「冗談じゃない。社長なんてやめた!」父が亡くなり町工場を継いだ女性が激昂した、取引銀行の支店長の“失礼すぎる一言”
文春オンライン / 2024年9月13日 7時0分
諏訪貴子さん @稲垣純也
町工場を営む家の次女として生まれ、当時32歳の主婦だった諏訪貴子さん(53)は、先代の後を突然継ぐことになった。亡くなる直前、父・保雄さんは病院のベッドで苦しみながらも、貴子さんの目を見つめてこう言ったという。
「頼むぞ」
ここでは、その後の貴子さんが社業を復活させ「町工場の星」と言われるまでの10年の軌跡を振り返る『 町工場の娘 主婦から社長になった2代目の10年戦争 』(日経ビジネス人文庫)より一部を抜粋。社長就任後に早速ぶつかった"ある事件"とは――。(全2回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
取引銀行の支店長から「お前、本気で頑張らなきゃダメだぞ」と言われ…
社員や取引先に後押しされ、私は2004年5月にダイヤ精機の2代目社長に就任した。
だが、その矢先、出鼻をくじかれる“事件”が起きた。
社長就任を決め、姉とともに取引銀行に挨拶に行った時のことだ。
「私がダイヤ精機の社長になります。今後ともよろしくお願いいたします」
そう告げた瞬間、支店長の態度が変わった。
「社長? 大丈夫なのか? あのな、お前、本気で頑張らなきゃダメだぞ」
「お前……?」
その言葉を聞いて一気に頭に血が上った。
「ちょっと待って。なんでわざわざ挨拶に来たのに『お前』呼ばわりされなくちゃいけないんですか。失礼でしょう。冗談じゃない。ああ、もうやめた、やめた! 社長なんてやめた!」
席を立とうとした私を姉が慌てて止めた。
「まあ、まあ待って。ちょっと落ち着いて。支店長さんは悪意があって言っているわけじゃないんだから。『これから大変だけど頑張れ』と励ましてくださっているのよ」
私はそっぽを向いて黙ったままだった。
私たちはその日、銀行に父の社葬の手伝いを依頼するつもりだった。
父はダイヤ精機社長というだけでなく、東京商工会議所の大田支部会長も務めていたから、葬儀には大勢の参列者が来ることが予想された。ダイヤ精機の社内に社葬を取り仕切るノウハウはなく、人員も不足している。唯一、頼れるのが取引銀行だった。
険悪なムードが漂う中で、姉はその場を必死で取りなし、憤然とする私の横で支店長に社葬の手伝いを依頼していた。何とか引き受けてもらうと、早々にその場を立ち去った。
その後、銀行に出向く機会はなく、支店長とも顔を合わせることのないまま、社葬当日を迎えた。
京浜急行平和島駅近くの斎場に行くと、既に銀行のスタッフが受付に就いて弔問客を出迎えてくれていた。先日、ケンカした支店長が受付の真ん中に立って部下に指示を出しているのが見えた。
気まずい思いで一瞬足が止まった。だが、支店長は私に気付くとさっと駆け寄ってきて深々と頭を下げた。
「社長、このたびは大変ご愁傷様でした。本日はできる限りのことをさせていただきます。どうぞお任せください」
完璧な挨拶。「負けた」と感じ、悔しかった。
「今日はお手数をおかけして本当に申し訳ありません。どうぞよろしくお願いいたします」
精一杯、そう返した。
父の突然の死から1カ月余り。「悲しい」と感じることすらできない怒濤の日々を過ごしていた私だが、その日、父の好きな青色の花で埋め尽くされた祭壇の遺影を見て初めて「父が亡くなってしまった」ことを実感し、涙がこぼれた。
「半年で結果を出す」と啖呵
社葬の日の和解で銀行とのギクシャクした関係は解消したかに思えたが、そう簡単にはいかなかった。
数日後、会社に再び支店長と担当者がやって来た。
何の用事だろうと訝りながら社長室に通すと、2人はすぐに話を切り出した。私が社長に就任したばかりのダイヤ精機に、いきなり合併話を持ちかけてきたのだ。
相手は東京都内でダイヤ精機と同じように精密加工を手がけているメーカー。売り上げ規模や従業員数もほぼ同じだ。
「ここと一緒になれば、売り上げは2倍になり、事務部門の縮小でコストが削減できます。メリットは大きいですよ」
担当者はそう説明した。
だが、日産自動車など大手企業を取引先に抱えるダイヤ精機と比べ、先方の会社の取引先は中小規模の企業が中心。あまり魅力は感じられなかった。
そんな中で、支店長がとどめの一言を発した。
「社長には、お辞めいただきます。合併後の新会社社長には、先方の社長に就いてもらいます」
また一気に頭に血が上った。
「どういうことですか?」
銀行は、ついこの前まで主婦だった私に社長の仕事を担う力量はないと判断していた。
そして、その私がトップに立ったダイヤ精機は、もはや単独では生き残れないと見限った。
表面上は対等合併であっても、実態は相手企業によるダイヤ精機の吸収合併のようだった。国内随一の超精密加工技術を持つ職人だけを取り込み、それ以外の人員は大幅にリストラされてしまうだろう。
私に辞めろと言うのは構わない。だが、社員が不幸な境遇にさらされるのは絶対に御免だ。
「冗談じゃありません」
銀行の提案を一蹴した。
「ダイヤ精機にとって、この合併は全くメリットがない。お断りします」
だが、なおも支店長と担当者は「経営悪化が止まらないダイヤ精機はもはや単独では事業を継続できない」「合併しか生き残る道はない」と説得してきた。押し問答が続いた。
「わかった。とにかく半年待って。それまでに結果を出すから。良い結果が出なかったらあなたたちの好きなようにしていい。ただし、結果が出たら単独でやらせていただきます」
最後はそう啖呵を切って2人を追い返した。
バブル崩壊後、ダイヤ精機は景気低迷の影響を受け、売上高はピークの半分以下の約3億円まで落ち込んでいた。にもかかわらず、社員数は27人とバブル期とほぼ同じ。経営難は深刻だった。
そうした中で、創業者の後を継いだのは主婦だった娘。周囲は「あの会社はもうダメだ」「このままいけば倒産する」と噂した。銀行としても手をこまねいているわけにはいかなかったのだろう。
身売りを提案され、ダイヤ精機に対する評価の厳しさ、私自身の社会的信用の低さを痛感した。
「一刻も早く業績を立て直さなくては……」
残された時間は少なかった。
〈 「何てことをするんだ、このやろう」社員全員が敵になった…元主婦の女性社長が父の会社を継いで1週間で“5人のリストラ”を決めたワケ 〉へ続く
(諏訪 貴子/Webオリジナル(外部転載))
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