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「中国のチケットは高い。日本の方が安いんだ」W杯予選を“アウェイ席観戦”したら現代中国のリアルが見えてきた!

文春オンライン / 2024年9月8日 11時10分

「中国のチケットは高い。日本の方が安いんだ」W杯予選を“アウェイ席観戦”したら現代中国のリアルが見えてきた!

中国代表の応援団、龍之隊球迷会。大陸からやってきました ©︎安田峰俊

 9月5日17時20分、私は東京メトロ南北線の車内で凄まじい帰宅ラッシュに耐えていた。退勤時のサラリーマン特有の、胃の悪そうな臭いと疲れたオーラが車内に充満していてしんどい。だが、この日の車内には普段とやや異なる光景があった。期待にあふれた明るい表情を浮かべる青い服装の人たちが、さながら地獄に咲く花のように混じっていたからだ――。

 彼らはみんな“私と同じく”、この日の夜に開催されるサッカーW杯予選の日本代表戦を見に行く人たちであった。

 なお、私は2018年のW杯の際にこんな記事( 『私がW杯日本代表を応援しない超個人的でチンケな理由について』 )を書いたくらい、サッカーに興味がない。当時と比べると、体調維持のために運動習慣を持ったのでスポーツ自体への嫌悪感は薄れたが、かといってW杯に興味があるかと聞かれたら全然ない。私にとっての日本代表チームは、クリケットのバングラデシュ代表と同じくらいには謎の人間集団である。

 そんな私が、なぜ大会予選会場の埼玉スタジアム2002に向かっているのか。理由は他の中国オタク数人(すべて日本人)と一緒に「中国代表をアウェイ席で応援するため」だ。

国際試合「中国代表」を応援する味わい

 そもそも、私たちが「日本で中国代表チームを応援する」という奇行にはしるのは今回が2回目だ。前回は2023年3月、東京ドームでおこなわれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選最終日の韓国vs中国である。その観戦があまりにも面白かったのだ。

 中国における野球はマイナースポーツで、国民の関心は低い。なので球場の中国側席では、見に来ている中国人ファンですら野球のルールをわかっておらず、応援の方法も知らなかった。そんな国なので、野球中国代表もとても弱い。

 私たちの観戦当日、韓国代表は予選敗退が決定している大会にストレスが溜まっていたのか、中国の内野守備の弱さにつけ込んで7点差でもバントヒットと盗塁を連発するという鬼畜のプレーを積み重ね、最終的に22-2(5回コールド)で完勝。だが、中国のファンたちは、試合後に選手たちを拍手で見送り、なんだかとても優しい世界が広がっていたのだった。

人民レッド、FIFAランキング87位

 いっぽう、野球とは異なり中国のサッカー人気はかなり高い。習近平のサッカー好きも有名だ。ただし、中国代表はいまいち弱く、FIFA世界ランキングは87位(今年7月18日更新。なお日本は18位)。資金力はあるはずなのに、長年なぜか強くならない哀しきチームである。

 とはいえ、私の乏しいサッカー知識からすると、2002年の日韓共催W杯では本選出場を果たしていたはずである。サムライブルーに対抗して人民レッド。きっと彼らは底力はあると思う、たぶん。

 すくなくとも、野球と比べればいい試合をするはずだろう。なにより、サッカー好きが多い中国サポーターがどんな人たちなのかを見てみたい。そこで私たちは、W杯予選の日本開催のチャンスに飛びつき、再び中国代表を応援しに行くことにしたのである。

 私は愛用の中国メーカー・リーニン製の「中国」シャツを着用、さらに友人が真っ赤な中国代表ユニフォーム2着と巨大中国国旗2枚を準備し(なんでそんなの持ってるんだ)、女性2人はチャイナドレスで来た。

 誰もサッカーのことはよくわからないが、私たちはいま間違いなく、わが国でいちばん中国を愛している日本人である。今月18日に出る自分の著書のタイトルが 『中国ぎらいのための中国史』 (PHP新書)だったことはひとまず忘れよう。

「中国必勝」シャツと漢服の夫婦発見!

 東川口駅で下車して、一緒に観戦する友人たちと合流すると、ちらほら中国サポーターの姿も目につきはじめた。スポーツ観戦は不思議なもので「中国代表を全力で応援する」と決めてしまうと、青ユニフォームを着た日本人の群れよりも真っ赤なユニ姿の中国人のほうに仲間意識を感じてしまう。

 埼玉スタジアム2002は最寄り駅から遠いので、私たちは東川口駅からタクシーで向かう計画だったが、配車アプリでも車両がまったくつかまらない。仕方なくバス停に向かったところ……。道に迷っている30歳前後の男女がいた。男性は「中国必勝」と書かれた赤いTシャツ姿で、女性は漢服である。どう見ても中国人だ!

