〈元V6森田剛が天才アナウンサーを熱演〉報道は常に“真実”なのか?『劇場版 アナウンサーたちの戦争』が現代に問いかける“不都合な事実の隠ぺい”
文春オンライン / 2024年8月12日 6時10分
![〈元V6森田剛が天才アナウンサーを熱演〉報道は常に“真実”なのか?『劇場版 アナウンサーたちの戦争』が現代に問いかける“不都合な事実の隠ぺい”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72842_0-small.jpg)
©2023NHK
昨年放送されて話題になったNHKのドラマ『アナウンサーたちの戦争』が劇場映画として終戦記念日の翌日から公開される。かつてNHKが国策放送に協力し、戦争に加担した事実を自らドラマ化。過去への反省を込め、現在への警鐘を鋭く鳴らした本作を、NHK出身のジャーナリスト・相澤冬樹がレビュー。
◆◆◆
不世出の天才アナウンサーを事実に基づき描く
男の人ってまったく、かっこつけたようなこと言っちゃってさ。「私には自負がある。ほかの誰とも違う」なんて、結局は周りに流されてるんじゃないの。……でもね、それで苦しんできたことは、よくわかっていますからね。
この映画は元々『NHKスペシャル』で去年放送されたドラマだ。冒頭で「事実に基づく物語」と銘打っている。戦時中の日本放送協会(NHK)で国策放送に協力したアナウンサーたちの話を映画化した。当事者だったNHKならではの作品だろう。
「自分の言葉で民衆を熱狂させる」
「プロパガンダが戦況を左右する」
当時のアナウンサーたちにとって戦争がすべての前提だ。戦いに勝つため放送も寄与するのはごく当然のこと。電波戦だ、謀略放送だと勇ましい言葉が躍るが、彼らはその先に何があるかをまだ知らない。後世から振り返る私たちは戦争がもたらす結果を知っているから、観た後にざらついた感じが残る。制作陣はおそらくその“ざらつき”を承知の上で、ごく普通の人間が戦争に加担する姿をあるがままに描いている。
主人公のアナウンサー、和田信賢は戦前の昭和9(1934)年、NHKに入った実在の人物だ。ニュースや朗読など多方面で早くから頭角を現し、大相撲・双葉山が69連勝後ついに敗れた勝負を名調子で実況。「不世出の天才」と評された。
そんな人気者の和田だが、地道な鍛錬を欠かさないシーンがある。電車に乗りながら外の景色を見て独り言のように実況中継をする場面だ。これは実際にあったエピソードだろう。私はNHKの新人記者時代、先輩アナウンサーが大相撲のテレビ中継を観ながら取り組みの実況を練習していた姿を印象深く覚えている。
国家が求める“英霊”の姿を代弁
アナウンサーは用意された原稿を読むだけが仕事ではない。現場で熱心に取材している。中には私の初任地の上司のように、アナウンサーを務めてから記者に転じて社会部で活躍し、地方局のデスクとして若手記者を育成した後、元の職場に戻り東京でアナウンス室長を務めた人物もいる。スポーツ実況にしろ災害報道にしろ現場を知らずに話せるわけがない。和田はそれを「虫眼鏡で調べて、望遠鏡でしゃべる」と表現する。
それが具体的に描かれるのは、日中戦争の戦死者を靖国神社に祀る招魂祭でのこと。和田は実況を任される。『海行かば』の荘厳な演奏に続き、中継の第一声、「母さん、元気かい」で始まる言葉に聴衆は息を吞む。戦死した農家の息子が母親に語りかけるが如く、「俺がいないんで刈り取りも思うようにいかないだろう」と続けると、ラジオの前で息子の遺影を抱く母親が涙ぐむ。和田はこの日のため遺族のもとを訪ね歩き想いを聴き取っていた。彼が語る言葉そのままに。ところが、その後にこう続ける。
「だけど母さん、嘆いてはいけないよ。俺は護国の英霊となって永遠にお国のために生きているのだから」
