「この映画はサプライズプレゼントでした」映画『スラムダンク』が事前情報を明かさずに公開した井上雄彦監督の“強い思い”
文春オンライン / 2024年8月21日 6時0分
〈 《中国の興収130億円超》「韓国も台湾もファンの熱量がすごい」世界が見た映画『スラムダンク』の魅力 〉から続く
382館という前代未聞の規模で復活上映を行なっている映画『THE FIRST SLAM DUNK』。8月13日の公開を前に、制作スタッフが事前情報をほとんど明かさなかった理由を語った。(全3回の3回目/ #1 、 #2 を読む)
◆◆◆
それが“最良のプレゼントの渡し方”だという思い
――本作は公開前、ストーリーについての事前情報がほとんど明かされず、関係者向け試写会も一切行われませんでした。それは何故だったのでしょうか?
小池 極めてシンプルな理由からでした。まずひとつには、井上監督の思いがありました。昨年8月15日の終映に際してのトークイベント(「COURT SIDE in THEATER FINAL」)で監督自身も話されていましたが、映画を楽しみに待ってくれている人の楽しみを奪ってしまうことになるからです。プレゼントの中身を「これです」と言いながら渡す人はいないし、中身を知った時の喜びを大切にしてもらうのならば、ちゃんと包装して、しっかり渡したい、といった「思い」からでした。
事前情報ナシで公開に踏み切った事に対して、すごく高度な戦略のような評価の声もありましたが、決して「方式」でも「戦法」でも何でもなく、それが最良のプレゼントの渡し方だとスタッフ全員が理解し、一番喜んでもらえると思っただけでした。そこに、例えば、「焦らそうとしている」と思われるとか、少しでもマーケティング的というか戦略っぽい気持ちが入ったら、おそらく全く違う届き方になってしまうはずだ、という危惧さえ感じていました。
だから、ただただ何も言いたくなかった(苦笑)。究極、本音としては『スラムダンクの映画である』ということ以外、何一つ言わないまま、突然公開したかったくらいでした。
情報が漏れなかったのは「喜んでもらえる顔が見たい」から
――一方で、TVアニメ版当時(1993〜96年)から一新された主要キャストが発表されたとき、「ムビチケ発売後に発表したのは、キャスト発表前にチケットを買わせる作戦だったのか?」という誤解が生まれ、一時、SNSで炎上気味な騒ぎになりましたが。
小池 はい。そう思うかたがいらっしゃるのも理解できますし、『スラムダンク』のファンだからこその声だったと受け止めています。もちろん全くそんな気は無かったですし、配慮が足りなかった部分もあると思います。「ちゃんと包装して渡したい」と先ほど言いましたが、公開までの道のり(宣伝)の中で、どのようにこの作品を受け取ってもらうかを考えながらの情報公開でした。
――しかし、今思うと、よく公開まで情報が漏れませんでしたね。
小池 そうですね。個人的には、制作期間のなかで、制作チームのみんなと監督と会話を重ねた結果だと思っています。人って、「これ秘密だよ。絶対に言っちゃだめだよ」とかいうものって、結局どうしても誰かに言いたくなるじゃないですか(笑)。でも「こうやって届けたいね」「こんなふうに喜んでもらえる顔が見たいね」とわくわくして準備をしていると、逆に絶対に言いたくなくなる。だから一切の漏洩が無かったんじゃないでしょうか。エンディング主題歌「第ゼロ感」と音楽を手掛けた10-FEETのTAKUMAさんも、「チームが本当に楽しみにしているのが伝わってきたからこそ、絶対誰にも言えなかった。親にも言えなかった」とYouTubeで語っていましたから。
――チームの結束力の強さが伝わってくるエピソードですね。
小池 そこは監督の凄みだと思います。言葉の強さと、純粋さと、圧倒的なクリエイティビティと。それこそバスケのようなチームのキャプテンとしての存在感をとっても、見事なまでに“監督”だったと思います。
“The Birthday”と“10-FEET”、アーティストの芯の強さ
――先ほどTAKUMAさんのお名前も上がりましたが、小池さんのクレジットは「音楽プロデューサー」ですので、音楽に関するエピソードもぜひ伺いたいのですが。
小池 「この作品の最初の感動は、湘北のメンバーが動いていること。そこを大切にしたい」と監督が話していたことをよく思い出すのですが、The Birthdayのオープニング主題歌「LOVE ROCKETS」が流れる、あのオープニング映像は、まさに監督の言葉そのものでした。
