ラーメン御膳が2600円、焼いたタラバガニの脚は1本6000円…外国人観光客向けの「インバウン丼」の実情を実食ルポ!
文春オンライン / 2024年9月10日 6時10分
© momo.photo/イメージマート
外国人を主要ターゲットとした飲食店での価格高騰が目立つ。ある施設での一例をあげるとラーメン御膳が2600円、焼いたタラバガニの脚が1本6000円など、数々の高額メニューが用意されているそう。いったいどれほど豪勢な料理を味わえるのか。
ここでは、城西国際大学で観光学部で教授を務める佐滝剛弘氏の『 観光消滅 観光立国の実像と虚像 』(中公新書ラクレ)の一部を抜粋。2024年2月、豊洲に新しく開業した観光施設「豊洲 千客万来」で提供されるメニューを実際に食したもようを紹介する。(全2回の1回目/ 続き を読む)
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食の価格までもが高騰する
富裕層は、ホテルのみならず食事にも金に糸目をつけない。
それは伝統的な寿司や鰻だけでなく、“外来食”のラーメンやカレーライスにも及ぶ。日本人の多くがラーメンや昼の定食について「1000円の壁」と言っているうちに、外国人が主要な客層の店では別の意味の「価格破壊」が起こっている。いまやスキー客の9割以上が外国人と言われる北海道・ニセコのレストランの価格を見ると、ハンバーガーが2000~2500円、ラーメンもごく普通のもので1500~2000円ほどで、観光地値段というよりは外国のリゾート値段である。
コロナ前から外国人に人気のあった東京・築地市場。コロナ後に市場が豊洲に移った一方、築地場外市場の店舗の方はそのまま継続しているものも多く、ともに外国人観光客の人気訪問先となっている。豊洲では2024年2月に新たな観光施設「豊洲 千客万来」がオープン。海鮮丼や本まぐろ丼が1杯7000円前後、焼いたタラバガニの脚が1本6000円など、強気の価格設定の店がいくつもある。「インバウン丼」などと揶揄され、盛んに報道されていることはすでによく知られているだろう。
もちろん、私たちも海外に行き、そこでしか食べられない本場のものに出会えば、高くとも喜んでお金を払う場合はある。観光は「非日常」に身を置く行為であり、普段とは異なる金銭感覚で支出するのは当然だ。まして、ニセコも豊洲も一般的な日本人にとっては「日常」でなく、ある程度高いのはやむを得ない面もある。筆者も、ハワイのワイキキで3000円を超す有名店のパンケーキを行列に並んで注文した経験がある。ホノルルのダウンタウンに行けば価格はかなり庶民的になるとわかっていても、やはりワイキキで食べたいのが観光客というものなのである。
インバウン丼を実体験!
そこで、その噂のインバウン丼なるものが果たしてどのように受け止められているのか、「千客万来」の開業から1か月ほどした2月末に同施設を訪れてみた。平日の昼前の時間であったが、館内はかなりの混雑。しかし、意外にも外国人観光客の数は少なく、全体の1~2割程度である。
寿司屋、海鮮食堂、シーフードバーガー屋に肉料理の店……食事処が中心だが包丁の専門店などもあって、バラエティに富んだ店を巡る楽しさがある。海鮮丼を提供する店もいくつかあったが、群を抜いて目立つのは、3階の「フードコートよりどり町屋」に入っている専門店である。メニューは、本マグロ丼が6980円(税込み)、海鮮ちらし丼が6400円。普段高くても1000円以内にランチを抑えている筆者にとっては、バンジージャンプにチャレンジするくらいの勇気が必要な金額である。
よく見ると、他にも「本マグロと真鯛の紅白丼」(3600円)といった若干リーズナブルなメニューもあるし、さらに2000円台の丼も数種類見つけた……と思ったらそれらのほとんどはミニ丼だった。観察していると、6000円を超す丼を注文する人はいない。ミニ丼を注文する人はちらほらいるが、ラーメン店のミニチャーシュー丼などよりも小ぶりでとても食事にはならない。おそらく他の店のテイクアウトなどと組み合わせて食べるのだろう。
そこで気づいたことがある。6000円を超す丼があることで他のメニューが相対的に安く見えるのではないかと。普通ミニ丼を1500~2000円も出して食べないと思うが、6000円を超す丼を出す店のミニ丼なら、モノは試し、食べてみようかという、「撒き餌」になっている可能性がある。
