「男の子は浪人をしても良いかもしれないけれど」「若いうちに子育てをしてほしい」…娘に浪人禁止を伝える母親の“生々しい心情”
文春オンライン / 2024年8月28日 6時10分
写真はイメージ ©AFLO
特定非営利活動法人「#YourChoiceProject」は、大学受験時の進路選択において、地方で暮らす女子が大きなジェンダーギャップを抱えていると指摘している。また、同団体の調査によると、女子学生は男子学生に比べ、浪人を忌避する傾向にあることが明らかになっている。いったいなぜなのか。
ここでは、地方女子学生の進学の選択肢を広げることを目指して活動する江森百花氏、川崎莉音氏の共著『 なぜ地方女子は東大を目指さないのか 』(光文社新書)の一部を抜粋。浪人を選択しなかった女子学生、あえて浪人を選択した女子学生、それぞれの生の声を紹介する。(全2回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
「コスト」を気にする女子学生、「リターン」を重要視する男子学生
さて、ここからはなぜ浪人しようと思う女子学生が少ないのかを考察します。一般的に挙げられる理由が、その「コスト」です。後にまた詳しく触れますが、親世代を中心に「女子が10代の1年を余分に受験勉強に費やすこと」に対して強い抵抗がある方が多く、それを言葉で直接的に伝えていなかったとしても、そのような態度が女子高校生に強い浪人回避傾向を形成している可能性があります。
一般的に浪人で得られるもの、つまり「リターン」は、上手くいけば志望校に進学できることに尽きます。場合によっては浪人1年分にかかった費用を上回るほどの生涯所得も期待できるでしょう。一方で、浪人することに付随して発生する「コスト」は予備校などに通う費用もさることながら、進学後に多くの同級生の年齢が一つ下になる、就職が1年遅れるなどが挙げられます。また、1年余分に勉強したからといって確実に現役時代より良い結果になるとは限らないという「リスク」を想定する方もいるでしょう。
以上の客観的に考えられる「リターン」「コスト」そして「リスク」に、男女で量的な大差はないはずです。そうなると、男女でここまで浪人肯定度に差が出るのはむしろ質的な評価、つまり、「コスト」をどの程度気にするか(もしくは「リターン」と比した時にその差に価値を感じるか)、「リスク」をどの程度回避したがる傾向にあるかの二つだと考えられます。
ここからは、インタビューをもとに、浪人を回避しようとする学生や保護者がどのような考え方でいるのかを見ていきます。
まず、インタビューをする中で、金銭的な問題と受験勉強を継続したくないことを理由に浪人を回避しようとする学生が男女ともに多く見受けられました。
金銭的な問題に関して、「浪人はお金がかかる」と漠然と考えている方は保護者・学生問わず多いようです。「金銭的に余裕がある家庭ではなくて」という回答が散見されました。
一つ確認しなければならないのは、一般的には現役で私立大学に行くよりも、浪人して国公立大学に行った方が学費の総額は安くなる場合が多いということです。例えば、MARCHの中で一番学費がかからないとされる学部でも4年間で440万円は下りません。早慶では安くて500万円程度です。一方の国公立は4年間で214万円と、その差額は220万円以上です。1年間浪人して予備校に通う場合には約120万円かかりますが、それでもお釣りがくる計算です。また、実家から通える範囲に予備校がなく、寮に入って浪人する場合でも、都内では年間200万円程度かかるものの、地方であれば年間90万円程度であり、それを合算したとしても私立大学に進学するより良心的な金額になります。この事実を踏まえず、浪人はお金がかかるという議論がなされている場合が非常に多いように感じます。
その一方で、金銭的に国公立大学に現役で進学する以外に選択肢がなかったという学生、もしくは厳しい大学受験勉強を強いられることに辟易し浪人を選択しない学生も存在し、ここに顕著な男女の違いは感じ取れませんでした。ここからは、男女で違いが見られた意見について、女子学生やその保護者がどのような部分に「コスト」を感じているのか、さらに、浪人を選択する男子学生とは、どのような違いがあるのかを探っていきます。
「周囲からの逸脱」というコスト
現在お茶の水女子大学の大学院に通われているNさんは、都内の私立高校に通い、現役時代に東京大学を受験しましたが、残念ながら合格には至らず、後期日程で合格したお茶の水女子大学に進学しました。Nさんは、比較的頑固な性分だったそうで、東大志望だった周囲がセンター試験の結果を受けて志望校を変更していく中、東大受験を諦めませんでした。そんな彼女ですが後期日程の合格発表後、浪人する選択はせずに、お茶の水女子大学に進学します。ご自身の中に浪人という選択肢は端から存在しなかったそうです。
