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「脱・体育会系」が進んだ競技でオリンピックのメダルが増えている? “強化の黒歴史”を脱出できた競技、できなかった競技について

文春オンライン / 2024年8月8日 18時20分

「脱・体育会系」が進んだ競技でオリンピックのメダルが増えている? “強化の黒歴史”を脱出できた競技、できなかった競技について

スケボーの世界には国境も体育会も存在しない ©JMPA

 今回、割といい感じでパリオリンピックでメダルを獲得し続けている日本勢。もちろん、柔道や体操ほか伝統的に日本が強いお家芸的なスポーツでも頑張っておりますが、それ以外の新スポーツでも世界的な舞台で健闘する日本人選手が大活躍しております。

 これ、ほんのり選手強化や競技のアナリティクスでご一緒していると、「たまたま」「一過性で」日本人選手がイケてるだけなのではなく、中長期的に日本人選手のスポーツ能力が底上げされ続けてきていることが分かります。選手個人個人や、コーチ、協会の努力がメダルという形で実を結ぶのは素晴らしいことですね。

 私の良く知る野球だけでなく、ルールに基づいて個人や団体で取り組むスポーツでは、日本は割と選手強化が上手くいっていて、かなり実を結びつつあるよなあというところを概観で書きたいと思います。

 競技によって差はありますが、選手の強化にあたっては日本でもかなり分野ごとのアナリティクスと、強みに応じたトレーニングが奨励されるようになってきました。上下関係によるコーチングで精神論中心の漫然とした練習から、具体的な選手の特性に応じた勝つポイントを押さえたトレーニングへと強化方法がバージョンアップされることで、選手の能力が伸びて世界で戦えるところまできているのです。

昭和の時代の体育会系な運動部の否定にも繋がっている

 ただ、その過程はそう平坦ではありませんでした。日本大学アメフト部などで問題となった「パワハラや危険なプレー」による負傷を起こさない指導法の徹底が広がったことや、コロナ禍で集団での練習が忌避されるなかで「練習量の制限と、休息、栄養のバランス」を見直す動きが進んだことは僥倖でした。練習の効果に対してきちんと話し合う機会が増えたのは間違いありません。

 これらの事象が、結果的に日本の選手強化にダイレクトに繋がった面は否定できないでしょう。

 また、協会や大学が口を揃えて選手強化に意味があったと話すのは、未成年の飲酒に対して世間も厳しい目を向け、若い選手も節制の意味を理解するようになったことです。一部選手に喫煙など素行の問題が出て騒ぎにはなりましたが、全体で見れば酒を飲まない、タバコを吸わない選手が増えました。

 運動強化に価値があり、視力がダイレクトに影響するスポーツでは、未成年時のアルコールの影響は少なくなく、才能を開花させる前提として飲酒や喫煙の影響を排除できたことにあります。

 これは、古き良き昭和の時代の体育会系の運動部的な育成手法の否定にも繋がっています。「根性を入れろ」「水を飲むな」「我慢して集中して取り組め」という精神論は、物事に集中して成果を出すタイプのスポーツでは常に弊害となっていました。

 選手の性格にもよりますが、一般的には選手に「辛い練習を乗り越えた」という自信があっても、プレイ時の集中力と、それによって導かれるパフォーマンス(結果)にはほとんど寄与しないことも分かってきています。

「褒められて育った選手は逆境に打ち勝つ力がない」は大嘘

 スケートボードなど、特に新しいジャンルのスポーツにおいて日本人選手の躍進が見られるのも、良く分からないOBや根性重視のコーチが不在で、選手が競技に集中できる環境を作りやすいこともあると見られます。

 特に、過剰な練習量にならないような制限や、栄養と休息のバランスは若い選手にとって特に大事で、技術指導に特化したコーチングが可能な環境こそ重要、という意識が浸透してきていることは大きいです。

 野球でも特に、古い因習を引きずる指導者からは「褒められて育った若い選手は、逆境に打ち勝つ力がない」と言われがちですが、データを見る限り、全く逆のようです。

 特に投手は、褒められて育ち自信を持って投球している選手のほうが、ランナーを抱えた際の投球が良いため(マイナーリーグでもメンタルが投球の品質に影響することが分かってきたので、客観的に把握するコンフィデンスという指標ができている)、基本的には試合に臨む選手の管理には、選手の特性は置いておいてとにかく褒めろという手法が定着しています。

 楽しそうに競技に臨んだり、笑顔でプレーに取り組むことで、その選手が実力を一番発揮できるように誘導しつつ、科学的に正しいトレーニングを積める方向へ日本のスポーツ界の多くが育成方針を変えたことが、明治維新から続く体育会的強化の発想からの脱却を可能とし、結果的に、世界と戦える日本人選手が各種目で増える流れになったのだろうと考えられます。

 これはもうどうしようもないことなのですが、理念的には人種や出自で人間は区別されないという平等原則もありつつ、しかしやはり背の高さや筋肉のつき方、持久力や瞬発力その他、アフリカ系選手が強いとか、北欧の選手が凄いといった分野があるのは広く知られています。

 特に、日本人選手の強化においては、野球でもその他のスポーツでも「効率よく除脂肪体重(≒筋量、出力)を増やす」とか「強い体幹を鍛える」などの大雑把なスローガンは長年掲げられてきましたが、実際にはあんまりうまくいかない時期が長く続いておりました。

