「やさしい味、やさしいお店」宮崎美子が愛し「マツコの知らない世界」でも取り上げられた“秘境”の"名物 能登ラーメン”がウマすぎた!
文春オンライン / 2024年8月12日 7時0分
![「やさしい味、やさしいお店」宮崎美子が愛し「マツコの知らない世界」でも取り上げられた“秘境”の"名物 能登ラーメン”がウマすぎた!](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72829_0-small.jpg)
巌門
〈 「ジャーン!」「ズズズズズズー」「ドドドドド」謎すぎる彫刻が出迎える石川県羽咋市では、UFOが見られるってホント? 〉から続く
「海がキレイですよ。地元の皆さんは『ぜひ、来て』とおっしゃっています」
金沢駅の観光案内所でそう勧められた。
石川県志賀(しか)町にある海食洞穴「巌門(がんもん)」だ。奇岩や断崖が29kmも続く「能登金剛」では最大の見所である。
能登半島で観光ができる最北端「巌門」へ
能登半島地震後の観光はどうなるのか。「ここなら観光できる」という案内所職員の「おススメ」に従って現場を回る。金沢駅をレンタカーで出発。千里浜なぎさドライブウェイを経て( #1 )、羽咋(はくい)市に寄る( #2 )。それから3箇所目の巌門へ向かった。
カーナビの指示通りに県道を曲がると、その先の道路は通行止めになっていた。
路面のヒビ割れや、路肩の断崖の崩落、道路への山崩れがあり、この道では巌門にたどり着けないらしい。目的地はもう目と鼻の先なのに、と落胆した。
やはりここまで来ると、地震の被害が目立つ。震源に近い珠洲市や輪島市などといった奥能登ほどではないものの、震度7が計測された志賀町内なのだ。軒並み家屋が倒壊した奥能登とは揺れの性質が違ったといっても、無傷ではない。
石川県が2024年8月6日にまとめた被災状況によると、志賀町では直接死2人(他に関連死5人)、負傷者104人。住家の損壊は全壊552棟、半壊2402棟、一部損壊4438棟と、かなりの被害が出ている。
ただ、状況は場所によって違い、日常生活に支障がない地区もある。金沢駅の観光案内所で「巌門へ行ってみませんか」と勧められた理由だ。
食洞門はすぐそばまで徒歩で近づける。能登金剛遊覧船の「巌門クルーズ」も運航を再開した。能登半島で観光ができる最北端と言えるだろう。
「鷹の巣岩」の目の前にあるドライブイン
行き止まりの道路を引き返して県道に戻り、500mほど先にある別の巌門入口へ向かうことにした。
レンタカーを方向転換させる。と、その時、さきほど曲がった県道の角にドライブインがあったことに気づいた。
県道側からだと民家のように見えたが、海抜70mという海側には駐車場が整備されていた。海から駆け上がる傾斜の上に建っているので水平線まで見通せる。ベンチも据えつけられていた。
目の前には高さ27mの「鷹の巣岩」がある。観光案内板には、頂上にタカが巣を造ったので、その呼び名がついたと書かれていた。
せっかくだから、店に寄ってみることにした。
やや怖かったのは、駐車場が海側にズリ落ちたのか、傾いていたことだ。アスファルトには深々とした亀裂が何本も走っていた。その亀裂に草が生えていたのが、発災からの月日を感じさせる。
「ロードパーク女の浦」と書かれた店に入った。食事ができるだけでなく、物産も販売しているようだ。
「こんにちは」。声を掛けたが、返事がない。客もいない。
節電のためか、天井の電灯は半分消されている。
昼過ぎだったので、もう食事の営業は終わってしまったのだろうか。
日本海を見ながら、ワカメどっさりの「能登ラーメン」を堪能
少し奧に入ってみる。もう一度、声を掛けて返事がなかったら帰ろうと思っていたら、「はい、はい」とエプロン姿の女性が出てきた。畳の間でテレビを見ながら、遅い昼食を取っていたらしい。
店主の岡本澄子さん(81)だった。
「ここがいいね」と勧めてくれたのはカウンター席だ。駐車場越しに日本海が見晴らせる。
「水平線を見ていると、地球が丸いと感じられますよ」と教えてくれた。
たまたま入った店ではあったが、テレビでは何度も取り上げられているらしく、カウンターには芸能人の色紙がたくさん飾ってあった。経緯は後で聞くことにして、まずは空腹を満たそう。
