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「本当は寂しいよね、友達欲しいよね、と同情された」ひとりに理由が必要なのか? 他者の言葉に感じた"違和感”

文春オンライン / 2024年9月8日 6時0分

「本当は寂しいよね、友達欲しいよね、と同情された」ひとりに理由が必要なのか? 他者の言葉に感じた"違和感”

『灯(あかり)』(乾ルカ 著)中央公論新社

〈あの日、ひとりで外を眺めた時からずっと、私は『夜間街光調査官』に焦がれている〉

 相内蒼(あいうちあお)がその仕事を初めて知ったのは小学校4年生のとき。同じクラスの米田から、俺のお父さんは、日暮れどきから夜明けまで、1時間ごとに電気がついている家の数を数える仕事なんだ、と聞かされた。蒼は、母のいないひとりの夜に、部屋を暗くして、街の灯りを見た。〈これが自由だと、その時分かった〉。

「子どもの頃に通っていた公文式の教室がマンションの7階にありまして。教室は嫌でしたが、帰り際、共用廊下の窓から見える札幌の夜景がすごく好きで、ひとりでずっと見ていました。私のなかで夜景はひとりで見るもの。そんな思い出と、ひとりで出来る仕事を考え合わせて創作したのが『夜間街光調査官』でした」

 青春小説を数多く上梓してきた乾ルカさんの新刊『灯』の主人公・蒼は、ひとりが好きで、誰かと一緒にいることが苦手だ。母のめぐみは、シングルマザーで、多忙な起業家。運営するレストランで、困窮する家庭の子どもに食事を出す間、蒼はひとりで夕食を摂る。社交的ではない娘に、自立を促すように、母は諭す。〈1人ってことは、出会いがない、好きな子と一緒にいられないってことだからね〉。「ひとりでいることはネガティブに捉えられる」。これこそ乾さんが違和感を抱いてきたことだった。

「“蒼は他人との付き合いに疲れるからひとりを選ぶんですよね”と仰る方がいて。ひとりでいるには理由が必要なのかと改めて思いました。私も好きでひとりでいたいのに、でも本当は寂しいよね、友達欲しいよね、と同情された。徹底してひとりじゃなきゃ嫌だ、そこに理由なんてない、という主人公を描いてみました」

 高校生になっても、蒼はひとりだ。教室ではスマホを見たり本を読んで過ごす。それが快適なのだ。そこに思わぬ再会があった。ひとりは小学校の同級生、坂本冬子。彼女は蒼を女子グループに引き込んでいく。

「本当は冬子を鬱陶しく書こうと思っていたんです。私自身が構われるのが鬱陶しかったので。でも書いていくうちに、冬子がどんどんいい子に思えてきた。彼女によって、人との触れ合いや世界を広げることの大切さを教えられて。冬子がいたら私の高校生活も楽しかったかもしれません(笑)」

 そして、もうひとりが米田。彼は定時制に通いながら、野球部のエースだ。

「何年か前に、札幌南高校の定時制に通う生徒が野球部のエースピッチャーになったという話を知り、定時制と全日制の生徒が同じ目標に向かってともに練習する、そういうことができるかもしれないと思ったんです。朝早くから働いて、高校に通う米田も、同世代の中では少数派だと思うんですよね。彼だったら蒼を理解できるかもしれないとも」

 10年以上負け続けという野球部に興味を持った蒼は、冬子とマネージャーとなり、一勝を目指して米田たちと奮闘することに。冬子は〈米田くんのこと、好きなの?〉と言うが、それがどうして好きになるのか、蒼にはわからない。

「蒼は自意識過剰どころか、自意識肥大で、手を差し伸べてくれる人のこともわかろうとせず、これから苦労するはず。でも、どうしても変えられない自分の核が誰にでもあるし、一方で、自分と違う価値観があると気づくのも大事だと思うんです。だから、この小説は、あの頃の私に読んでほしい。読まないでしょうけど(笑)」

 出会いを経て、蒼は自らの将来を決断する。それは私たちのいつか来た道だ。

いぬいるか/1970年、北海道生まれ。2006年、「夏光」でオール讀物新人賞を受賞。10年『あの日にかえりたい』で直木賞候補、『メグル』で大藪春彦賞候補。著書に『おまえなんかに会いたくない』『水底のスピカ』『花ざかりを待たず』『葬式同窓会』など多数。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年9月12日号)

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