父は突然死、母は半身不随で車いす生活、そして弟はダウン症…それでも明るく生きる岸田奈美(33)とは何者か?「不幸を探しているというより勝手に…」
文春オンライン / 2024年8月24日 6時10分
岸田奈美さん
NHKプレミアムドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」が人気だ。昨年BSで放送されるとドラマ好きの話題となり、ギャラクシー賞奨励賞やATP賞奨励賞を受賞。この7月からは地上波で放送されている。
原作は、作家・岸田奈美による同名エッセイ本である。家族と身の回りのことを書きつづった内容が、そのままドラマの素になってしまうとは、この書き手はいったい何者か?
本人の言葉で解き明かしてもらおう。(全2回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
家族がわりと特殊なことに、気づいてさえいなかった
「100文字で済むことを2000文字で伝える作家。一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう。」
とのキャッチフレーズをみずから掲げる岸田奈美さんは、神戸市の北区で生まれ育った。中学生時に父を突然死で亡くし、高校生のとき母が心臓病で倒れ、下半身不随で車椅子生活となる。弟が生まれつきダウン症だったこともあり、障害を持つ人が生きやすい世の中を目指そうと、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科へ進学した。
在学中からユニバーサルデザインを広めるスタートアップ企業に創業メンバーとして勤務。ブログサービス note に書いた家族についてのエッセイがバズったのをきっかけに、作家として独立。noteのフォロワー8万6千人超、Xのフォロワーは25万人弱という膨大な読者を獲得するに至っている。
2020年に最初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』を刊行以来、ことし6月の『国道沿いで、だいじょうぶ100回』に至るまで、5冊の書籍も立て続けに出ている。すべて過剰で、かつハイペースだ。
岸田さんが書きつづるのは、自分と家族の身に日々巻き起こる、トンチンカンなあれこれである。
たとえば、お金を持たない弟がコンビニから商品を持ち帰ってきて、すわ万引きかと母親が店へ飛んでいって頭を下げ続けた顛末を語る「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」。
岸田さんの周りでは続々とネタになりそうなことが起きるのか?
または、発熱して寝込んでいるタイミングを見計らったように、突如として自室の天井から漏水し、しかもそれがいくら調べても原因不明という「天井から今も雨が降り続いている人間の記録(漏水ビチョビチョ日記)」。
これらを「100文字で済むことを2000文字で伝える」スタイルで書きまくる。
なぜエッセイの格好のネタになりそうなことが、岸田さんの周りではかくも続々と起こるのか?
「思うに、私の身に降りかかる出来事の発生条件は、3つあります。まずは持って生まれた運の悪さが3分の1。そんなことある? っていうようなことが、私の周囲では平気で起こる。漏水の話だって、私はただ部屋に住んでいただけですよ……。
次の3分の1は怠惰と言いますか、常にドタバタしている性格が事件を招いていることは、自分でも気づいています。焦っているとき、人はヘンな選択をしがちじゃないですか。それでよけい深みにハマっていってしまう……。
あとの3分の1は、ビッグマウスかしゃべり過ぎによるもの。ぽろっと口にした『いらんひとこと』が、人をすごく怒らせたり喜ばせたりして、混乱を引き起こしてしまう……。
ということは、生まれ持った悪運はしかたないにしても、あと3分の2は自分のせいです。たいへんな目に遭うのもしょうがないのかもしれません」
「あ、みんなはこうじゃないのか?」
生活していくにはたいへんそうだが、作家・エッセイストとしてはネタに困らなそうで何よりである。そんな境遇をラッキーと思っているだろうか。
「いえ、自分の周りにばかりいろんなことが起きているなんて、そもそも気づいていませんでした。書いて世間にぶつけるようになって、『よくまあこんなこと次から次へと起こるなぁ』と呆れられて、初めて『あ、みんなはこうじゃないのか?』と知りました。
家族がわりと特殊だっていうことも、書いて発表して世間の反応を見て、ようやく理解したくらいですから。
そういえば、最初の本を出したあとに糸井重里さんからアドバイスをいただいたことがありました。『人の不幸は蜜の味』だからトラブルやひどい目に遭った話はたしかにおもしろい、でもそればかり書いていると不幸を探し歩くようになるよと。
いまも肝に銘じてはいるんですけど、不幸を探しているというより勝手に出来事がやってくるから、どうしようもない面もあるなとじつは心の中で思っています」
