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「現金があると知ったら、親族がたかってくるんじゃ」資産額2億円…ボロボロの市営アパートに住む「セクハラジジイ」の驚きの正体

文春オンライン / 2024年9月8日 6時0分

「現金があると知ったら、親族がたかってくるんじゃ」資産額2億円…ボロボロの市営アパートに住む「セクハラジジイ」の驚きの正体

筆者が介護ヘルパーとして出会った「セクハラジジイ」こと「アカナベ」の驚きの正体とは? 写真はイメージ ©getty

〈 「ババアいやだ。チェンジ」“セクハラジジイ”を担当した介護ヘルパー…「食べかけの唐揚げ」を食べさせられても“仲良く”していた理由 〉から続く

 ボロボロの市営アパートに住み、ヘルパーの間では「セクハラジジイ」と噂の高齢者。ところが彼の人生を深堀りすると、“意外な過去”が明らかに…。介護ヘルパーとして彼を支えた、佐東しおさんの新刊『 介護ヘルパーごたごた日記――当年61歳、他人も身内も髪振り乱してケアします 』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

「セクハラジジイ」の驚きの正体

「ん? その名前、たしか太陽モーターの経営者じゃろ」

 夫が驚いたように言う。

 私たちの仕事には守秘義務がある。個人名など家族にも話したことがなかったが、つい「アカナベ」という呼び方の由来を言ってしまったときのことだ。

 太陽モーターはこのあたりに数店舗を構えていたカーディーラーで、10年ほど前にすべての店が閉店していた。

「自動車だけじゃなくて、貸し事務所なんかも手広くやっていたから、不動産物件もいくつか持っていたはずじゃろう」

 そんな会社の元社長がなぜ、今はエアコンもないアパート暮らしなのか。

 その話を聞いた数日後、アカナベに「太陽モーター」と言ってみた。大きな目が見開かれた。

「なんじゃ、知ってしもうたんか。あんたんとこの聞き取りでも隠しておいたのに」

「珍しい名前ですし」

「あのな、2億。たった2億や。店やビル、全部整理して2億しか残らんかった」

「2億!? それがなんでこんなとこ住んでんですか?」

 思わず失礼なことを叫んでいた。

「たった2億でもな、現金があると知ったら、親族がたかってくるんじゃ。それにな、店をやめたときにはまだ妻が生きていたから、旅行しようと思ってキャンピングカー買った。釣りをしてのんびりしようと思って、船と海辺の家を買った。そんなもんでなくなるもんじゃ」

 そう言いながら、私の太ももを撫でた。

 セクハラジジイは、胸やお尻をさわらぬ程度の節度はあった。だけど、太ももには手が行くようになっていた。そのうえ、ときどき手にチュウをする。怒りまではいかないけど、やっぱり嫌だ。アルコールふきんが欠かせない。

「この年になりゃあ2億もいらんもんじゃ」

「超豪華な老人ホームに入れば、毎日ご馳走を食べてすごせるじゃないですか」

「ここで上等じゃ。うまいもんはその鍋の中にあるけえ。今日はわしが作っといた。食べてみんさい」

 真っ赤な圧力鍋をあけると、豚の角煮があった。肉屋に電話して、豚バラブロックを持ってこさせたらしい。

「味のポイントはのぉ、みりんを1瓶みな入れることじゃ」

 狭いキッチンに500mlのみりんの空きビンがある。なんという恐ろしい料理と思ったのに、食べてみるとおいしい。

「じゃろ。2億のうてもうまいもんは食えるんじゃ。あと、わしがやりたいことはバス旅行じゃ。テレビでよぉ宣伝しとろー、九州の温泉。バスで連れて行ってくれるのがあるんじゃげな。支えてくれる人さえおりゃ行ける思うんじゃ。一緒に行こうや。そんぐらいの金は残っとる」

 そう言ってまた太ももに手を伸ばす。

 そこへ訪問看護師さんがやってきた。今日は時間変更があったようだ。医師も同行していた。

「赤名さん、決心つきませんか?」

「決心はついとる。脚の切断もせんし、透析もせん」

 アカナベは閉塞性動脈硬化症で、医師から脚の切断と人工透析を勧められている状況らしい。

「脚がのうなると、ここには住めん」

 アカナベの住まいはエレベーターなしの2階だ。

「透析しとる仲間はほどのう死んだ」

「透析したから亡くなられたわけじゃありません。透析をしたから生きられたとは思いませんか」

「わしの気持ちは変わらん」

 もし、2億円があれば、高級老人ホームに入りつつ、医療ケアを受けられただろう。だけど、あの豚の角煮には出合えていない。何を食べてもうまくないと、高級品を取り寄せてはため息をついていたアカナベが、自分が作った豚の角煮はうまいと食べた。お金がないから出合えるものもある。

「うちの奥さんはまだ70代のとき、いきなり死んだんじゃ」

 医師が帰ったあとでアカナベが言う。

「いつかは死ぬのなら、苦しゅう生きとうないじゃないか」

「でも今も、もう十分苦しいんじゃないですか。治療をお勧めします」

 私がそう言っても、アカナベはうんと言わなかった。

 主治医ですら説得できないものを、私の言葉で気が変わるとも思えない。それでも訪問するたびに治療を勧める。

 あるとき、アカナベがしんみりとつぶやいた。

「うちの奥さんはまだ70代のとき、いきなり死んだんじゃ。朝起きたら、隣で死んどった。わしはあいつのこと、許せんのじゃ。わしをおいて、さよならも言わんと逝ったこと、怒っとる。でも、わしは、最期にありがとうも言ってやれんと逝かせたことを怒っとる。誰にもありがとうも言われんと死んでいくんは、さびしいじゃろうな。なあ、わしが逝くときは『ありがとう』ってそばで言ってくれんかな」

「よっしゃ。まかしとき」

「軽いやつじゃのぉ」

「その前に、治療を受けたらいかが?」

「治療はええ。でも死にかけたら電話するけ。すぐに来い言うて電話するけえの」

 本人の決心が揺るがないのなら、来るたびにしつこいことを言う介護ヘルパーは気持ちがふさがないか。もしかしたら、残り少ない時間になるのなら、1分も無駄なく楽しいほうがいいんじゃないか。私はいつも揺らいでいる。

(佐東 しお/Webオリジナル(外部転載))

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