると、そこには体育座りする中年の男性がおられました。見ず知らずの男性からの突然の挨拶でしたが「こんばんは」とお二人とも、挨拶を返されました。
体育座りの男性の前を通り過ぎると、また後方で「こんばんは」と同じ男性の声が聞こえたそうです。振り返ると、今度はどうやら犬の散歩をしている男性に挨拶をされたようでした。
ところが犬を連れた男性はまったく反応を示されませんでした。一方、連れておられた犬は、座っている男性に吠え付いていたらしいのです。
「何に吠えてるんや」犬を連れた男性は、まるで体育座りの男性が見えていないかのように、犬のリードを引っ張って歩き始めたそうです。
犬を連れた男性が、体育座りした男性が存在しないかの如くに通り過ぎられたことに、ご夫婦は怪訝な思いをされました。しかし気にはなったものの、お二人はそのまま家にお帰りになりました。
自宅に着いて一息つくと、ご夫婦は先ほどの男性のことがなんとなく気になってきたそうです。
「もしかしたら、体育座りの男性は、この世の人間ではないのかも知れないよ」
奥様がそう言うと、ご主人は「そんな筈はない」と苦笑されたそうです。
〈 消えた街灯の下で“体育座りする男”が、突如ランニングする女を追いかけて飛びつき…ある夫婦が夜道で目撃した恐すぎる光景 〉へ続く
(三木 大雲/文春文庫)
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