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「親父さんが事故やっちゃってから、収入がなくなったんだよね」36人を殺害…京アニ放火犯の“複雑な家庭環境”《事件から5年》

文春オンライン / 2024年8月11日 17時0分

「親父さんが事故やっちゃってから、収入がなくなったんだよね」36人を殺害…京アニ放火犯の“複雑な家庭環境”《事件から5年》

中学時代の青葉容疑者(卒業アルバムより)

「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思い、実行した」。2019年7月18日、放火によって36人もの命を奪った、京都アニメーション放火殺人事件犯人の青葉真司被告(46)。なぜ彼は凶行を犯したのか? そこに至るまでどんな人生を歩んだのか? ノンフィクションライターの高木瑞穂氏と、YouTubeを中心に活躍するドキュメンタリー班「 日影のこえ 」による重版もした新刊『 事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

36人を殺害…「京アニ放火事件」

 テレビをつけニュース番組にチャンネルを合わせると、小麦色の建物からもくもくと黒煙が立ちのぼる映像が流れていた。

 2019年7月18日午前10時半過ぎ。京都府京都市伏見区の住宅街に位置する『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』や『涼宮ハルヒの憂鬱』など数々の人気アニメ作品を世に送り出してきた、京都アニメーションの第1スタジオ。

 地上からの映像のあと、やがて中継は空撮に切り替わった。ブルーシートの隙間からストレッチャーで運ばれる人々。消防隊は必死に消火活動を続けているが、それを嘲笑うかの如く炎と煙は衰えを見せない。

 再び画面が切り替わり、今度は全身にヤケドを負い道路に倒れこむ、赤いTシャツに青のジーパン姿の男を映し出した。のちに判明するのだが、建物1階に侵入し、バケツからガソリンを撒いて放火し、アニメクリエーターら36人の命を奪った加害者、青葉真司(当時41歳)である。男の両腕はヤケドで皮膚がめくれ、ジーパンの右足部分からは小さな炎と煙が出ている。火事の被害者に違いないとばかりにホースで水をかける近隣住民。男はこのとき、9割以上の皮膚が焼け瀕死の状態だった。

「話しかけんな、ふざけんな!」

 駆けつけた警察官や住民たちから心配の声があがるなか、青葉は叫んだ。やがて放火は青葉の仕業だとわかり、警察官が身柄を確保すると「俺の作品をパクりやがったんだ!」と怒りに声を震わせた。

 青葉が何のために放火し、多くの命を奪ったのか、その動機は事件から3年が過ぎた現在も裁判が始まっていないため、はっきりとはしていない(編集部注:2024年1月25日に死刑判決)。ただし、京都アニメーションに対して強い憎悪があったことは、奇跡的に生き延びた彼が明確に話している。

「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思い、実行した」

 単なる放火ではない。同社で働く社員たちに殺意を抱いていたうえでの犯行と供述したのだ。果たして盗作の事実などあったのか。たったそれだけで悪逆非道の限りを尽くすものなのか。私にある種の違和感を抱かせたのは、事件直前、騒音を巡って隣室の住人と衝突した際に青葉が「黙れ! うるせえ、殺すぞ。こっち、失うもんねえから!」と吐き捨てていたからだ。自己肯定感の欠如がだだ漏れる、この言葉。作品をパクられた以外に大きな挫折があったに違いない。

 事件に至る青葉の心情を突き詰めようとする報道はなく、被害者を実名で報じるべきか否かの議論が過半を占める。となれば、自ら取材をするしかない。青葉真司とは何者か。何に支配され世間を震撼させる大事件を起こしたのか。

「小学校のときは明るい元気な子。うちの子供とも遊び仲間でした」

 埼玉県さいたま市緑区(旧・浦和市)に、青葉が両親と兄、妹の5人で住んでいた木造アパートはあった。古びた外観に、錆びついた手すり。近所には新築一戸建てもあるせいか、どこか異様に見える。生まれたばかりのおよそ40年前、彼はここに住んでいた。

 家族は青葉が小学校卒業の頃までこのアパートで過ごし、その後、同じ緑区内のアパートに引っ越した。生家よろしく古びた、一家が暮らすには手狭な住まいである。郵便受けには溢れんばかりの郵便物がねじ込まれていた。念のためインターホンを鳴らしてみたが、応答はない。

