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「進路にまだ迷っていて」「学校だけは行っとけ!と…」現役高校生の銀メダリスト安楽宙斗(17)が抱えていた“葛藤”とは〈リーチは驚異の180cm〉

文春オンライン / 2024年8月23日 11時0分

「進路にまだ迷っていて」「学校だけは行っとけ!と…」現役高校生の銀メダリスト安楽宙斗(17)が抱えていた“葛藤”とは〈リーチは驚異の180cm〉

スポーツクライミング男子複合で銀メダルを獲得した安楽宙斗 ©時事通信社

 パリ五輪・スポーツクライミング男子複合で銀メダルを獲得した安楽宙斗(あんらくそらと・17)。身長168cmながら両腕を広げると180cmという長いリーチをもち、各国の選手が苦戦する課題を次々と完登する姿は大きな話題を呼んだ。

 銀メダル獲得直後に2人の仲間が語ったこと、現役高校生の安楽が抱えていた“葛藤”とは? 2013年からスポーツクライミングの取材を続けるライターの津金壱郎氏が寄稿した。( #2 を読む)

◇◇◇

 安楽宙斗が、パリ五輪のスポーツクライミング男子複合(ボルダー&リード)で銀メダルを獲得した。これがスポーツクライミング日本代表の男子にもたらした初めての五輪メダルだったが、安楽は成し遂げたことの大きさよりも眼前にぶら下がっていた金メダルを逃した悔しさを競技直後にこう吐露している。

「金(メダル)を狙って集中してこなしてきたんで……。うーん。いままで一生懸命やってきたので、とても悔しいです」

 このコメントを聞きながら、私の中には悔しさとともに安堵する気持ちがほんの少しばかりあった。

進学校に通う高校3年生、“夏休み中”の五輪出場だった

 現在高校3年生の安楽にとって、パリ五輪への出場は“夏休み中”の出来事だった。進学校に通う彼の周囲はみな、すでに卒業後の進路を固めつつあるという。金メダル獲得に向けてクライミングにどっぷり向き合う一方で、振り子のように揺れ動く高校生の心境の一端を垣間見せることがあった。

 たとえば、今年の初めに話を聞いたときには「進路志望はそろそろ決めないといけないんですけど、まだ迷っていて」「オリンピックに向かって全力で集中したいのに、進路のことも考えなきゃいけない」と不安を吐露していた。

 そうした中、もし金メダルを獲得して張り詰めた糸が切れたら、安楽はスポーツクライミングから離れてしまうのでは――と心配していたのだ。

 しかし、それは杞憂だったと気づかせてくれたのは、ふたりのクライマーだった。小俣史温(おまたしおん・18)と通谷律(かよたにりつ・18)。安楽の銀メダル獲得が決まった後、私は彼らに話を聞いた。

「勝ってくれよぉぉぉ!!!」電話口で叫ぶと…

 小俣と通谷はともに安楽と同じ2006年生まれだが、小俣は早生まれなため学年は1つ上。金メダルを獲得したトビー・ロバーツ(イギリス)は2005年3月生まれで、世界ユース選手権では2年に一度は安楽らと同一カテゴリーで戦ってきた、言わば“宙斗世代”でもある。

「あーーーくやしい!! 勝ってくれよぉぉぉ!!!」

 こちらが名乗るやいなや小俣は電話口の向こうで叫んだ。断っておくが、普段は礼儀正しい大学生だ。あまりの悔しさと、私とは彼が小学1年生からのクライミングジム仲間という関係性があってのことだ。

「トビーへの歓声がエグかったから、メンタルが…」

 リード・ジャパンカップを2023年、2024年と2連覇中で、リード・ワールドカップでも昨季は中国・呉江大会で2位、今年は7月のフランス・ブリアンソン大会で3位となった若きリードのスペシャリストである小俣は、安楽のパリ五輪決勝のリードをどう見たのか。

「トビーへの歓声がエグかったから、それに宙斗はメンタルがやられたのかなって思いますね」

オリンピックという場所ゆえの重圧

 リードは自分より出番が前の選手の競技を見ることはできないため、最終競技者だった安楽はほかの選手の結果を知りようがない。ただし、ワールドカップなどを通じて、あの選手ならどれくらいまで登るかの予測ができる。

 安楽は自分の直前に登ったトビーが完登まで残り2手のポイントにたどり着いたことを正確にはわからなくても、その歓声の大きさから自身が金メダルを取るには完登に限りなく近づかなければという重圧を感じたはずだと、小俣は指摘する。