それでも筆者は初志貫徹、訪問前から注文すると決めていたこの6400円の海鮮ちらし丼を食べてみた。もちろんおいしいが、食べきれないほどネタがのっているわけでもなく、他の店ならほぼ半額で似たメニューを食べられる。もっと言えば、現在勤務している学部の移転前の所在地である房総半島・鴨川市では、有名店でも2000円台で新鮮な海鮮丼が食べられる。もちろん、それらと別次元の価格だからこそ、「インバウン丼」などと呼ばれているのであるが、「豊洲 千客万来」には、ほかにも「究極の蛤らぁ麺御膳」(2600円)や、本マグロそば(1580円)といった他ではなかなか見かけないメニューもある。普通のものが高いニセコと違い、珍しいものがそこそこの価格であることに納得できるのなら、日本人でも楽しめるスポットだと感じた。
豊洲市場から新橋駅へ戻る帰路のバスからは、築地場外市場の賑わいが目に留まる。築地は豊洲とはうって変わって、客の実に8割程度が外国人である。カニの脚やステーキ串など、その場ですぐ食べられるものを出す店が多く、こちらの値段もなかなかだ。第一章でも触れたが、2口くらいで食べられるサーロインの串が1本5000~6000円する。築地に本店がある「築地うに虎」では、ウニとマグロのトロがこれでもかとのる豪華丼「皇帝」に、1万8000円の価格がついている。これこそ究極の「インバウン丼」であろう。
一般の日本人の感覚で言えば、魚介類は市場やその近くで食べれば、新鮮で安いのが相場だ。だからこそ、わざわざ旅先で市場メシを堪能するのである。しかし、外国人が押し寄せる築地は、食べ歩きに供されるメニューも含め、多くの店が「インバウンド価格」になった。築地や豊洲は、庶民の台所ではなく、非日常の贅沢を味わう場所に変貌してしまったのである。これが、観光立国政策によって日本にもたらされた変化だとしたら、私たちはかなり高い代償を支払っていることになりそうだ。
乗っ取られる「外食」の場
いまや外国人観光客は限られた高級観光地だけに来るわけではない。金沢も高山も、そして京都も日常と非日常が交わる場所に外国人観光客はやってくる。そのため通常の店も価格設定が高い方向に向かうことは容易に想像できる。おそらく、外食の価格は多くの日本人のニーズに合うよう、安さを売りにしたこれまで通りの価格の店(といっても物価の全般的な上昇で、以前よりは高くなっているが)と、外国人がやってきて高くても成り立つ、いや高いからこそ満足感を上げる店舗へと二極分化していく可能性があるし、すでにそうなり始めているともいえる。
とはいえ、外国人観光客もすべてが富裕層ではない。先ほど述べたようにビジネスホテルのチェーン店などにもインバウンドがかなり押し寄せていることを考えると、彼らが夕食を摂るのは高級店ではなく、ホテル周辺の住民が日常使いするお店や居酒屋ということになる。そして実際、そうなっている。
一般に私たちが地方に旅行や出張に行った際、ビジネスホテル近隣の居酒屋などに行くことはよくある。地元の客で盛り上がっている中、カウンターでその話し声を断片的に聞きながら店主やママと世間話をするのは、旅のある種の醍醐味でもある。地元の人にとっても旅行客が来てくれて一緒に話をする機会があれば、それはそれでちょっとした刺激となるであろう。ただし、それはあくまで地元の人が「主」、観光客が「従」となっている場合の話である。
あるとき、京都駅の南側、八条口周辺に2010年以降次々と建ったホテルの増加ぶりを調べた。大半がビジネスホテルでレストランを持たないところが多く、八条口自体が以前は観光客がほとんどいないエリアだったため、観光客向けの飲食店は少ない。必然的に観光客はこれまで地元の人が通っていた飲食店に繰り出すことになる。そこで起きたのは、地元の人が店に入ろうとしても宿泊客でいっぱいになってしまい入れなくなる、あるいは待たされるという事態である。こうなると、地元の人にとっては、観光客は招かれざる客になってしまう。
〈 「万博以降、関西は経済的に地盤沈下が著しい」観光の専門家が明かす“大阪・関西万博”の“真の懸念点”とは 〉へ続く
(佐滝 剛弘/Webオリジナル(外部転載))
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