「彼の作品だけムチャクチャカッコよかった。他の映画と違った」犬童一心監督が今も忘れられない、“あの名監督の大学時代”
文春オンライン / 2024年9月1日 11時0分
犬童一心監督 撮影 藍河兼一
いま日本映画界を第一線で支える映画監督たちには、8ミリ映画を自主制作し、才能を見出され、商業映画にデビューした者たちが少なくない。
そんな日本映画界の「青春時代」を、自身も自主映画出身監督である小中和哉氏が聞き手として振り返るインタビューシリーズの第4弾は、『ジョゼと虎と魚たち』『のぼうの城』『名付けようのない踊り』などで知られる犬童一心監督。(全4回の1回目/ 続きを読む 、 #3 、 #4 を読む)。
◆◆◆
犬童一心監督は、学生の頃、手塚眞さんたちの上映会などでよくお会いしていた自主映画の先輩。犬童さんが声をかけてくれて、一緒にテレビドラマの仕事をしたこともある。自主映画時代のこと、CMの仕事から商業映画のことまで、いつものフランクな犬童さんの話しぶりで語っていただいた。
いぬどう・いっしん 1960年生まれ。高校時代より映画製作を行い、『気分を変えて?』がぴあフィルムフエスティバル入選。大学時代、池袋文芸坐と提携して16ミリ作品『赤すいか黄すいか』、8ミリ作品『夏がいっぱい物語』を発表。 大学卒業後CM演出家として数々の広告賞を受賞。98年に市川準監督の『大阪物語』の脚本執筆を手がけ、本格的に映画界へ進出。1999年に『金髪の草原』で商業映画監督デビュー。主な作品に『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『黄泉がえり』『ゼロの焦点』『のぼうの城』『グーグーだって猫である』など。
10回は見た『ダーティハリー』で学んだこと
――犬童さんは映画を作り始める前、どんな映画ファンでしたか?
犬童 僕は小学生の頃野球少年で、学校が終わった後に練習があるんです。ない日だと、3時に帰ってテレビをつけると、ほとんどが奥さま番組なんです。でもテレビ東京は昔の洋画を毎日やってたの。他が面白くないからそれを見るというのが始まりで。そうしてテレビで映画を見ているうちに、野球よりずっとそっちのほうが面白くなった。昔って夜9時から洋画劇場がやってたじゃない。
――毎日やってましたね。
犬童 日曜日は邦画もやってて。小学生の時にテレビで相当映画マニアになってた。でも、映画館にはほとんど行ってないんですよ。中学になって、ちょうど『ぴあ』が出始めたんです。
――創刊したんですよね。
犬童 『ぴあ』には1カ月の東京の映画館のスケジュールが全部出てたんです。それで、学校の帰りに親に隠れて、『ぴあ』を片手にひたすら映画を見に行くんです。
『ぴあ』がいいのは、好きな映画をまた見に行けること。同じ映画を繰り返し見るというのが、とても良かった。映画が物語で終わらない。物語で楽しんだ後に、ものすごく細部を見るというか。それが、映画を作るほうに近づくのにすごく影響していると思うんですよね。僕、『ダーティハリー』をたぶん中高で10回ぐらい見てますよ。
――分析的に見るようになるんですね。
犬童 分析はそんなにしてないですよ。キャラクターに会いたいんだと思うんです。『ダーティハリー』だったらハリー・キャラハンにも会いたいけど、犯人のサソリにも会いたいんです。それで繰り返して見ていくうちに、他のディテールも見るようになって。ある時に、カット割りがはっきり分かってくるんですね。そうすると、何を基準にしてカットを分けているのか疑問になるんです。撮る人によってみんな違うし。
例えば人の顔を撮る時に、『第三の男』だったら、ワイドレンズで下から撮ったり、セルジオ・レオーネだったら、ずっとアップを見せるとか。その基準が分からないんですよ。何をもってこの人はそれを決められるのかと。それはいまだに疑問はいっぱいあるんですけどね。僕はカットを割る時は、できるだけ言語化して割るようにしています。
――一応理屈があるんですね。
犬童 理屈というか、言語化しないとカット割りがしづらいんです。小学生から中学生にかけてはそれが疑問で、中学の時に「ああ、そうか」と思ったのが、『ダーティハリー』です。覚えてます? あの映画。
――何となく。
かっこいい映画を撮る監督とそうでない監督がいる
犬童 最初、サソリが高いビルから低いビルのプールにいる女性をスコープ付きのライフルで狙っているところから始まるんですよ。女性がプールに飛び込む、それをスコープから見てるっていう。それをカットバックしてるんですね。そうすると、1発だけサイレンサーの銃声がして、女性に弾が当たって沈んでいく。それでシーンが切り替わると、低いほうのビルの屋上に、サングラスをしたクリント・イーストウッドが入ってくるんですよね。そうすると、ラロ・シフリンの曲が始まるんですけど、中学生の僕はまずそれにやられているんです。ただただかっこいいから。
それで、イーストウッドが死体のところに行ってしゃがみ込んで、周りを見て横にある高いビルに気づくんですね。それでサソリがいたビルにたどり着くんです。そこでイーストウッドが何か落ちていないか歩いて探しているのを、向こうにサンフランシスコの街を見せながらパン(注1)していくんです。
