キャッシュフローが悪く、膨大な初期投資が必要で、大規模資本しか参入できない……それでも「クラフトウイスキー」蒸留所が“10年で10倍”に増えた理由
文春オンライン / 2024年9月10日 6時0分
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〈 《マッカラン・ラフロイグ・ジョニーウォーカー…》いまや輸出金額は1兆円超! “スコッチウイスキー”が世界で人気を博し続ける“知られざる理由” 〉から続く
日本にクラフトウイスキー文化が根付いて15年超。現在では各地の小規模蒸溜所において個性あふれるクラフトウイスキー造りが行われている。独特な香りと味わいに舌鼓を打った経験のある人も少なくないだろう。しかし、そもそもクラフトウイスキーとは何なのかを説明できるだろうか。また、日本にはどのような蒸留所があるのかをご存知だろうか。
ここでは、若鶴酒造株式会社代表取締役社長であり、三郎丸蒸留所のマスターブレンダーとしてウイスキー造りに取り組む稲垣貴彦氏の著書『 ジャパニーズウイスキー入門 現場から見た熱狂の舞台裏 』(角川新書)の一部を抜粋。国内外で評価を受けるウイスキー蒸留の背景について紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 を読む)
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クラフトウイスキーとは? 注目のクラフトウイスキー蒸留所
近年、クラフトウイスキー蒸留所が急増し、日本で盛り上がりを見せています。これらの蒸留所は簡単に言えば、自前で本格的なウイスキーの製造設備を保有し、それぞれの地域に根付いて独自のウイスキーを原酒から造ろうと志す蒸留所のことです。
クラフトウイスキー蒸留所が成長することで日本のウイスキーに多様性がもたらされ、地域の活性化にも大きな役割を果たすことが期待されています。
ここからは、クラフトウイスキーとは何か、そして日本にどんなクラフトウイスキー蒸留所があるのかを見ていきます。
みなさんはクラフトという言葉にどんなイメージをもっていますか? 英語のクラフト(craft)は「手工業」や「職人的技術」「技能」といった意味なので、クラフトウイスキーと聞けば、なんとなく小規模の設備で職人的な製造者によって造られるものというイメージを持たれるかもしれません。
もともと「クラフト」のムーブメントは、1960年代中頃にアメリカの西海岸で始まっています。それが1980年代に本格化し、アメリカにおいてはクラフトビールのブームが拡がり、その流れが日本にもたらされました。
クラフトには「熟練」や「高品質」といったイメージが伴うようになり、2000年代からは大手メーカーでも製品名にクラフトという文字を使うなど、一般的な名称として認知されるようになりました(「クラフトブルワリー」や「マイクロブルワリー」といった言葉での分類が試みられたのは『ニューブルワー』誌の1987年3~4月号が最初とされています)。
アメリカにおけるクラフトビールの定義にも様々な紆余曲折がありましたが、「小規模であること」「独立していること」「伝統的な造りをしていること」という三つの要素を兼ね備えたものとされています。
日本においては明確な定義はありませんが、従来製品と差別化し、高付加価値商品として販売するための枕詞として用いられています。
地ウイスキー≠クラフトウイスキー?
日本において「クラフトビール」という呼称は、2000年代後半から、従来の「地ビール」を言い換えるものとして用いられるようになりました。
そもそも日本で「地ビール」が生まれたのは、1994年にビールの醸造免許に関わる最低製造数量基準(製造量の下限)が、2000キロリットルから60キロリットルに緩和されたことがきっかけです。それまで大手メーカーしか参入できなかったビール製造の機会が開放されたともいえます。ただし、その盛り上がりは長くは続きませんでした。わずか5年ほどの間に、地域おこしのために全国に300以上もの醸造所が乱立。値段の割に品質が伴わないビールが増えたこともあり、ブームは一気に収束してしまいます。
しかし、2000年代にアメリカのクラフトビールブームの余波を受け、地ビールブームが収束したあとも生き残っていた一部の生産者と、専門的な研鑽を積んだ新たな造り手が、本格的で特色ある造りを実践するようになります。そうして実力ある醸造所が台頭してきたことで、日本でも「クラフトビール」ブームが勃興しました。従来の“おみやげ品”としての「地ビール」から脱却し、本格的で工芸としての品質を高めるものとして「クラフトビール」という言葉が用いられるようになったのです。
