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撮った映像は140時間「全部見るのに6週間かかります」94歳の巨匠が語る“ドキュメンタリー映画の作り方”

文春オンライン / 2024年8月24日 7時0分

撮った映像は140時間「全部見るのに6週間かかります」94歳の巨匠が語る“ドキュメンタリー映画の作り方”

フレデリック・ワイズマン監督 © 2023 3 Star LLC. All rights reserved.

 現在94歳。ドキュメンタリー界の巨匠の好奇心と行動力はまったく衰えていない。『パリ・オペラ座のすべて』、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』など、アメリカからヨーロッパまで様々な場所や組織にカメラを向け、数々の傑作ドキュメンタリーを手掛けてきたフレデリック・ワイズマン監督。

 新作『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』で彼がカメラを向けたのは、フランス中部にある三つ星レストラン〈トロワグロ〉。4世代に渡り家族経営を続け、55年間星を維持してきたこのレストランは、世界中から美食家たちが通う名店。240分という長大な時間のなかで、人々を魅了する美しく荘厳な料理が次々に映され、それを作りあげる人々の仕事、そして店に通う常連客たちとの交流が描かれる。

美味しい料理が作られている場所と、それを作っている人たちに興味があった 

――ワイズマン監督は以前から、レストランを撮影することに興味があったそうですね。レストランという場所のどのようなところに惹かれたのですか?

ワイズマン 私はずっと前からグルメでしたから、美味しい料理が作られている場所と、それを作っている人たちに興味があったんです。

――今回の撮影対象になったトロワグロは、以前からよく知っていたレストランだったのでしょうか?

ワイズマン いえ、行ったことはもちろん、名前を聞いたこともありませんでした。2020年の夏、ブルゴーニュの友人夫妻に招待され1ヵ月をその地で過ごした際、お礼に近くのレストランに招待したいなと思い、ミシュランガイドに載っていたトロワグロにランチを食べに行ったのが始まりでした。料理を楽しみ、デザートを食べ終わる頃、4代目シェフオーナーのセザールが挨拶にテーブルまで来てくれました。そこで私は衝動的に「ここを撮影してもいいだろうか?」と聞いたんです。セザールは「父と話してきます」と答え、30分後に戻ってきて「いいですよ」と言ってくれました。後で知ったのですが、セザールと父親のミッシェルはその30分間、Wikipediaで私のことを調べていたようです(笑)。

 撮影の許可が下りたあと、ミッシェルたちとやりとりを続けていたんですが、当時はまだ新型コロナウィルスのパンデミックが広がっていた時期だったので、撮影を始めるのはしばらく待つことにしました。人々がみんなマスクをしている姿は撮りたくなかったので。そしてパンデミックが多少落ち着いてきた2022年の4月から7週間をかけて撮影しました。

撮影はスポーツみたいなものでとても疲れる  

――編集作業にはどのくらいの時間がかかったのでしょうか? ワイズマン監督は、いつも編集に長い時間をかけるとうかがっています。

ワイズマン 編集にかかった時間は7、8ヵ月くらいでしょうか。撮影した素材は全部で140時間。すべてを吟味するにはそれだけの時間がかかるんです。編集の詳しい過程を聞きたいですか?

――ぜひ聞きたいです。

ワイズマン OK。一番初めにするのは、140時間分のラッシュ(未編集の撮影素材)を全部見ることですが、それにだいたい6週間がかかります。使わない箇所を振り落としていって、ラッシュを半分くらいに減らしたら、残った半分の中から場面ごとに使うべき部分を繋いで最終的な形に近いものにしていきます。そうして、たとえば食事をしながら客が喋っている場面で、40分くらいあるのを5分くらいに減らすにはどうしたらいいのかを考えます。

 いつも念頭に置いているのは、見ている観客がその場面を理解できるかどうか。そのために何を残すべきかを決めていくのです。

 使う素材を決め、すべての場面の編集をした後、初めて映画全体の構造を考え始めます。全体の構造を決めるまで、たいてい6週間はかかる。それからさらに2週間をかけて、最終的な構造に辿りつきます。こうした作業を続けている間中、私はいつも、それぞれの場面がどういう意味を持つのか、そこで何が起きているのかを考えます。同時に、各シーンが繋げられることで、どういう意味が生まれてくるか、観客がしっかり理解できるものになっているかを考えるようにしています。どうしてこのシーンが最初で、これが最後に来るのか。その構造と繋げ方の意味を、自分で自分に説明できるようにしなければいけないのです。

 こうしてすべての編集が終わったあと、もう一度140時間のラッシュを全部見直します。自分が捨てた物のなかに、編集によって新たに必要性が出てきた箇所はなかったかどうかを確かめるのです。たいていの場合、やり直すのはあるカットと次のカットの繋げ方の部分ですが、ときには、自分が捨てた物の中から「ここは使ったほうがいい」と思える重要なカットが出てくることもあります。その作業が終われば、この作品についてはすべて終わり。じゃあ次は何を撮ろうかと考えます。

――とても貴重なお話をありがとうございました。ところで撮影作業と編集作業は、まったく別々に行われるのでしょうか? 撮影中に編集を始めたり、編集をしながら撮影をしたりということもあるのでしょうか?

