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ほとんど台詞はなく、ドラマティックな出来事も起きない。それでも…映画『石がある』が海外で激賞されている“ニッポン人が知らない理由”

文春オンライン / 2024年9月5日 17時0分

ほとんど台詞はなく、ドラマティックな出来事も起きない。それでも…映画『石がある』が海外で激賞されている“ニッポン人が知らない理由”

『石がある』ポスター

『石がある』という素朴なタイトルのこの映画がもたらす驚きは、表現するのが難しい。川辺で出会った男女が水切り(石を投げて川面で跳ねさせる遊び)や石積みなどで遊びながら歩いていく。ほとんど台詞はなく、目立ってドラマティックな出来事は起こらない。といって退屈でも難解でもなく、思わずくすくす笑ってしまうユーモアと、時にはサスペンス映画のような緊張感もある。観終わった後に、「こんな映画は観たことがなかった」という思いが頭の中で反響した。

 作品HPによると、日本での公開前に世界10以上の国際映画祭から招待され、韓国の第24回全州国際映画祭ではインターナショナル・コンペティション部門でグランプリを受賞。仏映画誌『カイエ・デュ・シネマ』では日本映画として異例のレビュー枠を獲得したほか、韓国の映画誌『FILO』では20ページ以上の特集が掲載された。

「とても美しく、とても感動的でした。これほどシンプルに奥行きを表現するのは、非常に難しいことだと思います」(『aftersun/アフターサン』撮影/グレゴリー・オーク)

 まさにこの秋注目の『石がある』について、主演の小川あんさんに聞いた。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

『石がある』

旅行会社の仕事で郊外の町を訪れた主人公(小川あん)は、川辺で水切りをしている男(加納土)と出会う。相手との距離を慎重に測っていたが、いつしか2人は上流へ向かって歩きだしていた――。

監督・脚本:太田達成/出演:小川あん、加納土/日本/2022/104分/製作・配給:inasato/©inasato/2024年9月6日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

◆◆◆

――小川さん自身は『石がある』をどんな映画と思っていますか?

小川 最高傑作だと思っています(笑)。私は映画が大好きで、たくさんの作品を観てきましたが、『石がある』はこれまで観たどの映画とも違っています。

――確かにそうですね。出演者というより、シネフィルとして知られ、雑誌で映画評連載をもっている小川さんとしての言葉と感じました。

小川 今までにない、この映画で初めて味わう感覚があるんです。物語はすごくシンプルで、女性が川沿いで男性に会って、ひょんなことからいっしょに遊ぶ。そういう単調な物語ではあるんですけれど、観客の皆さんがひとつひとつのシーンをどう受け取るかでいろんな姿に変容する映画だと思います。

 多くの映画はメッセージ性を持っていて、「このシーンはこういう意図です」と答えを観客に求める、考えさせるわけですけれど、『石がある』はスクリーンに映されているものと観客がダイレクトに対峙して、そこに余白の壁がない。自然と一緒で無限大の豊かさがある映画だと思います。

誰もが見落としてしまっていたことを映画にした

――加納土(かのう・つち)さん演じる男性が、小川さん演じる主人公に近づいてきて、いっしょに石や砂や木の枝で遊びをする目的や意味は明示されません。最初戸惑っている彼女の行動も、流されているようでもあるし自ら選んでいるようでもある。変わっていく2人の微妙な距離感をどう感じるか、観る者に委ねられています。

小川 単純に答えの出ない人間同士の関係を緻密に描くという、誰もが見落としてしまっていたことを『石がある』はすくいあげています。いまの映画づくりはどんどんテクノロジーが進んでいて、みんながそこで新しい表現を生み出そうとしていますが、物語の突飛さや最新技術とは関係なく、シンプルで、描かれるべき映画があることを世界に知らしめたと思っています。

