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「そんなに太っていたら映像には使えない」小池栄子(43)が不本意なグラビア撮影現場で見せた、他のグラドルと全く違う“ある素養”とは

文春オンライン / 2024年9月1日 11時0分

「そんなに太っていたら映像には使えない」小池栄子(43)が不本意なグラビア撮影現場で見せた、他のグラドルと全く違う“ある素養”とは

小池栄子

  Netflixドラマ『地面師たち』で詐欺師グループの主要人物を演じ、“坊主姿”まで披露して話題になり、宮藤官九郎脚本の『新宿野戦病院』にも出演するなど、女優・小池栄子(43)が存在感を増している。デビュー以来ずっと第一線を張り続けているが、ここへ来てさらに魅力が増した印象だ。

  小池は1980年11月20日生まれ、東京都世田谷区の下北沢出身。実家は裕福な自営業で、いわゆる“お嬢”である。祖父がレジャーランドやパチンコ店などエンターテインメントに特化した事業主で、この家庭環境や交友関係の中で、小池の性格は育まれた。

  小池はVOGUE JAPAN(CONDE NAST JAPAN)の取材に、子どもの頃を振り返ってこう答えている。

「自営業だった実家の商売が、職種も立場も国籍も年齢もさまざまな人が出入りする環境だったんです。面白いおじちゃん、おばちゃん、おじいさんもおばあさんも集まっているコミュニティで、両親が誰とでも同じように接している背中を見てきました」

  尖った人間も多い芸能界での生き方、人との接し方を自然と体得していったようだ。

  さらに和洋九段女子中学・高等学校時代は創作ダンス部に所属し、ダンスに専念したという。のちに『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画「芸能人社交ダンス部」で発揮された抜群のダンスセンスはここで育まれたものだ。

「そんなに太っていたら映像ドラマには使えない」とグラビアに

  在学中の15歳の時、バスト93センチGカップ女子高生として雑誌「ホットドッグ・プレス」(講談社)や『1億人の大質問!? 笑ってコラえて!』(日本テレビ系)に登場したことで彼女の人生は大きく変わる。

  当時は保育士志望だったが、時のグラドル事務所イエローキャブの野田義治社長からじきじきにスカウトされ同事務所に所属。芸能界に本格デビューを果たす。

  じつは事務所入所とほぼ同時に『踊る大捜査線』(フジテレビ系)にゲスト出演するなど、本人はグラビアではなく女優志向だった。しかしあるドラマのオーディションで“そんなに太っていたら映像(ドラマ)には使えない”と言われ、野田社長からも太り過ぎを指摘され、「グラビアの仕事だったら……」と半ば仕方なく水着グラビアの仕事をスタートしたのだ。

  スカウトされた時に水着のグラビアはやらないことが条件だったので、当時は“社長に騙された”と思ったという。

  こうして若干17歳で「宇宙一のメロンパイ」というユニークなキャッチフレーズでグラビアデビューを飾るが、豊胸疑惑も浮かんだほどのグラマーさで同じ事務所のMEGUMIとともに大ブレイクを果たす。

  かとうれいこ、細川ふみえらが築いた最初の黄金期に続くイエローキャブ第2の黄金期が訪れ、グラビア専門のアイドル =グラドルという新造語も誕生し、テレビ誌や情報誌等でもグラビアページが設けられる大グラビア時代が訪れた。

  筆者も当時多くの撮影に立ち会ったが、小池の存在感は圧倒的で、カメラマンのリクエストにこたえる知性も当時からいかんなく発揮されていた。

カメラマンの目の前で着替えるグラドルも多い中で「着替えてきます」と必ず別の部屋で

  当時のグラドルや地下アイドルたちは現場慣れからか、自己アピールのためか、水着の着替えや衣装替えの際に「あ、もうここで着替えちゃいます。全然構わないので」と言ってカメラマンや記者の前で威勢よくバッと着替える人も多くいた。

  だが小池は「着替えてきます。ちょっと待っていてください」と言って、必ず別の部屋もしくは衣装部屋で着替えていた。意地の悪いカメラマンや記者の中には「もったいぶりやがって」と思う向きもあったかもしれないが、「あぁこの子は真面目なんだ」と逆に感心した覚えがある。

