「パパが死にませんように」がんを患った父に会いに行き…7歳の少女が夏の日に見つめた“生と死”
文春オンライン / 2024年8月9日 17時0分
![「パパが死にませんように」がんを患った父に会いに行き…7歳の少女が夏の日に見つめた“生と死”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72759_0-small.jpg)
メキシコの新鋭、リラ・アビレスが監督した『夏の終わりに願うこと』は、彼女にベルリン国際映画祭エキュメニカル審査員賞をもたらすなど、国際的な高評価を得た。7歳の少女が、父の誕生日パーティーの1日を家族と過ごす物語は、なぜこんなにも胸に迫ってくるのか?
◆◆◆
7歳の少女ソルの願いごと
パパの誕生日パーティーが行われる日。
7歳の少女ソルはママの運転する車でおじいちゃんの家へ向かっている。わいわいと楽しいその道すがら、ちょっとしたゲームに興じるふたり。橋を渡っているあいだに、息をずっと止めていられたら、願いがかなう。
ソルは必死になって息を止め、心のなかで願いごとをする。「私のお願いはなんだと思う?」。そう尋ねるソルに、ママは答える。「なにかな?」。
――パパが死にませんように。
がんを患ったパパは、おじいちゃんの家で懸命な闘病生活を送っているのだ。
『夏の終わりに願うこと』は、パパと久しぶりに再会する、そんなソルの視点を中心にして、この誕生日パーティーの1日を細やかに描きだす。
第一に、この作品はきわめて秀逸な家族の物語だ。祖父から孫まで、3世代が一堂に会する大家族の様子が、ここではまずにぎやかで楽しい。
ソルがおじいちゃんの家に到着すると、すでに親類たちが集まり、パーティーの準備が進められている。伯母は、まだ幼い、いたずら好きの娘とケーキ作りに精を出し、また別の伯母は、霊媒師を家に呼び、除霊の儀式をはじめる。精神科医のおじいちゃんは、家中を除霊してまわる霊媒師を、発声補助器具を使い「やめろ!」と一喝する。
伯母同士が、バスルームの“領有権”をめぐり競り合うさまには、どこか親近感が感じられる。閉めだされたほうはぶつくさと文句を言いながら、髪に塗ったヘアカラーをシンクで洗い流し、キッチンペーパーで頭を拭く。
日本人も共感できるメキシコの人々の暮らし
ひとつひとつ点描されるのは、なんの飾り気もない、庶民の卑俗な日常だ。それはメキシコ特有の風習や文化に根差しながら、他の国に暮らす人たちにも、決して他人事のようには思えない。
伯母たちは、ソルのパパの治療費について、たびたび不安を口にする。自分たちの手元には、もうお金がないのだ、と。こんなふうに登場人物がお金の話を明け透けにするのは、思いつく限りでは成瀬巳喜男の映画くらいだろう。
本作を監督したリラ・アビレスは、深く影響を受けた監督のひとりとしてジョン・カサヴェテスの名を挙げている。たしかにドキュメンタリー作品のような生々しさで、人々の自然な姿を写しとるところは、どことなくカサヴェテス的かもしれない。
しかし煩わしくも愛おしい家族の日常に寄り添い、そこに生と死を交錯させる手法は、是枝裕和の傑作『歩いても 歩いても』を想起させる。演技経験のない子どもたちを起用し、その作為のない一挙一動を記録したところなどは、カサヴェテス的でもあり、同時にまた是枝的でもある。
とくに主人公ソルの、初々しく、みずみずしい表情は、観る人の胸を打つ大きなポイントだ。
7歳の少女の無垢なまなざしが目の当たりにすること
この作品は第二に、そんな少女の心の移ろいを映す物語として優れている。
ソルはパパとの再会を心待ちにしながら、からだを休めているという理由で、なかなか会うことができない。にぎやかな親類たちに囲まれながら、彼女はひとりぼっちだ。
そんなソルの満たされない心を、大好きな動物や虫たちが癒してくれる。彼女はカタツムリを手に取り、インコと会話し、ハチをしげしげと見つめる。動物や虫たちの存在は、自然との境界を取りはらい、彼女に生命の神秘を教える。
ソルはおじいちゃんのスマホにこう問いかける。「いつ世界が終わるの?」。すると、スマホのAIアシスタント機能は答える。「未来の技術が失敗しなければ、数百万年後、太陽が赤色巨星に変わるとき、地球が滅びるでしょう」。
7歳の少女の無垢なまなざしは、生と死について、いくつかの大事なことを目の当たりにし、そこから吸収していく。もちろん彼女に対し、もっとも多くのことを教え、授けるのはパパだ。
陽が沈み、いよいよパーティーがはじまろうというとき、ソルはようやくパパに会うことができる。すっかりやせ細ったパパは、ソルを「僕のポニョ」と呼び、優しく抱きしめる。
物語は誰の視点からとらえていたのか。少女? それとも……
「ポニョ」とは『崖の上のポニョ』の、あのさかなの子を指し示しているが、それは監督のリラ・アビレスの娘が父から、つまりアビレスの夫から実際に呼ばれていた呼び名だという。
実はアビレスの夫は、娘が7歳だったときに亡くなっている。アビレスはそれ以上のことをつまびらかにはしていないが、ただこの物語が、アビレスとその娘の実体験を多少なりとも反映していることは間違いがない。
と考えると、本作にはまた別の角度から光を当てることができる。
本作の終盤で描かれる、7歳のソルと病に伏したパパの再会――それはもしかしたら最後の交流になるかもしれない――は、果たして誰の視点からとらえられたものなのか? 全編にわたり、主にソルの視点で綴られる物語が、ここでは視点人物を異にしている。つまりこの場面は、ふたりの思い出を記録しようとする人物、“母”の目がとらえた一瞬なのだろう。
物語が幕を閉じたとき、スクリーンに映しだされるのは「A MI HIJA」というスペイン語の文字。訳せば「愛娘に」。これは家族の物語であり、少女の物語であるのと同時に、その姿を記録し、記憶にとどめようとする母の物語でもある。
第三に、これはアビレスにとってきわめてパーソナルで、エモーショナルな物語なのだ。
STORY
ソルは父の誕生日パーティーのため祖父の家を訪ねる。親類たちの輪に入れず、ひとりぼっちで動物や虫たちと戯れる彼女が、父と再会を果たしたときに新たに知るのは――。
(門間 雄介/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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