入口に「名物 能登ラーメン」と書いてあったので、迷わずに頼む。どんな料理かは、出てきてのお楽しみだ。
しばらくして出てきたラーメンは、麺が見えなくなるほどワカメがどっさり載せられていて、イカのゲソなどがポン、ポンと入っていた。
湯気から潮の香りがする。
宮崎美子さんのコメントは「やさしいラーメン、やさしいお店!」
コリコリと歯ごたえのいいワカメ。下ゆでをしたイカは旨味が凝縮されていた。あっさりとした醤油スープとの相性が抜群で、全体をまろやかに包み込む。箸が止まらなくなり、柔らかめの麺がどんどん胃に吸い込まれた。「いけない」と思いながらも、スープまで飲み干してしまう。後味がいい。しかも、もたれない。
岡本さんは「私はあっさりした味が好きなので、醤油スープにしているんですよ。具はその時によってイカの身だったり、足だったり。タコの時もあります」と説明する。
カウンターの色紙には、女優でタレントの宮崎美子さんが書いたものもあった。2022年、中部地方の民放8局が放映した『秘境の迷店ラーメン』という番組のロケで来て、「『ここは秘境かねえ。秘境じゃないよね』と言いながら食べたんですよ」と岡本さんは楽しそうに振り返る。色紙には宮崎さんが「やさしいラーメン、やさしいお店!」とコメントを添えていて、まさにその通りのやさしい味だった。
店にテレビが来るようになったきっかけは、本への掲載だ。
2019年1月、ライターの橋本倫史さんが『ドライブイン探訪』(筑摩書房)を出版し、岡本さんを個性あるドライブイン店主の一人として取り上げた。橋本さんは同年4月、TBSテレビの『マツコの知らない世界』に出演し、岡本さんの店を紹介した。
放映直後のゴールデンウィークには、ラーメンを頼む客が殺到し、材料の在庫が尽きてしまったほどだった。
その後、次々とテレビに出た。
テレビを見た人が遠方から来て「やさしい味」のファンになる。能登ラーメンだけでなく、海鮮丼も人気だ。
外国からも来客がある。「ネットで情報が流れているのでしょうか。ブルガリアから来た人に『有名ですよ』と言われたこともあります」。岡本さんは信じられないという表情で首を傾げる。
能登半島地震で「店を閉めようか」と迷った岡本さん
私が店を訪れた時も、ドイツから来た一家が立ち寄った。52歳と53歳の夫妻、そして22歳の息子と17歳の娘。東京、松本(長野県)、高山(岐阜県)、金沢(石川県)と観光し、巌門に足を延ばしたのだと話していた。
それほど人気があるにもかかわらず、岡本さんは能登半島地震の後、店を閉めようかと迷った。
あの日、2024年1月1日の午後4時6分、岡本さんは自宅を兼ねる店舗でテレビを見ていた。
突然、大きな揺れが起きた。テレビは震源が珠洲市で、最大震度は5強だったと速報した。
「『元日から地震だなんて……』と思ったか、思わないかの時でした」。午後4時10分、4分前とは比較にならないほど激しく長い揺れに襲われた。
志賀町で計測された震度は7。
「あまりの出来事に、どんな揺れだったかさえ覚えていません。ガラスのガチャンという音、家がきしんでバリバリいう音。2階が落ちてきて潰されてしまう、と覚悟を決めました」
自宅兼店舗は倒壊しないで済んだ。だが、敷地が海側にズレるようにして傾いたせいか、建物も海側へ傾いた。
同居している消防士の息子は正月から出勤していたので、そのまま家に帰らず現場対応に追われた。岡本さんは一人で避難所に指定されている旧小学校へ向かった。
大災害ではあったが、「1月1日に起きたので被害が少なくて済んだ」と、岡本さんは胸を撫で下ろす。志賀町に押し寄せた津波は波高が5mにも及んだからだ。
店は例年11月から3月半ばまで閉めて、冬場のなぎの日には岩ノリ漁に出る。「多い日には50人ほどが岩場で獲ります。激しい揺れで転落したり、直後に来襲した津波に呑まれたりしたら、大惨事になるところでした。元日で漁が休みだったから、救われました」と話す。
「そんなことを言わないで」「開ければ何とかなる」全国から届いた激励
旧小学校への避難は2週間ほど続けた。自宅兼店舗と往復しながら片づけをしたが、除雪されない坂道を車で行き来するのは怖かった。
自宅兼店舗は半壊と判定され、「もう店は閉めよう」と考えることもあった。