現役の時に第一志望に受からなければ、諦めるのがあたりまえ。なぜ女子学生の間でそんな規範が共有されているのか。その原因を、「周囲から逸脱する怖さ」だとNさんは話してくれました。
現役で大学に進学し、大学院と併せて6年でストレートに卒業する、その上で適齢期に結婚・出産をする。この暗黙のうちに敷かれたレールから逸れるだけの価値を信じられないことには、浪人や留年などの選択はできない。今でこそ、1年のビハインドなんて大したことではないと思えるものの、誰に言われたわけでもなく「浪人すると婚期や出産適齢期を逃す」という言説を信じ、大学院進学を想定している自分の場合は特に、1年遅れることはできないと考えていたそうです。
さて、Nさんの場合、「敷かれたレール」はなんとなく感じていたものであり、保護者の方に浪人を反対されるという経験はなかったそうですが、実際に「浪人すると婚期や出産適齢期を逃す」という言説を信じ、浪人を反対する保護者もいます。
浪人したらいき遅れるという心配
Mさんは、関西の公立進学校に通う高校3年生の女子学生です。大阪大学の法学部を志望しており、勉学に励んでいます。Mさんのご家庭では浪人は禁止されていて、滑り止めに複数の私立大学を受験予定です。今回、母親にお話を伺う機会を得たため、なぜ浪人を止めるのかを聞きました。
最初に出てきたのは、金銭面の不安でした。先ほど述べたように、現役で私立大学に進学するのであれば、浪人して国公立大学に行く方が経済的です。私たちがこの事実に触れると、Mさんのお母様も保護者会等で聞いてすでに知っていると答えました。
つまり、浪人に反対する本当の理由は、金銭面の不安ではなかったのです。詳しく聞いてみると、「子育てなどを考慮すると1年遅れることが後々ネックになるのではないか」といった不安を口にしました。
「子育てには体力が必要になるので、娘には若いうちに子育てをしてほしい。だから、男の子は浪人をしても良いかもしれないけれど、娘には浪人をしてほしくない」
お話の中で見えてきたのは、子育てを女性特有のライフイベントだとする価値観の上に成り立つ、漠然とした焦り・不安でした。
1年浪人したからといって、結婚や出産の時期が大きく変わるわけはありません。このような、曖昧なイメージに基づいた保護者の焦りのもとで、女子学生は浪人という選択肢を取ることができず、志望校を下げざるを得ない結果に至っています。
さて、女子学生とその保護者のインタビューから、合理的とはいえない理由で浪人という選択肢を与えてもらえない女子学生の存在や、いつしかそれ以外の選択をすることに対して恐怖を抱いてしまっている女子学生の様子がわかってきました。次に、男子学生のインタビューからそのマインドセットの違いを明らかにしていきます。
納得がいく努力をしたかった
現在東京大学文科三類1年生、埼玉県の浦和高校(男子校)出身のTさんは、現役時代に前期日程で東京大学を受験し、不合格だったものの後期日程で北海道大学を受験し見事合格しました。ただ、大学が始まる直前まで北海道大学に進学するつもりだったところを思い直し、浪人を選択したそうです。その理由を「現役時代、納得いくまで勉強できておらず、ベストを尽くしたという感覚がなかった」からだと教えてくれました。父親も浪人経験があったことや、周囲に浪人を選択する同級生がいたことも後押しとなり、浪人という決断に至ったそうです。
先ほどのNさんの例と比較すると、浪人を「敷かれたレールからの逸脱」と捉えるか「自分の限界にチャレンジするチャンス」と捉えるか、そのマインドセットの違いは明らかです。しかし、もちろん、性別の違いがその理由である必然性はなく、その理由であって良いわけがありません。女子学生全体が持つ、浪人に対する「コスト」=否定的なイメージを改善し、自分の望む将来を実現する一つの選択肢として男子学生同様前向きに捉えられる風潮に変えていかなければ、浪人する女子学生の人数をはじめ、志望校を高めに設定する女子学生の人数も増えることはありません。
もちろん、以上は個々の事例であり、女子学生で浪人を積極的に選択した人も、男子学生で周囲に反対され浪人を選択できなかった人もまたいることと思います。重要なのは、事実として浪人を選択する男女比には大きな偏りがあり、これらの事例が、明文化されていない圧力や傾向、ステレオタイプが要因である可能性を示唆している、ということです。
〈 兄は学費も仕送りも負担してもらっているのに、私は奨学金とアルバイトで賄って…「女子に学費はかけられない」と考える親たちの“致命的な勘違い”とは 〉へ続く
(江森 百花,川崎 莉音/Webオリジナル(外部転載))
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