 海外の映画祭でこの映画を観た映画関係者、一般の方からいろんな感想をいただきました。ものすごく豊かな時間だった、身近で小さな発見がこの映画にはたくさんあったとおっしゃる方が多かったですね。

――小川さんがこの映画に参加された経緯はどのようなものでしょうか。

小川 この映画のお話をいただいたときに、私は俳優を辞めていたんです。その時に、以前現場でご一緒した太田監督にメールをいただいて、小川さんにぜひ出演してほしい作品がある、一度お会いしたいと言われたんです。私は俳優を辞めていることをお伝えして、でも太田さんに久しぶりにお会いしたかったので、喫茶店でお話をうかがったんです。

 そこで「川を歩いて石を探すだけの映画なんですけど」とおっしゃって、主人公に私をあてがきしてくださったと。私は俳優を辞めていて、時間が止まったように何も進んでいなかったときだったんですが、太田監督のお話を聞いていて、この物語の速度だったら歩き出せる気がすると思いました。映画では、私の演じる人物が、戸惑いながら一歩を踏み出す様子が描かれていますが、私の中では自分が俳優業に復帰することに重ね合わせて、ドキュメンタリーであるような意識もありました。

ひとつひとつ悩みながら作り上げた

――俳優を一時休業されていたことは後ほど伺わせていただきたいと思いますが、撮影はどんな様子で進みましたか。

小川 少人数で10日間泊まり込んでの撮影でした。台詞があったり2人の関係が動くシーンはシナリオに書かれていましたが、川での遊びは現場で見つけたもので考えて、遊んでいるところをそのまま撮っています。映画に使われたよりもずっと長く遊んでいました(笑)。

――遊びのシーンはドキュメンタルな感じで、その場で偶々起こったことがそのまま捉えられていますね。映画の中ではあまり詳しく語られませんが、小川さんの演じた役柄はどのような人なのでしょうか。

小川 旅行会社につとめていて、ツアーの企画を出すつもりで地方の観光地に行ったという設定です。普段の俳優としての役づくりだともっと細かく詰めるんですけど、今回はほとんどそれ以上の役づくりはしませんでした。彼女のバックグラウンドは明確にしない方がいいだろうと思ったんです。

――彼女は男性の言動に不審を感じたこともあってか、幾度か男性から離れようとしますが、結局いっしょに川辺を歩いていきます。

小川 それまで彼女は、選択ということを性格的にあまりしたことがなかったのではないかと思います。突然生まれた2人きりの空間を、このまま続けていくのか、この人を切り離して帰るのか、揺れている。普段の人間関係でもそういうことはありますよね。近づいたり遠ざかったり、距離を置きながらいっしょに進むという複雑で繊細な人間関係。

 たとえば砂地を上るところで男性が手を貸そうとすると、さりげなくその手は取らずに自分で行ったり、小石を投げて石にあてて点数をつける遊びで同時に点数を叫んだりすることで、距離が近づいていったりする。

――そういう細やかな描写に目を止めると、とても豊かな時間を感じることができますね。

小川 現場ではものすごくいろいろなことを話しました。石をつかむ、転がす、川を歩くということにどんな意味があるのか。社会と人間の関係、孤独であること。この映画で描かれていることは、非生産的とも言えるし、無目的とも言えますが、それを描くことにどんな意味が生まれるのか。

 太田監督はすごく悩みながらこの映画をつくっていました。私たちに悩んでいる時間を共有してくれましたが、数時間悩んでいたので、監督待ちも多くありました(笑)。みんなでお昼寝して待っていたりしました。一見、シンプルなのでさらりとつくっているように感じられるかもしれませんが、本当にひとつひとつ悩みながらつくった映画なんです。

撮影 橋本篤/文藝春秋

〈 「パートナーはホタテ漁師、私はセブン-イレブンで働いていました」主演作公開相次ぐ女優・小川あん(26)が俳優復帰を決めた“名優の自伝” 〉へ続く

(小川 あん/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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