「出だしからめっちゃ動きが硬かったですからね。慎重にいこうと思いすぎたのかな。あの宙斗があんなに硬くなるのが、オリンピックっていう場所なんでしょうね」

「普段の宙斗なら一発でできたと思う」

 小俣に続いて話を聞いた通谷は、ボルダージャパンカップで2023年、2024年と2年連続して決勝に進出し、ボルダーワールドカップでも今季は初めて決勝の舞台に進むなど、世界基準の課題の遠さにも適応し始めている選手だ。

 その通谷が自身初めて挑んだ国際大会の2022年世界ユース選手権ではユースAのリードで優勝したのが安楽、2位がトビー、通谷は4位。ボルダーで通谷は優勝しているが、2位はトビー、3位は安楽だった。安楽とトビーの特長を踏まえて決勝を振り返ってくれた。

「宙斗にとってボルダー第4課題を登れなかったのが痛かったですね。序盤のムーブは普段の宙斗なら一発でできたと思うんですけど、手こずって時間を使ってしまった。もう1回ゴール取りができていれば、きっと完登したんじゃないかな。第3か第4のどっちかを登ってスコアを離していれば、リードであんなにバタつかなかっただろうし……」

安楽のクライミングの長所は「重心の自在性」

 安楽は決勝のボルダーでは第1、第2課題は完登したものの、第3、第4課題はゴール取りに失敗。どの選手よりも完登の可能性を感じさせたものの、得点は伸ばせなかった。

 安楽のクライミングの長所は、ポジション(重心)の自在性にある。強度の高い課題で重心移動をして次のホールドを取ると、すぐに安定したポジションの体勢がつくれる。それが安楽のクライミングを観ている者に、力感なく登っているように感じさせるのだが、ボルダーの第3、第4課題やリードでは、力みから自在性が損なわれていたように映った。

「きっと宙斗もわかっていたと思うんですよね。リードの上部の4点ゾーンの課題内容がトビーの得意系だってのは。だから、ボルダーの結果を引きずってしまって、リードでは登り始めから硬さが出たんだと思います。いつもの宙斗ならリードも完登できただろうし、ボルダーの4課題とも登れたと思うからこそ、悔しいんですよね」

 小俣と通谷とも、限られた時間のなかで安楽のクライミングを実に熱く語ってくれた。その彼らの話を聞いていたら、もし安楽がパリ五輪で金メダルを獲得していたとしても、彼らがいる限り安楽は勝ち逃げなんて許してもらえなかっただろうと思いを改めさせられた。

 安楽が大会にいて、クライミングジムにいて、登ったり競ったり馬鹿話をしたりする。それが彼らにとっては当たり前のことで、きっとそれは安楽にとっても同じことだろう。

「何でもいいから学校だけは行っとけ!」と言われたことも…

 安楽の高校生活最後の夏休みは、間もなく終わりを告げる。2学期が始まれば高校に入学してから居心地の悪さを覚えてきた「遠巻きの視線」が待っている。ただ、それらすべては安楽がスポーツクライミングで眩い結果を残してきたからこそのものだ。

 中学3年時に必死の勉強で手繰り寄せた第一志望校での高校生活は、自身がスポーツクライミングで活躍すればするほど、思い描いたものからは遠ざかった。学校に行く気力がわかないときは、小俣から「何でもいいから学校だけは行っとけ!」と尻を叩かれたこともあったという。

 だが、そうした日々を乗り越え、パリ五輪での銀メダルを手にした安楽だからこそ、オリンピックに集中するために先送りにしてきた進路志望の答えは決まっていることだろう。進学かプロか、ほかの道か。どんな決断を下すにしても、振り子の支点はつねにクライミングにあるはずだ。

ロス五輪に向けて動き出した“宙斗世代”

 パリ五輪での安楽の勇姿から刺激をたっぷりもらったという小俣と通谷は、すでに4年後のロサンゼルス五輪を見据えて動き出している。そして、パリ五輪に金メダルを置き忘れてきた安楽が4年後に向けて本格始動するのも時間の問題だろう。

 パリ五輪で新たな時代の扉を開けた“宙斗世代”は、ここからの4年間でますます隆盛を誇っていくはずだ。そして、その中心にはこれからも安楽宙斗がいる。

〈 身長154cm、スタートに届かず“不公平”という声も…スポーツクライミング・森秋彩(20)が4年後さらに注目されるワケ 〉へ続く

(津金 壱郎)

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