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「所持金3400万円」「右手指がすべて欠損」兵庫のアパートで孤独死した“謎の女”…取材でわかった身元不明女性の“正体”とは――2024年上半期 読まれた記事

文春オンライン / 2024年8月20日 11時0分

「所持金3400万円」「右手指がすべて欠損」兵庫のアパートで孤独死した“謎の女”…取材でわかった身元不明女性の“正体”とは――2024年上半期 読まれた記事

写真はイメージです ©iStock.com

2024年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。社会部門の第3位は、こちら!(初公開日 2024/01/02)。

*  *  *

 2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が室内の金庫に3400万円を残して孤独死した。住所も名前もわからない身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載されていた彼女は、いったい何者なのか?

 ここでは、取材をした共同通信記者、武田惇志さんと伊藤亜衣さんの共著『 ある行旅死亡人の物語 』(毎日新聞出版)より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)

◆◆◆

所持金約3400万円の行旅死亡人

〈「本籍(国籍)・住所・氏名不明、年齢75歳ぐらい、女性、身長約133cm、中肉、右手指全て欠損、現金34,821,350円

 上記の者は、令和2年4月26日午前9時4分、尼崎市長洲東通×丁目×番×号(注:原文では番地など表記)錦江荘2階玄関先にて絶命した状態で発見された。死体検案の結果、令和2年4月上旬頃に死亡。遺体は身元不明のため、尼崎市立弥生ケ丘斎場で火葬に付し、遺骨は同斎場にて保管している。

 お心当たりのある方は、尼崎市南部保健福祉センターまで申し出て下さい。

 令和2年7月30日 兵庫県 尼崎市長 稲村 和美」〉

 冒頭のわずか3行の間に、目を引く情報が詰まっている。約3400万円の所持金に加え、右手の指がすべて欠けているとは一体、どういう状況なのだろう。「玄関先にて絶命した状態で発見された」とあるから、おそらくは孤独死なのだろうが、何か異常なことが起こっているのではないか。行旅死亡人の所持金が平均でどれぐらいだか知らないが、2位の西成区の男性より1000万円以上も多いのだから、桁違いの額だということは想像できた。

尼崎市南部保健福祉センターに問い合わせてみる

 とはいえ、掲載から1年近く経ってもニュースになっていないということは、すでに誰かが取材したもののニュースになるような話ではなかったのかもしれない。過去の経験から言っても、行旅死亡人記事には過度な期待はできないというのはわかっている。

 それでもせっかくだから、試しに電話で問い合わせるぐらいのことはしてみよう。もし役所の担当者が不在なら、それはそれで仕方ない。この案件とは縁がなかったということだ。

 店内のざわめきは気になりつつも、わざわざ移動するほどの案件でもないと思い、その場で電話してみることにした。

 死亡記事の問い合わせ先となっていた尼崎市南部保健福祉センターの電話番号をグーグルで調べ、スマホから発信すると、すぐに男性職員が電話口に出た。

「あっ、タナカチヅコさんの件ですね」職員が女性の名を口に

「あの、昨年7月30日に官報に掲載された、尼崎市長洲東通ってところの行旅死亡人の女性の件なんですけど……なんか、めっちゃ大金持ってはった方で」

 内容をうまく要約できないまま、まごまごしながら用件を伝えたにもかかわらず、男性はすぐに察したようだった。彼は間髪入れず、聞いたことのない女性の名を口にした。

「あっ、タナカチヅコさんの件ですね」

 タナカチヅコ? それがこの女性の名なら、身元はすでに判明しているのか。官報掲載から1年近く経過しているし、その可能性もゼロではない。だとすると、この職員は図らずも余計な情報を口走ったことになるのかもしれない。こちらとしてはありがたい話だ。そんなことを考えながら、電話が担当者に交代するのを待った。