 声をかけてみると、なんと新婚夫婦である彼らは故郷の山西省からトランジット地の上海を経由し、この日は朝4時起床で飛行機に乗り12時過ぎに成田に到着。機内食以外は食事もとらず、東川口まで長駆突撃してきたという。当然、日本語はできない。来日は2回目らしいが、ものすごい行動力とスケジュール設定だ。この日に代表戦を見た後、9日程度こちらに滞在して旅行するそうである。

「埼玉って浦和レッズの本拠地だろ?」

「ここは埼玉県っていうんですよ」

 バスのなかで世間話を試みた私に、王さんからは「ああ、埼玉って浦和レッズ(浦和紅鑽)の本拠地だろ?」と解像度が高めの返事がきた。その後、私は知識不足で聞き取れなかったのだが、同行していたジャーナリストの高口康太さんによると「三笘はやばい」「久保のテクニックは」と熱い日本代表トークが続いたらしい。王さんのWeChatのアカウントを見せてもらうと、アイコンも欧米人の選手(たぶん有名っぽい)だった。相当なサッカー好きだ。

 代表トークがよくわからないので、同じくサッカーに興味がなさそうな奥さんに話しかける。「これ、明代の服装なの」と話す彼女が着用する漢服は、2000年代なかばから中国で急速に広がった漢民族の伝統衣装だ。現代中国では街角で着用する若者もいるほど流行している。

 漢服はもともと漢民族ナショナリズムと関係が深く、流行の背景には習近平政権下の愛国宣伝を背景にした「国潮」(中国風のファッションブーム)も大きく関わっているのだが、着用している人たちはそういう事情をあまり深く考えてはいない。

 奥さんも「あとは魏晋(三国志の時代)と宋代の衣装を持っていて……」と無邪気だ。ちなみに彼女の衣装は、スカートと中に着る服と上着の3点セットで800元(約1万6000円)。もっと高そうに見えたが、和服とは違い近年になって復活した「伝統衣装」なので、意外とリーズナブルなのか。

日中の装備と物価、逆転

「いや、漢服は高いと思うよ。なのにコイツ、そんなに服にカネをかけてさあ……」

 そう話す王さんも趣味には出費するタイプらしい。日本旅行時はDJI製のウェアラブルカメラ(新品価格、約7万9000円)をしょっちゅう起動させつつ、別途に推定価格25万円のソニー製デジタル一眼レフカメラを首から下げていた。

「代表戦、中国で開催するときは普通の席でもチケットが高い。日本のほうが安いんだ。実はこれまで中国代表の試合をナマで見たことがなくて、見てみたいって理由もある」

 確かに、私たちが買った中国側エリアの格安の自由席(実質立ち見)のチケットは、価格変動制の結果とはいえわずか2400円。王さんの席はもうすこし高そうだが、それでも4000円台だろう。いちばんいいラウンジ付シートでも2万9700円だ。

 いっぽう、中国側報道によると、9月10日に大連で開催される中国vsサウジ戦のチケットは280元~1680元(約5600円~3万4000円)である。一般向けの安い席ほど、日本のほうがお得感がある。王さん夫妻を見ていると、いろんな意味で日中の装備や物価の逆転は感じる。

 中国経済は今年に入り本格的な不振が伝えられ、それは事実でもある。ただ、バブル崩壊からしばらくの時期の日本人と同様、それまでの経済成長期にグンと増えた蓄積は、国が不景気になってもすぐに消え去るわけではない(中国人の資産は不動産依存度が高いので「消えた」ものも多いとはいえ)。なんだかんだで、彼らは豊かになっているのだ。

中国直輸入応援団、ガチ燃え

「そりゃな、さすがに中国代表は勝てないとは思うよ。でも、頑張ってほしいよな!」

 スタジアムの入り口で、そう話す王さんたちと別れて自分たちの席の入り口を探す。どうやら中国側のアウェイ席に日本人が入ることを会場側が想定しておらず、場外で案内するお兄さんの説明が人によって違う状況に翻弄されながら建物内に入ると、残念ながら中国側の国歌斉唱はすでに終わっていた。義勇軍進行曲を大声で歌いたかったのに痛恨の極みだ。

 だが、太鼓の音に合わせて声を上げる中国サポーターたちはアツい。多数の旗とともに最前線に陣取る最も熱心な人たちは、おそらく龍之隊球迷会。中国ナショナルチームのオフィシャル応援団だ。後にスタジアム外で「日本遠征隊」のプラカードを出している姿も確認しており、多くの人たちが中国直輸入組だろう。

 他のエリアに座る人たちも、背中に「為中国而戦」(中国のために戦う)と書かれた龍之隊のTシャツを着ている人が多い。アウェイ席は当然、すべて中国人であり、日本でいちばん中国人密度が高い一角と化していた。ネイティブの日本人は私たちだけに思える。

 到着時間が遅かったため、自由席の空席はすでになく、私たちは通路の上のほうに直接座って観戦することになった。割と頻繁に人が通るが、基本的に譲り合う雰囲気があり、間違えて足が当たった人はちゃんと謝ってくれる。

 観戦しながら鴨脖(煮た鴨の首)や骨付きの鶏肉をむさぼり食う人が多いため、スタジアムに常に西川口のガチ中華店っぽい香りが漂っていたが、サポーターのマナー自体は悪くない。なかなかやるじゃん、中国。

 さあ、ついに試合開始だ──!

撮影 安田峰俊

〈 「アブない国」の行儀よき人々。W杯予選アウェイ席観戦で感じた中国サポーターのマナー向上と「中国がそれでもダメな理由」 〉へ続く

(安田 峰俊)

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