「知らず嵐を呼び込んでしまう人」だからこそ、著書がテレビドラマの原作となり、自身がドラマの主人公になるような事態を招くのである。「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」は、NHK-BSプレミアムドラマとして放送されたものが、1年を経て地上波で再放送となった。
「かぞかぞ」という愛称まで付いたドラマが好評の要因は、どこにあると考えているだろうか。
「それは何を措いてもまず『河合優実さんパワー』じゃないですか。私さんざん周りから『似てるねー』と言われていますが、それはひとえにいまをときめく河合さんが、全力で私に『寄せて』くれているからです。私の地元言葉である神戸弁まで、完璧なイントネーションで話されていてすごいです」
そう、岸田奈美さんをモデルにした主人公・岸本七実役に抜擢されたのは、若手実力派俳優として注目される河合優実さんである。
その時点では、連続テレビドラマ初主演だった。「かぞかぞ」出演後は躍進が続き、ことしはテレビドラマ「不適切にもほどがある!」で好演、映画『あんのこと』『ナミビアの砂漠』で主役、劇場アニメ『ルックバック』では主演声優を務めている。
「河合さんは、中学生から社会人までの私をすべて演じています。家族のなかでの役割も、そのつど抱く感情も、場面によってコロコロ変わるのに、目まぐるしい感情のジェットコースターをみごとに乗りこなしていてすごかった。このドラマを通じて、俳優としての彼女に何か得るものがあったのなら、私もうれしいです」
岸田さんがドラマを見て感服したことは……
「かぞかぞ」の俳優陣でいえば、弟役の吉田葵さんにも感服したという。
「ダウン症であるウチの弟役として、ダウン症の役者さんをキャスティングされているんです。大々的にオーディションを開いて、あんなにスタイルがよくて、人前に出ることが好きで、努力もできる、スーパーな子役を発掘してこられた。
ダウン症の葵くんは、セリフをいいタイミングで発せなかったりすることがある。ならばとずっとオンにした専用カメラで、いつ演技を始めても対応したり、たまたま撮れた表情を採用したりという工夫もされていました。そこまでできる現場ってなかなかないんじゃないですか。
現場の理解とスタッフさんの協力があれば、ダウン症の役者さんがもっと活動できることを示せたと思います。
そうした対応も含め、坂部康二プロデューサーをはじめスタッフの方々は、丁寧に作品づくりを進めておられました。岸田家まで足を運んで、私と母から何時間も話を聞いてくださって、私がエッセイに書いていないことまで引き出してもらいドラマに反映されていきました」
ドラマを見て岸田さんが“気づかされたこと”
自分と家族のことが、ドラマというフィクション作品となって展開されるのは、どんな感覚だっただろう。
「うちは岸田家で、ドラマは岸本家と設定されています。それもあって同一化するというより、もうすこし客観的になって、よく知っている親戚の話を聞いたり、様子を覗き見たりしているような感じでした。
ドラマでストーリーが与えられると、私が書いた『事実』とはすこし違った『こうであったかも』の世界が描かれることもあって、おもしろいです。
たとえば、第2話のラスト。車椅子になった母『ひとみさん』と私『七実』がいっしょにお出かけをする。まだ慣れない車椅子では、お目当てのお店に入れず、プレゼントしたイヤリングを落としてしまい、心身ともズタボロ状態でようやくカフェに入って、パスタを食べながら七実は泣きじゃくります。
これは実際にあったことで私がエッセイに書いた話をベースにしているものの、私はそのときカフェで泣いたりはしませんでした。パスタをパクパク食べながら、弱音を吐く母を前にして、泣きたい気持ちだったけどここで泣いたら気持ちごと持っていかれるからダメだ! と思ったんです。ふたりで落ち込んで取り返しのつかないことになりそうだったから、できるだけ平気なふりをして、ちょっとイライラした感じまで出しながら、いろいろ私に任せてと、ちょっとやけくそになりながら口にしました。
私の記憶にあるそうした事実と、ドラマのシーンは違うものだった。でも七実ちゃんがあれだけ全力で泣いているのを見て、私はなんだかうれしかった。そうかあのとき私、本当は悔しくて、お母さんの前で『私もつらい!』と吐き出し、泣いてしまいたかったんだ。そう気づかされました」
撮影 青山裕企
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テレビドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
https://www.nhk.jp/p/ts/RMVLGR9QNM/
〈 「認知症の祖母と、ダウン症の弟はホームに入居しました。家族で集まるのは週イチです」作家・岸田奈美(33)が見つけた程よい“家庭内の距離感” 〉へ続く
(山内 宏泰)
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