「趣味も将来の夢も特にナシ。彼氏はとりあえずいて…」19歳でデビュー、史上最年少でカンヌ受賞した女性監督がとらえる“ふつうの女の子”像
文春オンライン / 2024年9月5日 6時0分
山中瑶子監督 ©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会 配給:ハピネットファントム・スタジオ
もしあなたが20代なら、この映画は絶対に観てほしい。あるいはこれから20代になる人も、かつて20代だった人も。9月6日(金)に公開される『ナミビアの砂漠』は、2020年代の日本の街で生きる若者の生活や人間関係を、そのままスクリーンに映し出したような作品だ。
21歳。仕事は脱毛サロンのスタッフ。趣味は特にナシ。将来の夢も特にナシ。彼氏はとりあえずいて、泊まれる部屋がほかにもある。いつも一緒なのはケータイとタバコ(紙ときどき電子)。そんな主人公カナを、俳優・河合優実が自然に演じている。
そして、脚本と監督を務めたのは、19歳のときに初めて手掛けた『あみこ』(2017年)がベルリン国際映画祭をはじめ各国の映画祭で評判となり、一躍その名を知らしめた山中瑶子。本格的な長編第一作となった本作も、今年のカンヌ国際映画祭で独立賞の一つである国際映画批評家連盟賞を受賞しており、「若き才能が爆発した傑作」と絶賛されている。
現代を生きる “普通の女の子” カナの成長の物語
――河合さん演じるカナは、流されて生きているわけではないけれど、なにもかもに退屈していて、目先のことや、近しい人との間で起きることに煩わされてばかり。一見、無為な生活を送っているように見えるかもしれませんが、山中監督はカナをどのような人物として考えられていましたか。
山中 映画を観てくださった人のなかには、「破天荒だね」「変わった子」と言う人もいれば、逆に「友達にいる!」「私、10年前こうだった」なんて言う人もいました。私にとっては、やっぱり普通の女の子。彼女の状態はとっても普通なんじゃないかなと思っています。
20歳前後というのは、急に社会に放り出されるタイミングで、そこで自分を慣らさなきゃいけない時期ですよね。情報量も選択肢も、決めなくちゃいけないこともいっぱいあって、そういうときって自分が本当にどう思っているのか、敏感に感じ取るのが難しい。次々と起こることの対処に追われて、なんかモヤモヤしているなとはわかるんだけど、いちいち考えていると疲れちゃうしって。そういう状態は誰にでもあることだし、すごく普遍的だなって思っていました。
――カナの周りには、自信家のハヤシ(金子大地)、献身的なホンダ(寛一郎)という二人の男性がいます。作中ではそれぞれとの関係の移り変わりも描かれるわけですが、この映画は「恋愛映画」なのでしょうか。
山中 男性を乗り換える話ではあるので、恋愛映画として観ることもできるし、そのように観ていただいて全然いいんですが、私としてはカナの成長の映画。目に見えて成長しているわけではないんですけどね。自分探しのような要素もあると思っていて、そっちの方が大きいかなと思います。わかりやすく自分で言いたくはないんですけど(苦笑)。
ハヤシとホンダについて言えば、二人とも20代の男性で、違うところはあっても根っこは同じということは意識していました。同世代の男性って、みんな優しいなって思うんです。表面的には優しい。オラオラした感じはないし、昔みたいに「俺についてこい!」って人も、少なくなっているような気がします。
でも、その優しさが表面的だなってあらためて感じるときもあって。実際、表面的にでもそうあることは大事だし、内面で何を考えていても、それが表に出て加害にならなければ問題ないと思うんですけど、この映画ではそれが漏れ出る瞬間みたいなものも描いています。例えば、待ち伏せとか。ああいうのって本当に怖いですから。でも、恋愛のなかでのことだからと、たぶん本人は悪いと思ってないんですよ。そうしたズレみたいなものも念頭にありました。
『花束みたいな恋をした』と表裏のような映画?