 周囲を取材して回ると、まず青葉と同級生の息子を持つ主婦に話を聞くことができた。彼女は、天真爛漫な笑顔に心引かれる、青葉が小学生時代の写真を見せてくれた。「(大阪拘置所に収監される)ストレッチャーに乗ってるときの、あのギラってした目。あまりにもこの写真とかけ離れてる。だから同一人物とは思えません。この顔見ると、別の世界の出来事が起きちゃったみたいでね、いろんなことが起きすぎちゃったね。なんて人生なの……」

 主婦は幼い頃の青葉をよく覚えていた。

「小学校のときは明るい元気な子。うちの子供とも遊び仲間でした。親として、最初の子供に友達ができるってすごく嬉しいじゃないですか。近所に遊ぶ子もいなかったから、それですごく嬉しくて。ここの小学校は学区が細長いんですよね。うちは南のいちばん外れで、長男がまだ友達があんまりできていなかったときで、この端っこの学区まで見たことのない子が遊びに来たので、すごく印象に残っていたんです」

 主婦は続けて苦悩を語る。

「長い間にいろんなことがあったんだね。事件を起こす前までは同情の余地があるけど、あの事件を起こしたら、全く同情の余地はないよね。そういう環境でも、あんな事件を起こさない人はいっぱいいる。そうでしょ。そういうふうに生きてきたんだよ、みんな。どんな苦しいことがあったって。変な言い方だけど、自分で死んでしまったほうが。逆恨みみたいなことはしちゃいけないよね」

 主婦が言う“そういう環境”とは青葉の複雑な家庭環境である。付近で暮らす、青葉の父親を知る元食料品店経営者は言う。

「親父さんとは何回か会ったことあるけど、普通の人だよ。別に印象も何もねえよ、単に普通の人。仕事はタクシーの運転手。羽振りは良かったよ。結構、稼いでたみたいで」

 日を置いて、父親の地元・茨城県常総市を取材すると、彼の奔放な性格が見えてきた。

「あそこに父親の実家があったんだよ」

 大きな田畑の中に建てられたアパートを指差し教えてくれたのは、青葉家と縁戚にあたる初老の男性だ。

「青葉の親父が家を出て、奥さんと6人の子供はそこに暮らしていたんだけど、なんか勝手に土地を売っちゃったみたいでね。急に立ち退きさせられてこの地からいなくなりましたよ。それから見てないですね。もう40年近く」

 青葉の父親は青葉の実母と結婚する前、前妻との間にできた6人の子供がいた。農業を営む傍ら、幼稚園のバス運転手もしていたらしいが、生活に困窮していたことは容易に想像できる。

両親は不倫の末に駆け落ち

 取材を進めるうち、青葉の実母は、父親とは子供を通じて知り合った幼稚園の教諭で、不倫の末に駆け落ちしたことがわかった。2人はほどなく結婚し、やがて青葉を含めた3人の子供が誕生。家族5人で件の古びたアパートで暮らすようになる。

 前妻との間に生まれた兄弟の1人にも話を聞くことができた。

「事件が起きて、義理の弟が起こした事件と言われても何もピンとこなかったです。自分は父親の記憶もないし、父親が生きているのか死んでいるのかも知らない。関係ないというのが感想です。そうやってずっと生きてきましたから。兄弟で父親の話をすることもないです」

 母が女手一つで6人を育てるのは相当に無理があったようで、養子に出された兄弟もいたという。果たして父親は、前妻や前妻の子に対し、支援の類はもちろん、会いに行くことすらなかったそうだ。

 青葉が、さいたま市緑区内の2軒目のアパートで暮らしていたとき、両親は離婚。実母と長男、青葉と父親と妹に分かれ、それぞれ別々で暮らしはじめる。やがて青葉は、さいたま市内の中学に入学。当時まだ天真爛漫だった彼に変化が起きたのは1991年のことだ。

「親父さんが事故やっちゃってから、収入がなくなったんだよね」

(文中敬称略)

〈 「真面目な好青年で、トラブルは全然なかった」36人を殺害《京アニ放火》犯人の少年時代、彼を凶行に走らせた“ある事件” 〉へ続く

(高木 瑞穂,YouTube「日影のこえ」取材班/Webオリジナル(外部転載))

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