 中には、アスリートとして鍛えられる限度を超えた筋トレによって、腱や靭帯を損傷して手術を余儀なくされる選手も出てきています。そういう「良かれと思って、励んできたトレーニングにより選手寿命を縮める」ケースを減らすのもまた、科学的な強化プログラムの重要な役割です。

 そして、選手のスカウティングにおいても、直近の大会などでの成績よりも、外形的に分かる骨格や筋量(出力)から選手のポテンシャルを推測するケースが増えてきました。メジャースポーツの若い選手では特に、成績はイマイチでも、スイングスピードなどのフィジカル面や、結果に大きく影響を与えるプロセスを加味したプロスペクト評価が高ければ将来期待も高いことが分かってきています。

「子供のころの過ごし方」でポテンシャルはかなり決まってしまう

 というのも、俗にぼんやりと言う地肩の強さやしっかりした体幹というのは、選手になってからではなかなか獲得できないのです。

 もちろん選手がそのスポーツに取り組む期間にしっかりとしたトレーニングを積むのは大事ですが、その所与の強さは「子供のころに、成長期を迎えるまでに適切な運動量をこなし、どれだけ多くのタンパク質を摂ってきたのかが重要であるらしい」ということが明らかになってきたからなのです。

 特に、骨端線が閉じていない、まだ身長が伸びる時代の子どもたちにとっては、ハードなトレーニングをこなしたり、筋量アップを目指したりするのは禁忌と言えます。

 子供のころはおおいにかけっこをしたり、ジャングルジムや運てい、鉄棒を楽しんだり、プールに行く習慣があったり、基本的な運動能力・運動神経を底上げする「普通の遊び」に時間をかけ楽しんできた子どもが、子どものころからチームに入ってそのスポーツだけやってきた子たちよりも、各スポーツのユースや高校野球で活躍する傾向が強いのです。

 神経系・運動神経の良さを引き出すために、いろんな筋肉を使って日々を過ごし、充分な休息と共にタンパク質をしっかり摂ることが最終的な運動能力の強化に繋がることが分かってきています。

 例えば、野球では打者において「相手の投球を予測するために、網膜に残像を残す力」が重要ですが、その残像を狙って狂いなくボールを打ち抜いて遠くに飛ばすためには、単に筋量を増やすよりも正確にバットを振ったり、打球が当たるまでに一気にスイングスピードを上げられる神経系が重要になってきます。

 これらの能力は、たいていにおいて成長期に大きく伸びていきます。そして、オリンピックの種目になるようないろんな競技でも、その競技で勝つための切り札となる動きや技術が選手の能力を決めています。優秀な選手ほど幼少期から成長期にかけてバランス感覚や器用さの土台になるような、総合的な運動能力と、それを支えるタンパク質を多く摂取しているという相関があるのです。

 一方、ある程度の年齢になり、骨格が固まると、身体に負担のかからないペースでいかに除脂肪体重を増やすかが勝負になってきます。ここで、日本人が不利な原因は、何より「成人すると日本人は筋トレと同時に脂肪がついてしまう」遺伝的傾向が他の種族よりも強いことがあります。

 野球選手でも、欧米流のワークアウトを取り入れてどんどん筋肥大を求める選手が出てきますが、長続きしないのは食事を同時に節制しないといけないのにそれを怠るので太るからです。そして、野球を含む多くのスポーツでは、単純な筋力量よりも、動き始めの瞬間に多くの出力を出せる初動負荷が大事な面があり、故障なく瞬発力と最大筋力を高めるには単に筋トレを一杯やることでは解決せず、故障リスクが高まります。

 残念なことに、脂肪がつきやすい体質を活かしてうまくいくスポーツはあまりなく、原則として、コンディション管理・維持のために必要な脂肪率を超えて脂肪を蓄えることは、腰や膝の内側、足首などの関節に価値のない負担を増やすため、節制による体重管理がどうしても重要になります。

 日本の強化チームにおいて栄養学が特に重視されるのは、選手強化において脂肪を増やさない鶏ささみやゆで卵のような食べ物で充分にタンパク質を補給し、筋肥大時に脂肪がつかないよう工夫をする機会が増えたことで、年間を通じて除脂肪体重を増やすペースを管理し、能力強化と故障回避ができるようになった、という事情があります。

 これらの指導が徹底できるようになったのもここ10年ほどで、それまでは、筋肉が増えすぎると柔軟性が失われるとか、または逆に焼き肉でも白飯でも腹いっぱい食べろなどの指導が長年行われ、結果的に、日本人選手の基礎的な運動能力でマイナスになってきました。長時間のランニングで筋肉を落とし続けてきた強化の黒歴史から早く脱却するべきです。

 小学生、中学生の基礎トレで言うならば、タバタ式とミニハードル、短いシャトルランだけで充分とさえ言えます。とにかく幼少期から成長期に故障しないことが大事です。

 科学的なトレーニングと言っても日々進化しており、また、状況によっては矛盾するデータや論文の中から「この選手にとっては、このリスクを負ってでもこっちのトレーニングをやるべき」という判断をできるようにするのが、強化を担当するコーチの役割になっていくでしょう。

 そのような事実に気づいている競技の協会から、順に選手が強くなっていっているのではないかと思います。

(山本 一郎)

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