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「ババアいやだ。チェンジ」“セクハラジジイ”を担当した介護ヘルパー…「食べかけの唐揚げ」を食べさせられても“仲良く”していた理由

文春オンライン / 2024年9月8日 6時0分

「ババアいやだ。チェンジ」“セクハラジジイ”を担当した介護ヘルパー…「食べかけの唐揚げ」を食べさせられても“仲良く”していた理由

写真はイメージ ©getty

 いわゆる“セクハラジジイ”を担当することになった、介護ヘルパーの佐東しおさん。ときには半分食べかけの唐揚げを食べさせられることも。それでも彼女が逃げ出さなかった理由とは? 新刊『 介護ヘルパーごたごた日記――当年61歳、他人も身内も髪振り乱してケアします 』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

◆◆◆

セクハラジジイ

 身体介護スキルが高いのは、施設勤務者だと思う。訪問介護は、生活援助が多くなりがちだ。それを卑屈に思ってはいないものの、何かの本で「生活援助こそ高いスキルがないと難しい仕事だ」とあるのを読んで、涙が出るほど嬉しかったのも確かだ。

 登録ヘルパーにはお気楽な部分がある。移動時間は就労時間にカウントされないから収入面では厳しいが、その移動中、買い物や銀行への立ち寄りといった私用ができる。

 ニコサン(筆者が登録する訪問介護事業所)の時給は「生活援助」1400円、「身体介助」1800円。悪くないと思われるかもしれないが、勤務先が飛び飛びになるので移動時間がバカにならない。片道30分かかれば、時給は半分だし、移動時間をかけたうえに30分の仕事という場合もある。今は週5回出勤しており、2件の日が3日、4件の日が2日だ。このくらいの出勤だと月収は7万円ほど。

 仕事場へは直行直帰だし、事務所にも月1回のヘルパー会議のときと、月末を含む数回、記録書を持っていけばいい。ニコサンは家から徒歩10分、近いのもいい。基本、一人での勤務なので、同僚との人間関係に悩むことも施設勤務者よりは断然少ない。

 でも、一人だからこその怖さもある。訪問時、利用者が亡くなっていたり、瀕死状態だったりしても、一人で直面しないといけない。

 それ以外の問題でもっとも頻度が高いのがセクハラだ。

「赤名さんのところ、佐東さんが行ってくれない? セクハラ騒ぎを起こすから、私が行ったら、『ババアいやだ。チェンジ』ですって。ヘルパーをなんだと思っているのかしら」

 私より10歳上の栗林さんが怒っている。

 赤名勉一郎さん(仮名)は85歳、要介護1。体が大きく、調理中のヘルパーが振り向くと、ぴったり後ろに立っていることが多いという。触ってくるわけではないし、シモネタ話をするわけでもない。だけど、怖くてもう行きたくないと担当が次々替わってきた。

 なるほど。私には色気も美貌もないし、押し倒されないほどの身長(167cm)もある。チェンジされてもめげないメンタルもある。適任だ。

 仕事は、買い物と料理と掃除と洗濯だが、問題は料理だった。初めての訪問日、台所を見て、途方にくれた。

 ガスコンロもIHもない。小さな電気コンロがあるが、火力も弱く、口は一つだけ。その横にキッチンに不釣り合いな、真っ赤な圧力鍋が置かれている。小さな電気コンロひとつで悪戦苦闘する私を、赤名さんは冷ややかに眺めていた。

 私が作った料理を平らげた赤名さんはマスカットをつまんでいた。私が横で洗濯物を片付けていると、私の口にその1粒を突っ込んできた。完全なセクハラだと思うけど、そのまま食べた。赤名さんはその日初めてウフウフと笑った。

 そのせいだかわからないけど、赤名さんは私をキャンセルせず、継続して訪問することになった。

 ヘルパーたるもの、利用者をニックネームや「ちゃん」づけなどで呼んではならない。姓に「さん」づけで呼ぶことが一般的だ。

 でも、デイサービスなどでは本人の希望を聞いて、下の名前で呼ぶことがある。

 うちの母も、入院中、看護師たちに「ちゃん」づけで呼ばれて喜んでいた。

 私は、女性利用者は下の名前に「さん」づけで呼ぶことが多い。認知症の人は、数回行っても、初めてと思われることがある。だけど、下の名前で親しげに呼びかけると、「以前にも会ったことがあるかも」と思ってもらえる。

 男性の場合、下の名前で呼ぶのは抵抗があり、姓で呼んでいる。だけど、赤名さんの下の名前が面白い。

「べ、べんいちろう、さん?」

「つとむいちろう、だ」

 赤名さんは、この名前をつけた親を恨んでいる。友人知人は赤名さんのことをアカナベと呼ぶらしい。

 赤名さんの部屋は、市営アパートで、市営の中でもとくにボロで、市としてはいずれ取り壊したいので、空き部屋に新たな住民を入れないし、修繕もしない。

 そのせいか家賃は1万円を切っている。赤名さんの部屋にはエアコンもない。それでも食べ物にはお金を使っている。

「ここにセクハラじいさんがいまーす」

 ある日、料理はいいので弁当を買ってこいと連絡があった。

 私が買っていった弁当を食べながら言う。

「おいしいものが食べたいのに、何を食べてもおいしくなくなってる。あんたが口移しで食べさせてくれたらおいしゅうなるかも」

「おまわりさーん、ここにセクハラじいさんがいまーす」

 おどけてそう言うと、赤名さんはおかしそうに笑いながら、半分かじった唐揚げを私の口に持ってきた。

 ええいっ! 潔癖症の私がそれを食べた。断ればきっとぐずぐずと文句を言う。

 それを聞くのも、行動を諭すのも面倒だった。咀嚼もしないで飲み込んだ。赤名さんは笑わず、あごで押し入れを指した。

「あそこ。開けろ」

 見ると大きな箱がある。

「持って帰れ」

「なんですか」

「圧力鍋だ。わしのと同じの」

 ヘルパーは利用者からものをもらうことはできない。いや、実際は少しならもらうが、これは高額すぎる。バレなければいいけど、赤名さん、口軽いかもしれないし。それにどうせもらうなら、家電ショップにある有名メーカーのがいいんですけど。

「うちにあるのと同じだから、わしはいらん。もう返品もできんし、あんたがこれで調理がうまくなったら、わしも助かるし」

 結局、もらうことにした。私はそれから赤名さんをアカナベと呼ぶことにした。

〈 「現金があると知ったら、親族がたかってくるんじゃ」資産額2億円…ボロボロの市営アパートに住む「セクハラジジイ」の驚きの正体 〉へ続く

(佐東 しお/Webオリジナル(外部転載))

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