  そして水着に着替えて出てくると、そのすさまじいスタイルに改めて圧倒される効果もあったように思う。

新人カメラマンがファインダーも覗かずに見惚れていた

  新人カメラマンが小池の水着撮影をする現場に立ち会ったことがある。紺のスクール水着から始まり徐々に露出度を高くしていく演出で、最後に小池が白の紐ビキニに着替えて現れた。

「お願いしまーす」と彼女が言ってから数秒……10秒過ぎてもシャッター音が鳴らない。ふとカメラマンを見ると、カメラを手にしたままファインダーも覗かず小池の姿に見惚れているではないか。

  慌てて「小池さん待ってますよ」と声をかけると、新人カメラマンは我に返り、謝りながらシャッターを切り始めた。「全然大丈夫ですよ。お願いしまーす」と言ってあらためてポーズを取った小池を見て、間違いなくスタッフに愛される性格であることを確信した。

  ほどなくグラビア以外の仕事も増えていったが、大きな転機は『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画「芸能人社交ダンス部」だった。

  当時17歳ながらお笑い芸人のゴルゴ松本とペアを組み、社交ダンス1級だけでなく国内タイトルも獲得した。

  ダンスセンスや真摯に努力する姿勢はもちろんのこと、露出度の高いドレス衣装からこぼれる健康的なボディが目をひいたことも間違いない。メリハリの利いたボディがダンスで激しく揺れる様は、彼女の華麗さを引き立てていた。

  バラエティタレントとしての開花も早く、22歳の時には『ジャングルTV~タモリの法則~』などにレギュラー出演。ここできっぷのよさと頭の回転の早さを発揮。

  特に25歳から現在まで続けている『日経スペシャル カンブリア宮殿』でのインタビュアーっぷりは小池のエレガンスな魅力とインテリジェンスを引き出し、以後、バラエティや情報番組への出演がぐっと増えていく。『M-1グランプリ』での今田耕司との軽妙な司会っぷりを思い出す方も多いことだろう。

  女優としては意外にもイメージとは裏腹にセクシーな印象は薄い小池だが、30歳の時には配信ドラマ『エセ肉食女の恋愛事情』で全裸のラブシーンを演じている。デコルテを大胆に露出したキスシーンなどでは、仰向けでもバストが宙に向かって強く主張し、揺れる。

  大河ドラマにも2度出演しており、24歳で『義経』に、41歳で出演した『鎌倉殿の13人』では北条政子役を圧倒的な存在感で演じ切り、女優としての存在感を強く印象付けた。

  これほど豊かなキャリアを持ちながら主演作に恵まれているとは言えず、本人も美的(BITEKI).com(小学館)のインタビューで、今後への意欲と合わせて引け目を語っている。

「助演の方が個性を生かしてもらえると思っていたので、主演にはどこか後ろ向きな思いがありました。でも、大河ドラマで共演した小栗旬くんが現場で役を作り上げていく熱量を見て、いつか同じ場所の景色を見てみたいと思うようになって」

「視聴者の小中学生は、お前のことなんて知らないから」

 26歳の時にプロレスラーの坂田亘と結婚。肉体派同士の結婚は当時話題を呼んだが、坂田との結婚も彼女の芸能活動に好影響を与えた。同じ美的.comのインタビューでは、

「ドッキリ番組のMCのオファーをいただいたとき、若いタレントも多い中でなぜ私なのか不思議に思っていたら、夫が言ったんですよ。『視聴者の小中学生は、お前のことなんて知らないから』って。ガーンと来ましたね。今では地方に行くと『ドッキリのお姉さん!』と子供たちが声をかけてくれるんです。何かひとつ挑戦すると、違う景色が見えてくる」

  と語り、今あるこだわりを捨てること、悩まず常に新しいチャレンジを続けることが大切だと気づかされた心境を吐露している。

  小池のキャリアを振り返ると、裕福な出自特有の「育ちの良さ」と知性、それにサービス精神を常に発揮してきたことがわかる。持って生まれた財産に甘えることなく、その才を最大限生かせるよう努力し続けてきたその姿勢が今の小池栄子を形づくったといえるだろう。

(岩佐 陽一)

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