国家が求める“英霊”のあるべき姿を代弁しているのだ。型破りな実況を行いながら、和田もまた国家のくびきから自由ではいられない。その和田を演じるのは元V6の森田剛。NHKの大河ドラマをはじめ数多くのドラマや映画で実績がある。
「何を伝えるべきか」から目をそらしていた
昭和16(1941)年12月8日、日米開戦の日。当直についていた和田は、大本営から発表された開戦の知らせを電話で受ける。「国家開闢以来のニュースだ。もっと勢いが欲しい」と、ニュースの背後で勇ましく『軍艦行進曲』を流す。その後も大本営発表はラジオを通して全国津々浦々に流された。しかし戦況が悪化するにつれ、都合の悪い事実を隠し戦果を誇大に伝えるようになる。その一翼を担う和田に、後輩アナウンサーで後に妻となる実枝子が告げる。
「私、和田さんの声を聴くのが好きでした。でも変わりましたね」
和田が「こんな時だからこその声の出し方があるはずなんだがなあ」と返すと、実枝子はピシャリと「あなたはアナウンスメントのことしか頭にないんですね」
どう伝えるかは天才肌でも、何を伝えるべきかから目をそらしているのでは。男性アナウンサーたちが大勢に順応していく中、実枝子は冷静な視線を失っていない。だからこそ彼女が劇中のナレーションを務めているのだろう。実枝子役は連続テレビ小説『あまちゃん』で注目を集めた橋本愛。紫の着物姿で職場に通い「紫の君」と称された実枝子が「この国はどうなっていくのでしょうか」とつぶやく横顔の優美さが印象に残る。
先輩アナウンサーが和田に語りかけるシーンがある。
「さしもの和田信賢も時代に流されたか。お前はお前だ。吞み込まれるな」
実際には天才・和田も時代の趨勢に呑み込まれてしまう。昭和18(1943)年、戦況が悪化する中での出陣学徒壮行会。和田は出陣が決まった学徒たちから「死にたくない」という本音を聞き出すが、中継でそのままには伝えられない。矛盾に葛藤したあげく直前に実況を放り出し、雨の中で慟哭する。
決して過去だけの物語ではない
戦争に加担した過去は明かしたくない、できれば隠しておきたいだろう。でも、あったことをなかったことにはできないと、勇気をもって記録に残した人々がいた。だからこの作品が生まれた。そしてこれは決して過去だけの物語ではない。
国有地値引きを巡り公文書を改ざんした「森友事件」は、現代でもまかり通る“不都合な事実の隠蔽”そのものだ。世の不条理を今の報道はきちんと伝えているか。扇動的な“大本営発表”になってはいないか。この作品は私たちに鋭く問いを突き付けていることに気付く。それこそ制作陣の狙いではないか。演出の一木正恵ディレクターはドラマ部出身で連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』『おかえりモネ』などを担当した。
映画は、和田が何度も伝えてきた“大本営発表”に思いもかけぬ形でしっぺ返しを喰らうシーンで終わる。その瞬間の凍り付いた表情は哀感迫る。最後まで、今の世への厳しい警告だと受け止めた。
『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
報道は“真実”ではなかった――。太平洋戦争では、日本軍の戦いをもう一つの戦いが支えていた。ラジオ放送による「電波戦」。ナチスのプロパガンダ戦に倣い「声の力」で戦意高揚・国威発揚を図り、偽情報で敵を混乱させた。そしてそれを行ったのは日本放送協会とそのアナウンサーたち。戦時中の彼らの活動を、事実を基に映像化して放送と戦争の知られざる関わりを描く。
演出:一木正恵/脚本:倉光泰子/出演:森田剛、橋本愛、高良健吾、安田顕/2023年/113分/テレビ版制作著作:NHK/製作協力:NHK エンタープライズ/製作・配給:NAKACHIKA PICTURES/©2023NHK/8月16日(金)全国公開
(相澤 冬樹)
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