しかし、「そんなことを言わないで」「開ければ何とかなる」という激励が全国から届いた。突き動かされるようにして被災から3カ月後の4月3日、店を開けた。
だが、以前のようには客が来ない。
巌門をはじめとした能登金剛の海岸を見に来る人は激減した。
それだけではない。30kmほど北上した輪島市門前には全国的に有名な總持(そうじ)寺祖院がある。門前地区も震度7の激震に見舞われ、被災状況は志賀町より深刻だ。さらにその先の輪島市中心部は、街が壊滅したに近い状態で、朝市が開かれていた商店街の一帯は火災で丸焼けになった。CMで全国に知られた白米千枚田など、珠洲市に続く海岸道路は絶景に次ぐ絶景だが、山の崩落が相次いで寸断されている。
「輪島を訪れたお客さんが『あまりに気の毒で見ていられなかった。行かなければよかった』と話していました」と、岡本さんは肩を落とす。
奥能登観光の道すがら立ち寄る人は極めて少なく、私が訪れた日も節電のために電灯を半分消していたほどだった。
「せめて維持費が出れば、店を続けられるのですが」と岡本さんは漏らす。
「話が面白くて店に来る人もいる」前田夫妻のトーク
全国から訪れるファンの中には「店で売っている物産を持ち帰って販売しましょうか」と言ってくれる人もいる。
志賀町の増穂浦は「日本三大小貝名所」の一つとされ、冬には桜貝など様々な貝が打ち上げられる。「三十六歌仙貝」と呼ばれて細工などに使われ、岡本さんの店でも貝合わせのセットや桜貝の瓶詰め、アクセサリーなどを販売している。これらをボランティアで売ってくれるというのだ。
店は3人で営業している。この日は岡本さんしかいなかったが、普段は前田隆さん(81)と一子さん(77)の夫妻が手伝っている。あまりに客が来ないので夫妻は早めに帰っていた。
店での担当は、岡本さんが主に厨房、前田さん夫妻は接客だ。岡本さんが「前田夫妻の話が面白くて店に来る人もいる」と話していたので、後日改めて通りすがりに寄った。
夫妻のトークは聞いていた以上に幅広くて奥深い。隆さんはタンカーに乗務していたので、全国の海を知っている。他にも農業、漁業、能登空港の利用の方向性まで、話題はなんでもござれだ。
その日、店にいた松嶋賀澄(かすみ)さん(50)は「前田さんはどんな話にも対応できる天才なんです」と話していた。
やさしい人とやさしい味に癒される店
松嶋さんは町内在住で、本業は保険会社の営業だ。悩みがあると岡本さんの店に立ち寄り、手伝いまでするようになった。
保険の仕事は厳しい。能登半島地震の被害調査に県内外を走り回り、人々の苦しみや悲しみを一身に受け止めている。「昔は悩んだら図書館に行けば解決すると言われ、私は図書館に入り浸りでした。ただ、解決しない問題もあります。そんな時にこの店に来ると気持ちが楽になるのです」と語る。
隆さんは「営業から離れて、関係ない話をざっくばらんにできるから、息抜きになるんだな」と解説していたが、確かにこの店では座っているだけで気持ちが和らぎ、会話に引き込まれて時が経つのを忘れてしまう。不思議だ。
宮崎美子さんが色紙に「やさしいお店」と書いたのは、そういう意味だったのだろうか。
前田さん夫妻は接客だけでなく、店の味にも寄与している。新鮮でコリコリしたワカメは漁に出る隆さんが調達している。物産販売コーナーに並べておくと、すぐに売れてしまうそうだ。米は親類のこだわりの農家から買っており、「東京から来たお客さんが、あまりに美味しいのでお代わりしたほどでした」と隆さんは話す。
「ずーっと以前なんですが、北野武さん、松田聖子さんなども来たことがあるんですよ。色紙はいっぱい貼ってあったのですが、前回の能登半島地震(2007年3月25日発生、最大震度6強)で落ちて、仕舞ってあります」と一子さんが教えてくれた。
やさしい人とやさしい味に癒される岡本さんの店。
81歳が2人、77歳が1人という超高齢の店だが、地震に負けず、いつまでも元気でいてほしい。
名残惜しいが店を出た。
次は能登金剛で随一の名所・巌門だ。
撮影=葉上太郎
〈 「復興応援割より、安全に観光できるよう直してほしい」「貯えを取り崩しながら耐えています」能登半島地震で追い詰められた観光業者のリアル 〉へ続く
(葉上 太郎)
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