普通に考えたら、あのシーンをYouTubeにでも上げれば、めちゃくちゃ強い宣伝になりそうなのですが、オープニング主題歌が流れている大切なカットを出せるわけがない。ですので、今でもそういう使い方はしていません。
でも、The Birthdayチームのみなさんも、そこをすごく理解してくださいました。タイアップとして音楽が使われて認知が広がって、みたいなキャリアの積み方をしていなかった、彼ら本来のアーティストとしてのスタンスも大きかったと思います。
自分は音楽業界からの転職組だから殊更に思うのですが、主題歌を映画の宣伝にどんどん使って欲しいと思うのが普通の考え方なのに、こんな風に作品を理解して頂けたのはとてもありがたかったです。
これは10-FEETについても同じです。結成から25年もの歳月で、ライブを重ねながらお客さんとの信頼関係を築き、彼らが開催している「京都大作戦」という音楽フェスでは“鞍馬ノ間”というバスケに特化したステージを設け、本作以前からバスケとの関係性も築いてきた。The Birthdayにも10-FEETも、あらかじめタイアップや映画の主題歌といった要素に左右されない芯の強さを備えていた。だからこそ、この作品と通じるものがあったのではないでしょうか。
“The Birthday”チバユウスケの「おもしれえじゃん」
――The Birthdayのヴォーカル、チバユウスケさんは、惜しくも2023年11月にこの世を去ってしまいました。今、思い出されるやり取りはありますか?
小池 監督と一緒に、最初に主題歌のオファーを持ってThe Birthdayのみなさんにお会いしたときですね。メンバーのみなさんの前で、監督がシーンの説明を一通りして、幾つかの会話を重ねた辺りで、チバさんが、「おもしれえじゃん」と返されたんですよ。
その後、チバさんが2022年に上梓した単行本(『EVE OF DESTRUCTION』)を読むと、〈「カッコいいな」、「おもしろいな」っていうのが俺にとっての“ロック”なんだ。〉といった記述があった。それを読んだとき、あくまで僕個人の思いですが、「おもしろい」と思ってもらえてよかった、この作品の音楽はロックでよかったと、心から思いました。
今から観るかたが本当に羨ましくて仕方がありません
――最後に、この記事を読んで、これから初めて劇場で『THE FIRST SLAM DUNK』の観客になる読者のかたに向けて、改めて一言いただけますか。
小池 本作では公開以前はもとより、現時点においても、物語の内容に言及する取材を一切受けていません。それは先ほどお話しした通り、これから観客になるかたにとっては、まだ箱を開けていないプレゼントだからです。公開して半年が経った頃、よくチームのみんなと、「この映画をこれから観る人が羨ましいね」と話し合っていました。それは決して不遜な意味ではなくて。
――過去、何度かアーティストのインタビューで「これから初めてビートルズを聴くリスナーが羨ましい」といった発言を聞いたことがあります。
小池 まさにそれに近い気持ちです。僕らはあまりに途中経過を観過ぎたので、もうそこには戻れない。以前、監督がインタビューで語っていたんですが、ファンのかたから「原作の『スラムダンク』を読んだ記憶を一旦消してもう一度最初から読みたい」と言われたことが何度もあったと。無論、そんなことは不可能ですよね。
でも、この『THE FIRST SLAM DUNK』なら、そんなかたがたにとっても初めての『スラムダンク』になるし、まだ原作を読んだことのないかたがたにとっては、正真正銘、初めての『スラムダンク』になる。監督がこの作品に『THE FIRST SLAM DUNK』と名付けたように、みんなにとっての「初めて」の『スラムダンク』として楽しんでいただけたらうれしいです。だから、僕からのレコメンデーションとしては、「今から観るかたが本当に羨ましくて仕方がありません」という言葉に代えさせてください。きっと楽しんでもらえるはずです。
そして、理想としては、今後もサーカスのように定期的または不定期的に劇場に現れて、みなさんに遊びに来ていただけたらうれしいですね。そのためにも、まだまだ上映が続けられるよう、努力を続けていきたいと思います。
(内田 正樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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