ワイズマン ふつうは撮影がすべて終わったあとに、一旦2週間くらいの休みをとって、十分休息をとったあとに編集作業に取りかかります。撮影はスポーツみたいなものでとても疲れるので、編集に入る前に短いバケーションをとらないといけないのです。 

いつもダンスをするように厨房を跳び回っていました

――厨房で料理人たちの作業を撮る際、ときにはとても間近から手元や皿を映していましたよね。撮影中、カメラはたいていどの位置に置かれていたのでしょうか?

ワイズマン たとえば鍋でお湯を沸かしているところをクロースアップで撮るときは、カメラは対象から30センチくらいの距離にある。一方、ワイドで全体を撮っているときは、たいてい5~6メートルくらい離れたキッチンの隅のほうにカメラを置いていました。厨房全体を見渡して、何が起きているのかを理解しながら撮らなければいけなかったので。レストランフロアでも同じです。カメラは席から少し離れたところに置き、この空間全体で何が起きているのかを観察しながら、ときにはクロースアップで客の顔や料理にズームして撮っていました。

――料理は時間勝負でもあり、火や刃物を使ったりと、危険な作業も含みますよね。厨房での撮影の際、料理人たちの邪魔をしないよう、立ち位置や撮影方法など、あらかじめ決めておいたルールなどはあったのでしょうか?

ワイズマン トロワグロ側からは、何をしてもいいしどこから撮ってもいいと言われていて、撮影隊が邪魔だとは一度も言われませんでした。とはいえ、作業中はみなさんとても素早く動くし危険も多い。撮影スタッフは私を含め3人態勢。私たちは彼らの邪魔にならないよう、また自分たちの安全を守るために十分注意をして撮影をしなければいけなかった。お湯をかけられたり、フライパンに触れたりしないよう、いつもダンスをするように厨房を跳び回っていました。

――本作では、レストランの中の仕事だけでなく、市場や農場、チーズ工場など、レストランを成り立たせる生産システム全体が映されます。当初から、レストラン以外の場所も映そうと決めていたのでしょうか?

ワイズマン いえ、最初からではありません。撮影している途中で、こうした生産システムの存在に気づいていきました。私たちは撮影を通してミッシェルたちとどんどん仲良くなっていったので、自然と向こうから、「明日農家に行くから一緒に来ないか」「これからワイン畑に行くよ」と誘ってくれるようになった。そうして、彼らが有機栽培を始めとする多様な生産形態に興味を持っていて、食の生産者を支えていきたいと考えていること、また環境にも強い関心を持っていることがわかってきたんです。この映画は2年前に撮影をしたんですが、撮影中に生まれたミッシェルたちとの友情は、今も変わらず続いています。 

人はみな、自分のことしか演じられない

――料理が完成したあと、フロアで、シェフのミッシェルさんがお客さんを相手にいつも見事な話を披露する様が印象的でした。彼は料理の内容やレストランの歴史について、まるで舞台俳優のように滔々とスピーチをします。カメラがあったことで、彼の話しぶりがより劇的なものになった、という可能性はありますか?

ワイズマン カメラは全く関係なかったはずです。私が最初にトロワグロにランチを食べにいったときにも、セザールが、レストランのこれまでの歩みや料理について丁寧に説明をしてくれました。三つ星レストランの大事な要素の一つは、ホストがゲストに対してしっかりとコミュニケーションをとることにある。シェフが各テーブルについて説明する時間もコミュニケーションの一部なのでしょう。ミッシェルは、客と話をすることで自分の料理を食べる相手が何を考えているかわかるし、会話から学ぶことはとても多いと言っていました。

 たとえば私がいま、あなたを喜ばせるために調子のいいことを言ったら、すぐに「これは取材のためのリップサービスだな」とわかるでしょう? もし撮影中、ミッシェルやセザールが私たちの映画のためにそういうことをしていたら、私はその場で気づいていたはずです。人はみな、自分のことしか演じられないものだと私は考えています。人はそんなに演技がうまくはない。たとえ他の誰かを演じようとしても、周りにはすぐに嘘だとわかってしまうものです。

――ワイズマン監督の映画を見ていると、いろんな人が流暢に話し続けている姿が映されていて、人はカメラの前でこんなにもたくさん喋るのかと驚かされるんです。

ワイズマン まあ、人がたくさん話しているところを中心に選んで繋いでいますからね。人が話しているほうが、映画を作るうえでは都合がいいんですよ。

(月永 理絵/週刊文春)

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