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「特攻資料館に…」卓球・早田ひな(24)の発言に元署長祖父が明かしたホンネ「涙が出てくる場所」

文春オンライン / 2024年9月4日 6時0分

「特攻資料館に…」卓球・早田ひな(24)の発言に元署長祖父が明かしたホンネ「涙が出てくる場所」

今大会が五輪初出場だった早田ひな

「鹿児島の特攻資料館に行って生きていることを、そして卓球を当たり前にできることが当たり前じゃないっていうのを感じたい」

 終戦の日を2日後に控えた8月13日、帰国会見でこう語ったのは、パリ五輪女子卓球で2つのメダルを獲得した早田ひな(24)だ。

◆◆◆

「まさに怪我の功名」

 専門誌記者の解説。

「混合ダブルスでは初戦敗退を喫したものの、シングルスでは、順調に準決勝まで勝ち上がりました。ところが中国のエース孫(そん)穎(えい)莎(さ)との対戦を前に、左前腕部の負傷が発覚した。コンディションは最悪でしたが、3位決定戦への出場を志願。痛み止めの注射を打って韓国選手に勝利し、銅メダルを獲得したのです」

 続く女子団体では、決勝で中国に敗れたものの、銀メダルの獲得に大きく貢献。早田が4歳から通った卓球教室の恩師・石田千栄子さんが振り返る。

「左腕を怪我して苦しい場面もありましたが、テーピングで手首が固定されたことで、むしろフォアドライブは安定して決まっていた。まさに怪我の功名です。特にひなのフォアドライブは回転数が多く、背が高い彼女が打つと、上から鋭く突き刺さって中国のトップ選手でも返すのは難しい。パリ五輪の試練で、理想の戦い方を見つけてくれたのではないでしょうか」

発言の解釈を巡って騒動に。

 こうして手にした2つのメダルを首にかけ、臨んだのが、冒頭の帰国会見だった。「帰国後に行きたい場所」として、アンパンマンこどもミュージアムに加え、鹿児島県にある知覧特攻平和会館を挙げたのだが、

「この発言を受けてか、パリ五輪で対戦した中国の孫が中国版X『weibo』で早田のフォローを解除する事態にも発展。発言の解釈を巡って騒動になってしまった」(テレビ局関係者)

早田の戦争に関しての言及は、これが初めてではなかった

 ただ、彼女が戦争に関して言及するのは、これが初めてではない。2017年に出演したテレビ番組。若者の素朴な疑問に答えるコーナーで、当時17歳だった早田は、ジャーナリストの池上彰氏に「なぜ戦争は終わらないのでしょうか?」と質問している。

「幼い頃から卓球漬けだった早田ですが、決して勉強を疎かにはしなかった。遠征で忙しくてテストの点数が悪くなってしまった時には、親に『勉強したい』と申し出たこともあるほどです」(卓球関係者)

 実際、22年のインタビュー(スポンサーの積水化学工業のHPより)でも、

〈結構勉強が好きだったんです。成績はわりと良い方で、学年で6位とか上位にいました。(得意科目は)数学はあんまり…ですけど社会とか〉

 と語っていた。「社会が得意」なだけあって、先の大戦にも関心があったのだろうか。一方で、こんな説も。地方紙記者が明かす。

「実は早田の祖父は警察OBで、福岡県の警察署で署長まで務めた人。警察官には保守的なタイプも多いし、祖父から戦争の話を聞いて興味を持ったのでは」

「本人の感性よね」

 果たして、“知覧特攻発言”の真相は? 早田の祖父に話を聞いた。

――パリ五輪はご覧に?

「現地にも行った。大変やったっちゃ。もう歳も取っとるき」

――怪我もありましたが。

「そういうのは、全然知らんやったからね。とにかく結果。結果論で良かったんじゃない?」

 笑みをこぼし、質問に答えてくれる祖父。件の発言について尋ねてみると、

「映画や本とかで見たんじゃないのかな」

――おじいさまが戦争の話をされていたのか、と。

「私はしたことない(笑)。本人の感性よね。やっぱり自分がこげして、卓球を何不自由なく出来ているのは恵まれているから。それで行ってみたいっていうね」

――結構、勉強家だとも。

「どうかしらね。周りじゃない? あの子(早田)を取り囲んどる、いろんな人たち。今まで一緒に卓球してきた人に感謝する気持ち。よく、周りの人に感謝って言うやん。大谷(翔平)選手も自分でそうなったわけじゃない。置かれた環境で培われていくものですから」

――そうやって培われた感性から特攻資料館に。

「それしか考えられん。とにかく頭のいい子やね」

――中国の選手がひなさんの発言で、SNSのフォローを外したと報道された。

「捉え方も色んな人がいるから。それは十人十色。たまたま終戦の日に近かったし、一部の人は色々と考えるかもしれない。考え方も含めて言論の自由だから」

――ご自身が、特攻資料館を訪ねたことは?

「私は九州の人間やき、旅行やら行った時に、知覧に寄ったことあるけどね。1回だけ。回っているだけで涙が出てくるよね」

 思わずそう語るのだった。

 早田が帰国会見で口にしたのは、“知覧特攻発言”だけではない。早くもロス五輪への意欲を語っていた。

「本人はもっと卓球を極めたいんじゃない? 自分はまだ残したものがあると思っているんでしょうね。もう私は4年後にはロスには行けないけど(笑)」(同前)

 改めて所属先の日本生命に発言の真意を尋ねると、

「生きていること、卓球ができていることが当たり前ではないことを感じたいという純粋な思いからで、それ以上の意図はございません」

 彼女の戦いは今後も続く。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年8月29日号)

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