 しばらくして担当だという別の男性職員が電話口に出たが、この件はもう尼崎市側では扱っていないので、対応できないという。

案件の管轄は行政から弁護士に移っていた

 やはり身元が判明して、もう行旅死亡人という扱いではなくなったということなのか。

 それならそれで仕方ないが、せっかく電話したのだ。気になることは尋ねてみるべきだろう。

「実はさっき、タナカチヅコさんという名前だと伺ったんですが。この女性の身元は判明したんですか?」

「いや、判明してないですよ。こちらもいろいろ調べましたが、わからなかったので」

「でも、タナカチヅコさんって名前の女性なんじゃないですか?」

「……なんとも言えませんね。とにかく、この件は財産が残されているので、わからなかったなりに調べたうえで、家庭裁判所に相続財産管理人を申し立てて、選任されていますから。そちらの弁護士の方にすべて引き継いでいます。連絡先を教えていただけたら、弁護士の方に取材申し込みがあった旨、伝えておきますが……」

 なるほど。相続財産管理人とは聞いたことのない役職だったが、ともかくこのタナカチヅコさんの案件は行政からプロの弁護士に管轄が移ってしまったということだ。となると経験上、取材は十中八九、ここでおしまいである。

ネタ探しは振り出しに戻ったと思っていたら…

 もちろん、世にはマスコミに気さくに応対してくれる弁護士も少なくないが、どうしても分野が限られるというのが、私の実感だった。たとえば行政や企業を相手取った訴訟や無罪を争う刑事事件で、権力の不正を世に広く訴えたり、被害者の名誉を回復させたりといった、弁護士側にマスコミを使って広報するメリットがないと、見知らぬ記者に多忙な時間をわざわざ割きはしない。

 ましてや、相手からの連絡を待てというのだから、これはもう遠回しに断られているようなものだ。職員には儀礼的にこちらの携帯番号を伝え、礼を言って電話を切った。

 結局、ネタ探しは振り出しに戻ってしまった。しかし、そもそも尼崎市に電話したのも駄目で元々だったのだ。一服したらまたアイデアを練り直そう。そう思ってしばらく目を休ませていたところ、スマホが鳴った。

弁護士へのリモート取材が決まる

 表示は06の市外局番。大阪市内のどこかの取材先からだろうかと思って画面をタップすると、相手は「弁護士の太田吉彦と申しますが」と切り出した。知らない弁護士だ。ひょっとすると、尼崎市が私の連絡先を教えたという相手だろうか。

「先ほど、尼崎市の方から電話をいただきまして。お話を聞きたいという記者さんがおられると」

 やはりそうだ。まさか本当に、それもこんなに早く連絡をもらえるとは思わなかった。私はひとまず、タナカチヅコさんの件かどうかを確認した。

「ええ。私、弁護士を22年やってますが、この事件はかなり面白いですよ」

 面食らった。この人はいきなり、何を言い出すのか。

 いぶかしむ一方で、自分の中で記者としてのセンサーがきりりと反応し、背筋を伸ばした。

「(尼崎)東警察署が変死体の調査に入ったんですけどね、こんなことあるのかって刑事さんも言うてましたよ。私の方でも、タナカチヅコさんの身内の方を探したいし、亡くなった方は個人情報保護法の関係もなく、守秘義務も発生しないので、もし報道してもらえる機会があるなら、利用させてもらいたいんです」

 どんな事件なのかは全く想像がつかなかったが、電話のやりとりだけで事足りるような簡単な話ではなさそうだ。聞いてみると、今日の夕方には早くも取材対応できるという。太田弁護士の事務所は尼崎市内にあったが(尼崎市は兵庫県だが大阪市と同じ市外局番だ)、時節柄、Zoomでのリモート取材が決まった。

よほどのスクープか、どうしようもないガセネタか

 インターネットで調べると、相続財産管理人とは、相続人がいない場合などに故人の遺産を管理・清算する職務のことで、申し立てを受けた家庭裁判所が弁護士や司法書士を選任するという。取材したことがない分野で、こんな仕事があるとは知らなかった。今回は、亡くなったタナカチヅコさんの遺産を巡って、管轄である尼崎市が家庭裁判所に申し立てて太田弁護士が選ばれたというのが顚末のようだ。

 さて、太田弁護士は一体、どんな話を展開する気なのだろう。

 取材の際、自分の活動を誇張気味に話す人物と出会うことは時たまあるが、「弁護士を22年やってるが、かなり面白い事件」というオーバーな表現を聞いたのは初めてである。

 よほどのスクープか、どうしようもないガセネタをつかまされるか。私は冷めたコーヒーを一口で飲みきり、職場へ向かった。

(武田 惇志,伊藤 亜衣/Webオリジナル(外部転載))

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