――狭い人間関係のなかで生きているとも言えるカナですが、砂漠の水飲み場を映したライブカメラの映像(ナミビアの砂漠!)を、たびたびケータイで見ています。
山中 カナは、友達とか恋人とか、関係が近い相手のことは雑に扱いがちなところがある一方で、お医者さんや隣に住んでいる人の話は素直に聞いていたりするんですよね。誰しもそういうところがあると思っていて、それは関係が遠い相手に対しては責任を負わずにすむからなんじゃないかなと思います。ナミビアの砂漠は最も遠くて関係のないもの。カナはそこに安らぎを覚えている。
それに現代って、近くに物が溢れすぎていて、自分がなにをしたらいいのか、なにをしたいのかもよくわからない。砂漠には水飲み場しかなくて、水を飲むためだけに動物が集まっていて、すごくシンプルに見える。とはいえ、水飲み場だって人間が作った人工的なものだったりするんですよね。それをライブ配信で見せてくれる。すごく複雑だなと思います。そうやって考えて登場させたものがほかにもいくつかあるので、ぜひ観てくださる方それぞれで見つけてみてください。
――ちょっと踏み込んだ質問をすれば、作中、カナが苛立って、ハヤシに「映画なんか観てなにになんだよ」と言うシーンがありました。同世代として(取材記者も20代半ば)、いくつも頷いてしまうようなポイントがある映画だったのですが、このセリフはとても本質的だと思いました。実際、同世代にも、映画館に行くことがなければ、ほとんど映画を観ないという人も少なくなくて……。
山中 そうですね。映画館に来て、座って、上映が始まってしまえば、それこそ「自分たちの話だ」と興味を持っていただけるぐらい力のある作品を作ったという自負はあるんですけど、やっぱり来てもらうまでがすごい大変で……。
そういえば、以前に取材してくださった方に「この映画は、裏・『花束みたいな恋をした』みたいですね」と言われたことがあって、たしかにそうかも! と思いました。その人いわく「同じように現代を生きる若者の姿を捉えた作品でも、『花束みたいな恋をした』の主人公は、生きるうえで映画、小説や漫画などのカルチャーを必要としていた。『ナミビアの砂漠』の主人公はまったくそうじゃない。どちらの若者像もリアリティがあるし、表裏みたいだなと思いました」。『花束みたいな恋をした』は、もしかしたら普段は映画館に行かないような人も観に行った作品だったんじゃないかと思いますが、この映画もそれぐらいヒットしてほしいなあと思います。
撮影場所の変更、現場近くで火事…いくつもの偶然が重なった
――現場でのことや、キャストのみなさんについても聞かせてください。昨年9月末から2週間ほど東京近郊で撮られたとのことですが、撮影のなかで脚本を書き換えられたりもしたそうですね。
山中 河合さん、金子さんも寛一郎さんもそうですが、脇を固めてくれた役者含めてみんなの演技が本当によくて。それぞれが考えて持ち寄ってきてくれたキャラクター像が伝わってきたし、脚本で書かれている以上のものを出してくれました。準備稿で納得いっていなかった部分はもちろん、みんなの演技に見合うようにもっといいシーンを考えたりもしました。自分だけで考えるよりずっと豊かでした。
役者の力の話で言えば、例えば、冒頭の河合さんがただ歩いてくるシーン。脚本では「歩いている」としか書いてないわけですが、それが河合さんの歩き方一つで「はっ……」と見入ってしまったり。なんだかすごいスリリングだったんです。映画では次に喫茶店のシーンに移るんですけど、その場面を撮っているときから「これはとんでもないかも」って気持ちがありました。
それに撮影中、出来すぎなことがたくさん起きたんです。例えば、カナが働く脱毛サロンの最初に用意していたロケ地が、撮影開始2日前に急に使えないと言われちゃって。脱毛サロンがマイナスなイメージで登場することもあって、なかなか貸してもらえず、やっと見つけたところだったんです。でも、やっぱりごめんなさいと。最終的に脱毛メインではなく、いろいろな美容系の施術を行っているところを貸してもらえることになったんですけど、そこはロビーに大きな柱をぐるっと囲うようにパキッとしたオレンジのソファーが並んでいたり、施術室の緑の壁の色味だったり、SF感というか人工的な感じがあった。結果的にここで撮ることができてベストだったなと。
映画の最後のシーンも、撮影しているときに現場の近くで火事が起きていたんですね。火元から100メートルぐらいは離れていて、距離はあったんですが……。カナとハヤシが向き合うなか、いつもと違う感じがするなと思ったら、うっすらと煙が充満していた。それで雰囲気もちょっと変わって、懐かしい感じというか、泣いてしまうような感じがあって。
――すごい偶然ですね!
山中 はい。最初は困ってしまうようなことも、最後は思いがけない良い方向に転じて。そんなふうに、演技もいいし偶然は重なるしで、撮影中からみんなのなかで「なんかこの映画、すごくない?」ってムードはありました。河合さんも「ぜんぶ面白いし、楽しいけど、これでいいのかな……」とこぼしたり。映画って、すべてのシーンが面白いからといって、そのまま面白い作品であるというわけではないじゃないですか。本当にあらゆるシーンが充実していたので、逆に不安になるというか。私もそうだったんですけど、編集中にこれは素晴らしい作品だと確信が持てた。もう一度作れと言われても、できないと思います。
「映画を作っていて純粋に楽しくて、これでいいのかもと思えた」
――監督にとって今回の制作はどのような経験になりましたか。
山中 いま日本も、世界も混乱しているというか、こんなときに映画を撮っていてもしょうがないよな、みたいなことはけっこう思っていたんです。やりたいことがあって、それをやり続けられているって、恵まれていて、特に私はそうだと思うし、そこには自覚的でありたいんですけど……。
これまで私が映画作りをするうえでのベースって「苦しい」だったんです。コミュニケーションを取らないといけない人が多いし、マルチタスクだし、向いてないんじゃないかって。そうやって問題を一人で抱えるタイプだったんですが、今回はそれをやめたんです。不安を共有したり、物事を委ねるようになった。そしたら、いいことしかなかった。映画を作っていて純粋に楽しくて、これでいいのかもと思えた。これからどれだけ映画を作れるかわからないんですけど、振り返ったときに「あれがあったから」と背中を押してもらえるような、そんな転換期になったかなと感じています。
やまなかようこ/1997年生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017に入選、翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待される。本格的な長編第1作となる本作『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭の監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞した。
9月6日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
(「週刊文春」編集部/週刊文春)
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