「輸出立国は遠い昔」「海外からの直接投資は世界最低レベル」“為替介入の指揮官”神田眞人前財務官が〈それでも日本経済を悲観しない理由〉
文春オンライン / 2024年8月10日 6時0分
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神田眞人前財務官 ©文藝春秋
物価高が続き、株価は乱高下。日本経済の厳しさが顕在化してきた昨今だが、前財務官の神田眞人氏は、今が日本経済が「強く復活」するチャンスであると言う。その理由とは?
◆◆◆
このままでは本当に厳しい。努力しなければかなり悲惨なことになりかねません。でも、頑張れば、未来が開ける。まだまだ日本は闘える。日本人は強い。ちょっと当たり前の努力をすれば、もっと幸せになれる。次の世代を安泰にできる。
私たち「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」懇談会は、国際収支のレンズを通して、日本経済の課題とその対応策を議論してきましたが、これが結論です。
国際収支は、ある期間における一国のあらゆる対外経済取引を体系的に記録したものであり、経済活動の結果を網羅的に映し出してくれます。日本経済の構造はどうなっているのか、今後、どうなるのか、どうすれば改善できるのか。こういった、私たちが日々悩んでいる分析に、国際収支の視座が有益ではないかと思いました。つまり、自分の姿を鏡で見るように、国際収支を見て、日本経済の姿を客観的に確認することが重要なのです。
そこで本年3月、財務官だった私が主催して国際収支に関する懇談会を開催することとしました。本稿末尾に記した一覧の通り、様々な分野の第一線で活躍する論客に呼びかけたのですが、皆さん、喜んで委員に就任してくれました。そして、国際収支を「日本経済を診察するための道具」として、財務省の会議室で計5回にわたって議論を重ねたのです。
文字通り論客ばかりで、政府への厳しいご批判も多々頂きました。報告書の作成に際しては、意見を集約するのが本当に大変でしたが、激論の結果を謙虚に取り入れています。その成果を皆さんにできるだけわかりやすくお伝えして共有し、よりよい日本社会を目指す営みの一助とするのが本稿の目的です。具体的に開陳する前に、深刻な危機感と、明るい展望について一言、触れておきましょう。
「日本は輸出立国」と学校で習った時代は遠い昔で、既に貿易収支は赤字基調です。ついに電気機器まで赤字となり、「自動車の一本足打法」になってしまいました。その自動車の競争力維持にもリスクがあり、電動化や自動化の遅れ、相次ぐ認証不正などのスキャンダルの影響が心配されています。
輸入の方は原発停止もあって、化石燃料依存が続き、油やガスの値段に翻弄される毎日です。デジタルなどの先端的サービス分野でも赤字が拡大し、デジタル化が進展すると自動的に赤字が膨れ上がる構造になっています。企業の海外での稼ぎは増えていますが、その多くは海外で再投資され、日本に戻ってきません。そのぶんが、国内での賃金上昇や設備投資に活かされていないのです。外国から日本への直接投資は世界最低レベルが続きます。つまり、日本企業も外国の企業や投資家も日本に投資しようとしていないのです。
普通の政策を実施すれば日本は復活できる
このままでは、日本は食べていけなくなるのではないか、食料やエネルギーを海外に依存する日本人の生活はどうなってしまうのか、そんな心配をするのが自然です。生憎、打ち出の小槌も永遠のフリーランチ(ただ飯)もありません。厳しい国際競争のもとではなおさらそうです。必要な改革の努力を怠れば、深刻な事態に陥りかねません。
しかし、悲観することはありません。他国がやっているような、市場メカニズムに新陳代謝をゆだねて生産性や賃金の上昇を図るといった普通の政策をしっかり実施するだけで、日本は強く復活することができます。というのも、数十年、給与水準も投資も滞っていた日本には大きな伸びしろがあるのです。今なら大手術ではなく、オーソドックスな市場活性化、要は本来の市場のダイナミズムを取り戻すといった手段で、相当に強くなれるのです。例えば、人口減少、人手不足が問題になっている中、もっと人々が、特に若者が、成長性があって、高い給料を払える企業や業種に転職するようになれば、労働者も社会全体も豊かになります。内向的、リスク回避的、閉鎖的、硬直的になったともいわれる日本ですが、新陳代謝、国際化、ダイバーシティ、いろんな意味での流動化と開放が、閉じ込められていた無限の可能性を羽ばたかせるでしょう。
日本は昔から、国内で切磋琢磨しつつ、海外から新しいものを貪欲に吸収して、素晴らしい独自文化を育ててきました。奈良・平安、明治維新、近くは敗戦後のGHQ支配下での復興など、枚挙に暇がありません。ですから、いま求められているのは悲壮な改革というより、日本人の本来の属性を取り戻すだけということかもしれません。
経常黒字は最大でも貿易で稼げていない
はじめに、経常収支の全体像を見てみましょう。
上に掲載した図表①の通り、日本は長年にわたり安定的に経常黒字を計上していますが、その内容は大きく変容しています。「貿易立国」から「投資立国」への変貌などと言われるように、黒字の主因が貿易収支から第一次所得収支、すなわち日本人や本邦企業が保有する海外資産からの利子収入や配当といった収益へとシフトしているのです。国内で生産する財・サービスの輸出ではなく、海外での生産・投資活動により黒字が支えられている、これが今日の日本の経常収支構造です。
昨年度(2023年度)の経常黒字は過去最大となっていますが、ご覧の通り、黒字となっているのは第一次所得収支だけで、貿易で稼げていません。経常黒字の恩恵が、日本国内において、あまり実感できない理由はここにあります。
ここからは、国際収支の主要項目ごとに、その動向や、そこから見える日本経済の課題を見ていきましょう。
日本の貿易・サービス収支は、近年は赤字基調にあります。その背景には、日本経済が抱える複数の構造的要因が横たわっています。
「自動車の一本足打法」にはリスクがある
第一に、自動車に匹敵する稼ぎ手の不在です。冒頭で「自動車の一本足打法」と申し上げましたが、貿易収支を主要品目別に見ると、自動車等の輸送用機器が一貫して大幅な黒字を計上しています。これに続き、半導体製造装置等の一般機械も頑張っています。他方、かつては自動車と並ぶ黒字の稼ぎ頭であった電気機器(家電、スマホ等)は、2022年度に初の輸入超過を記録しました。
このように日本の貿易収支は総じて自動車に依存していますが、現在、CASEといわれる自動化・電動化等により自動車業界を取り巻く環境が激変しています。近年、続発している一連の認証不正などによる信用失墜も心配です。こうした中で、仮に自動車産業の国際競争力に揺らぎが生じた場合には、貿易収支の一層の悪化は避けられません。自動車という競争力ある輸出セクターを有していることは誇るべきでしょうが、いかんせん、「一本足」は不安定でリスクを伴います。自動車以外の分野、とりわけ先端分野において、輸出産業の国際競争力を維持・強化することが求められます。
◆
本記事の全文は「 文藝春秋 電子版 」と「文藝春秋」9月号に掲載されています(「 日本はまだ闘える 」)。全文では、以下の項目について、神田前財務官が詳しく解説しています。
●円安が輸出拡大につながらないワケ
●インバウンド黒字をデジタル赤字が食いつぶす
●海外からの対日投資は北朝鮮以下
●新NISAの投資額は増えているが……
●労働移動で生産性を上げた米国
●補助金バラマキをやめて企業の新陳代謝を
(神田 眞人/文藝春秋 2024年9月号)
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