こうした経緯は、ウイスキーにおいて1980年代に「地ウイスキー」ブームが収束し、2010年代からブームが再燃した姿に重なります。ただし、クラフトウイスキーのほうは、クラフトビールとその始まり方が異なっています。
ウイスキーにおいて、「クラフト」が使われる発端
ウイスキー文化研究所の土屋守先生によると、実はクラフトウイスキー、クラフトウイスキー蒸留所という言葉が使われはじめたのは2013年以降のことで、それ以前はマイクロ蒸留所、マイクロディスティラリーと呼ばれていました。そして、ウイスキーにおいてクラフトという言葉が使われる発端は、スコットランドにあったということです。
当時、スコッチには容量2000リットル以下のポットスチルを認めないという不文律が存在し、小規模のクラフトウイスキー蒸留所の参入を阻んでいました。しかし、2010年に「スコッチ・クラフト・ディスティラリー・アソシエーション」が組織され、ロビー活動を続けたことで、2012年に2000リットルの規制が撤廃されます。そして翌13年から続々とスコットランドにクラフトウイスキー蒸留所が誕生し、その波は全世界に波及していったのです。
日本の小規模ウイスキー蒸留所
日本における小規模ウイスキー蒸留所のさきがけは、2007年に創業した、ベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所です。当時は日本のウイスキーはどん底の時代であり、大手メーカーですら苦しい状況でした。ウイスキー事業はキャッシュフローが悪く、膨大な初期投資が必要で、大規模資本しか参入できないと思われていたため、無謀な挑戦ともいわれました。しかしそのような声に反して、そこからのウイスキーの人気の高まりのなかで大成功を収めます。
この秩父蒸溜所の成功こそが、その後にクラフトウイスキー蒸留所が相次ぎ設立されることにつながりました。2011年には本坊酒造が19年間休止していた駒岳蒸溜所でのウイスキー製造を再開しています。
蒸留所の新たな設立には、用地の選定から免許交付まで少なくとも5年はかかります。そのため、構想から新しいウイスキー蒸留所の設立までは少しタイムラグがあり、日本での“勃興”の動きが表面化したのは2015~16年頃のことです。このときに設立されたのが厚岸(あっけし)蒸溜所やマルス津貫(つぬき)蒸溜所、ガイアフロー静岡蒸溜所などです。
また、私が三郎丸蒸留所に戻ってきたのもちょうど2015年のことです。蒸留所復興のため2016年9月から開始したクラウドファンディングにおいても「北陸初の見学可能な蒸留所をつくり富山のクラフトウイスキーを世界に愛されるウイスキーへ!」という目標を掲げています。当時ではすでにクラフトウイスキーという言葉が日本の生産者の間で一般的になっていたことが思い出されます。
クラフトウイスキーとは何か
では「クラフトウイスキー」は、従来の「地ウイスキー」を言い換えたものにすぎないのでしょうか? 私は「地ウイスキー」と「クラフトウイスキー」は明確に違うものだと考えています。その違いは理念の有無です。つまり、「どんなウイスキーを造りたいかが明確に意識」できていて、「その実現に向かって有形無形いずれかの形で努力を続けている」かどうかが、かつての地ウイスキーからの脱却のポイントになっていると思うからです。
地ウイスキーはブームに乗る形で、ただ売るために、ウイスキーであればなんでも良しとされ造られていたように感じます。そこに理念はなく、仕込みも漫然と行われていたのです。それらとは違い、ここでいうクラフトウイスキー蒸留所は、まず「どんなウイスキーを作りたいか」を明確にします。そのうえで、一時のブームとしてではなく、文化として根付かせるためにたゆまぬ努力を続けていかなければなりません。
日本でウイスキー発展していくためには?
最近ではクラフトウイスキーを標榜しながら、地ウイスキーのような造り方をしているウイスキー蒸留所が増えてきていることも事実です。地ウイスキーの二の舞にならないように、品質を担保しつつ多様性をもちながら発展していくためには、蒸留所同士の技術交流やウイスキーファンの開拓に向けた連携が必要です。
クラフトウイスキー蒸留所のなかには、本坊酒造やベンチャーウイスキーをはじめ、世界的な販路をもち、製造規模も大きな「メガクラフト」に成長したメーカーも現れています。しかし、スコッチ産業に比べると、日本のウイスキーは規模、歴史ともにまだまだ遠く及びません。
サントリー、ニッカ、キリンなどの大手メーカー、そしてメガクラフト、クラフトウイスキー蒸留所たちが連携し、ジャパニーズウイスキーのブランド化を図っていくことが、日本のウイスキーが次の100年を迎えるために必要ではないでしょうか。
(稲垣 貴彦/Webオリジナル(外部転載))
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