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身長154cm、スタートに届かず“不公平”という声も…スポーツクライミング・森秋彩(20)が4年後さらに注目されるワケ

文春オンライン / 2024年8月23日 11時0分

身長154cm、スタートに届かず“不公平”という声も…スポーツクライミング・森秋彩(20)が4年後さらに注目されるワケ

パリ五輪スポーツクライミング女子複合で4位だった森秋彩 ©JMPA

〈 「進路にまだ迷っていて」「学校だけは行っとけ!と…」現役高校生の銀メダリスト安楽宙斗(17)が抱えていた“葛藤”とは〈リーチは驚異の180cm〉 〉から続く

 パリ五輪・スポーツクライミング女子複合で4位となった森秋彩(もりあい・20)。メダルは逃したものの、リード種目で全体最高点をたたき出し、その粘り強い登りに観衆が沸いた。

 一方で、154cmの森が高い位置のホールドを掴み切れず、0点に終わった課題があったことについては「不公平」などと批判の声も挙がっている。彼女のクライミングの“本当の強さ”、4年後に起こりうる“ある変化”とは……? 2013年からスポーツクライミングの取材を続ける津金壱郎氏が読み解く。( #1 を読む)

◇◇◇

 日本のみならず世界中の人たちが、パリ五輪で彼女の存在に驚いただろう。ただし、そこで見たものは、森秋彩の才能のほんの一端に過ぎない。

リード1位で存在感を示した

 五輪初出場の森は、準決勝を20選手中4位の成績で通過すると、8選手で争った決勝ではボルダー7位、リード1位で総合4位。メダルには届かなかったものの、リードでは完登に迫るクライミングで、五輪連覇を達成した“女王”ヤンヤ・ガンブレット(スロベニア・25)を上回る成績を残して存在感を示した。

 前回東京五輪での森は、日本代表争いの途中でIOC、IFSC(国際スポーツクライミング連盟)、JMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)の代表決定プロセスの齟齬によって、中途半端な形で五輪出場の道が閉ざされている。パリ五輪の競技内容について何度も「悔しい」を口にしながらも、その表情に晴れやかさがあったのは、五輪という大舞台にたどり着いた充実感があったからだろう。

攀じる強さと、高い持久力を育んだもの

 森のクライミングの特長は、攀(よ)じる強さにある。「ボルダーのほうがリードよりも好き」という森が、リードで好成績を残しているのは、この特長を生かしやすい種目だからだ。

 この攀じる能力や持久力が高まった背景には、森のこどもの頃からのクライミングの楽しみ方にあったように思う。私が初めて森に遭遇したのは、彼女が小学3年生だった2012年のことだ。客がまばらな昼間のボルダージムだから可能だったとはいえ、森は課題を登るのではなく、上へ下へ右へ左へとクライミングウォールから降りることなく自在に動き回っていた。

 ボルダージムというのは、ウォール一面にホールドが取り付けられ、自由に登ることもできるが、そこに設定された課題を登って楽しむのが一般的だ。課題をゴールまで登ると達成感が得られる。そのため大人もこどもも課題のクリアを追いかけ、森のように登りそのものに没入する人は多くない。

 もちろん森にも課題に打ち込む日はあっただろう。ただ、私が出会った日のように登る行為そのものに没入した時間の積み重ねが、彼女の攀じる能力や持久力を人並み以上へと育んだのだろう。

 余談だが、ヤンヤ・ガンブレットに持久力をどうやって伸ばしたかを尋ねたことがある。彼女が子どもの頃に通っていたのは小さなボルダージムで、リードは月に1回程度という練習環境だったからだ。ヤンヤ・ガンブレットは「たぶん、時間が許す限り壁のなかで遊んでいたからだと思うわ」と答えている。女王の礎にも、森と同じような背景がある。

 森の攀じる力はパリ五輪でもいかんなく発揮された。リードはもちろんのこと、ボルダーでも決勝第3課題のようにホールドをつかめれば無類の強さを見せた。

 一方で、コーディネーション能力が求められる課題には苦戦した。ボルダーは五輪種目になって以降、課題内容はダイナミックな動きを求められるものへ変移した。森もこうした動きへの対応力は高めたが、ほかの選手たちがそれを上回る成長曲線を描いたことで課題の難易度は飛躍的に向上し、結果的に森は取り残されてしまった。

154cmの森だけがスタートの体勢さえつくれなかった

 それを象徴したのが、決勝のボルダー第1課題だった。これについては競技終了後もなお話題を集めているが、決勝進出8選手のうち、身長154cmの森だけがスタートの体勢さえつくれなかった。ネット上を中心に「設定が不公平ではないか」という声も挙がっていた。

 だが、この課題は森が低身長だからできなかったわけではないだろう。森がスタートホールドに飛び乗った時、ハンドホールドは手で触れられる位置にあった。また、銀メダリストで身長158cmのブルック・ラバトゥ(アメリカ・23)がスタートできたことを考えれば、この課題のスタートの成否は身長ではなく、コーディネーション能力の有無と見るほうが妥当だ。

 ホールドに飛び乗ったら荷重を意識してしっかり立つ。と同時に左手と右手でそれぞれのホールドをつかんでクライミングウォールから剥がれないように両手両足でバランスを取る。しかし、森はホールドをつかもうとするあまり、ホールドに立つという部分がおざなりになっていたように映った。

 ちなみに、ボルダーでは長身が仇となるケースもある。代表的なのが東京五輪銅メダリストの野口啓代が10連覇を狙った2015年ボルダリング・ジャパンカップだ。167cmの野口がオーバーハングした壁の奥から低いルーフ(天井)部に取り付けられたホールドへ飛びつくと足先がマットを擦った。これを解消できなかったことが響いて、野口は準決勝で敗退の憂き目にあっている。

スポーツクライミングは“正式競技”ではなかったが…

 スポーツクライミングにはスピード、ボルダー、リードという3種目があり、その種目特性は大きく異なる。にもかかわらず、東京五輪ではボルダー、リード、スピードの3種目をワンパッケージにした複合種目として行われ、パリ五輪ではスピードと複合種目(ボルダー&リード)の2種目が実施された。

 これは両五輪でのスポーツクライミングの立ち位置が、正式競技ではなく、開催都市による追加実施種目だったからだ。

 IOCから割り当てられるメダル数や参加選手数などに制限があるなかで、スポーツクライミングの魅力を発信するために生み出された苦肉の策。そして、それを理解している選手、各国チームスタッフ、ルートセッター、ジャッジなどの競技に携わるすべての人たちは、一丸となってスポーツクライミングが盛り上がるように取り組んできた。

これまで以上に世界から注目を集めるはず

 その成果は次回の2028年ロサンゼルス五輪で花開く。なぜならスポーツクライミングの正式競技への昇格が決まっているからだ。実施種目などはまだ決まっていないものの、世界中のスポーツクライミング関係者が望んできた、「それぞれの種目でスペシャリストたちが最高の技量を戦わせる」が実現する可能性は高い。

 その4年後に向けてスポーツクライミングでは新たな模索も始まっている。「リードやボルダーの男女混合ペア戦」「スピード種目の4~8レーン化」などのアイデアだ。実現するかはわからないが、根底には「登る」をベースにした競技の魅力を多くの人に届けたい想いがある。

 そして、競技性が多様化すればするほど、純化した「登る」はこれまで以上の輝きを放つことになる。「一番登れたのは誰か」、と世界中の注目は集まっていくだろう。その視線の先にはきっと、異次元の攀じる能力でクライミングウォールを圧倒する森秋彩がいるはずだ。

(津金 壱郎)

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