何度目かに見ている時に、冒頭と同じ場所なのに、全然違う撮り方をしていると思ったんです。イーストウッドが来た場面で初めてサンフランシスコの街を広く見せているんです。それまでサンフランシスコの遠景は一回も入ってないんですよ。その時に、「ああ、そうなんだ」と思ったんです。要は、この刑事がこの大都会の中から犯人を捜す映画なんだって。だから、ハリー・キャラハンの場面でサンフランシスコの街を一緒に見せなきゃいけないと決めてるんだと。
――なるほど。
犬童 その頃、自分の中で駄目な監督というのがもういたんですよ。例が難しいんですけど。ジョン・フォードの映画を見ていると西部劇はかっこいいし、セルジオ・レオーネも見ているとかっこいいんだけど、ヘンリー・ハサウェイの西部劇だと、ジョン・ウェインが出ていてもなんかいまいちだな、みたいな。駄目な監督だと、冒頭でサンフランシスコの街からパンしてくると、ビルの上に変な男がいるって始めかねないなと思ったんです。だけど、『ダーティハリー』のドン・シーゲルは明確に撮り分けている。この撮り分け方が間違ってないんだと思ったんです。
それからさらに『ダーティハリー』を繰り返し見ているうちに、ドン・シーゲルという監督はひたすら決めてちゃんとやっているのがよく分かるようになった。その後で銃撃戦がいっぱいあるんだけど、それを見ても、こうじゃなきゃいけないと思って撮っている。それまでは感覚でやってるのかな、みたいに思っていたけど、カットを割るのって、作っている人の基準がはっきりあってやっていると思って見るようになったんです。
黒沢清監督の『SCHOOL DAYS』と出会う
犬童 高校になったら映画を撮ると決めていたので、参考に大学生の作る映画を見て歩いてたんです。『ぴあ』の自主上映欄を見て。高校だと文化祭でチャラけた映画とかやってるじゃないですか。高校の文化祭で8ミリをよく上映してるんですけど、大概くだらないんですよ。逆回転で撮って口から食べたものを延々と出すとかね。
――僕も同じようなことをやってました(笑)。
犬童 大学生の映画もほとんど幻滅するんです。その頃流行っていたのは刑事もので、サングラスしてモデルガンを撃ち合う映画とかね。僕が一番嫌だったのは、いい感じの映像を撮って荒井由実をかけてるやつ。そんなのばっかりで嫌になっていた時に、黒沢清さんの『SCHOOL DAYS』を見たんです。これ、その後の見直した時の上映会のパンフレットだけど。
――これ、貴重品ですね。
犬童 全然他の映画と違って黒沢さんの映画だけムチャクチャかっこいいんですよ。他はみんなプロの真似してるじゃないですか。でも黒沢さんは8ミリだからできる独自の映画を作っている感じがしたんです。一番違っていたのは、登場人物を突き放していること。大学生の映画って、みんななれ合いになってるんですよ。黒沢さんの映画も同級生が出てると思うんですけど、出てる人間を突き放して撮ってるんですよね。他人事みたいに。
――僕も学生時代に見たんですけど、物語を語るというよりは、解体した感じですかね。
犬童 そうそう。それが突き放してると感じた。僕はその頃まだゴダールとかを見てないから。結局は友達が出ているからなれ合いなんですけど、その出演者に対する距離感を作るというんですかね。ちゃんとした演技はしてないけど、してないのをこっち側からなれ合っていくのか、してないのを平然と撮っているのかって、すごく違っていると思うんです。
撮影 藍河兼一
注釈
1)パン カメラの位置は変えずに左右、もしくは上下に振る撮影技法。
<聞き手>こなか・かずや 1963年三重県生まれ。映画監督。小学生の頃から8ミリカメラを廻し始め、数多くの自主映画を撮る。成蹊高校映画研究部、立教大学SPPなどでの自主映画製作を経て、1986年『星空のむこうの国』で商業映画デビュー。1997年、『ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影』でウルトラシリーズ初監督。以降、監督・特技監督として映画・テレビシリーズ両方でウルトラシリーズに深く関わる。特撮、アニメーション、ドキュメンタリー、TVドラマ、劇映画で幅広く活動中。主な監督作品に、『四月怪談』(1988)、『なぞの転校生』(1998)、『ULTRAMAN』(2004)、『東京少女』(2008)、『VAMP』 (2019)、『SINGLE8』 (2022)、『劇場版シルバニアファミリー フレアからのおくりもの』(2023)など。
〈 キャンディーズの解散宣言になぜ当時の若者は熱狂したのか…犬童一心監督が辿り着いた答え《映画『気分を変えて?』誕生秘話》 〉へ続く
(小中 和哉/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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