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マイナス30度の川で洗濯、屋外トイレで伝染病が…“原始的すぎる”生活が続く北朝鮮の農村で不満が爆発中

文春オンライン / 2024年9月11日 6時0分

マイナス30度の川で洗濯、屋外トイレで伝染病が…“原始的すぎる”生活が続く北朝鮮の農村で不満が爆発中

北朝鮮の農村 ©時事通信社

 北朝鮮の平壌といえば、真新しいマンションが立ち並び、大規模な軍事パレードが開かれるなど首都らしい華やかさがある。一方、北朝鮮の地方都市、特に農村は荒涼とした風景が広がっている。

 今回は、中朝国境地帯で北朝鮮の地方都市を撮影し続けた韓国・東亜大学の姜東完(カン・ドンワン)教授の写真を紹介しながら、悲惨な北朝鮮の地方の実態を解き明かしていく。

 北朝鮮の地方の様子について、実際に訪れた韓国政府関係者らに尋ねると、好意的な人で「50年前の韓国のような世界」、厳しく見る人によっては、「もっと前、朝鮮戦争(約70年前)直後の状態」と説明する。

 十数年前、別の韓国政府元高官が北朝鮮の農村を訪れた際には、村には舗装された道路はなく、田畑には雑草が生い茂っていたという。家屋には壁紙はなく、人々はむき出しの土壁のなかに住んでおり、土間には木の枝などで煮炊きする竈(かまど)があったという。

 北朝鮮の地方で暮らした複数の脱北者たちも、脱北するまでは「エスカレーター」「自動ドア」「動く列車」を実際に見たことがないと語った。

川や井戸水で洗濯、長屋のような「ハーモニカ住宅」で生活

 北朝鮮の地方のインフラは前近代的で、上下水道がほとんど整備されていない。人々は町のあちこちに設置した井戸から水を汲んで使う。住居は「ハーモニカ住宅」と呼ばれる、長屋を複数の世帯で区切って使うのが一般的だ。狭いため、屋内に風呂やトイレはついていない。

 人々は川や井戸の水で体を洗い、そこで洗濯もする。用を足すには屋外の共用トイレを使うが、衛生状態が悪いため、伝染病もよく発生する。

 電気事情も最悪だ。北朝鮮が主力にする水力発電の稼働状態が比較的良い夏場でも、朝夕の食事時間帯くらいに数時間ずつ通電するだけだ。河川が凍結して水力発電の発電量が落ちる冬季は、何日間も電気が来ないケースも多い。

 地方出身の脱北者は「日が暮れたら、油に灯をともすくらいがせいぜい。もちろん、テレビも見られない。本を読むのも簡単ではないし、文化的な生活はできない」と話す。

 地方民は電気、水道がほとんど使えないだけではなく、厳しい移動制限が敷かれている。基本的に自分が住む郡部を出る際は、「旅行許可証」が必要になり、列車や市外に行くバスの切符を買う際には、旅行許可証の提示が求められる。

地方住民の夢は「一生に一度は平壌観光」だった

 特に、国境地帯や軍事施設があるような場所に行く際には、旅行許可証の発行に厳しい検査が入る。さらに、平壌に入るときは特別の許可証が必要になる。

 北朝鮮市民には一定の年齢に達すると公民証が発行されるが、平壌市民だけには特別の公民証が発行される。脱北者らに聞いても、昔は「一生の夢は、一度でいいから平壌観光をすること」と考えている地方住民が多かったという。

 そんな過酷な環境下にある北朝鮮の地方。だが最近、金正恩氏は地方の不満をおさえることに躍起だ。1月に開かれた朝鮮労働党政治局拡大会議では、20か所の地方に毎年、新たな工場を10年間建設し続ける「地方発展20×10政策」を決定した。

 そうした中、7月に中朝国境地帯の平安北道などで大規模な水害が発生。金正恩氏は、2度にわたって被災地を訪れ、食料品などの支援物資を届けただけでなく、被災地への大胆な支援策を打ち出した。被災地の児童や高齢者ら1万5400人以上を平壌に招待して、新しい住居が完成するまで面倒を見ることを決めたのだ。

 その後、金正恩氏は平壌に到着した被災地の児童らを出迎え、児童たちが使う学用品や靴などもプレゼントするなど異例の“厚遇ぶり”をみせた。

 水害支援はまだしも、平壌へ地方の住民を招待するのは異例のことだ。金正恩氏が今になって地方の「ご機嫌取り」に奔走するのはなぜなのか。

金正恩がいまになって地方を“厚遇”するワケ

 もともと、北朝鮮の政策は「平壌一極集中主義」というものだった。北朝鮮を逃れた元党幹部は「地方はほぼすべての利益を、革命の首都である平壌に捧げなければならない」と語る。

 たとえば、地方の農業生産物や工業製品はまず、国庫に納められる。中央政府が、金日成生誕記念日や建国記念日などに合わせて、地方に忠誠資金の上納を求めることはあるが、地方に補助金を出すことは基本的にない。地方に駐屯する軍部隊は、地域にある鉱山や漁港などに関する利権をもとに自給自足生活を送っている。

 今回、金正恩氏が約1万5000人の被災者を平壌に招いたのは、地方の人々の「夢」をかなえることで、歓心を買おうという狙いがあったと言える。ただ、上述の元党幹部は「それだけ、地方で不満がたまっている」とも語る。

 これまでの「平壌一極集中主義」で、北朝鮮の地方住民は厳しい生活を迫られていた。最近は、国際社会の制裁だけでなく、新型コロナウイルスの影響で経済に大きな痛手を被った。韓国銀行(中央銀行)の推計によれば、北朝鮮は23年実質国内総生産(GDP)が3.1%増を記録したが、22年までは3年連続でマイナス成長を記録していた。

 元幹部は「最近は、一般住民だけではなく、党や政府の地方幹部まで、日常生活に支障をきたすようになっている」と語る。

 厳しい暮らしを強いられている一般住民だけでなく、賄賂が横行する地方の政府や軍の幹部にまで、生活苦の波がやってきているという。こうした不満の増大を深刻にとらえた結果が、一連の地方救済策だったというわけだ。

せっかくの地方厚遇政策も評判はイマイチ。理由は…

 しかし、金正恩氏が主導する一連の地方救済策も評判は芳しくない。「地方発展20×10政策」も、電気や上下水道、交通網などのインフラを整備しないまま始めたためだ。北朝鮮の中央政府は、工場の稼働に必要な原材料まで保証するとは言っていない。

 このため、工場ができても十分に稼働できるかどうかは不透明だ。そもそも、金正恩氏が建設を命じた工場が、本当に地方のニーズに合ったものなのかどうかもわからないのだ。

 8月に行った水害支援も既にあちこちでほころびが見えてきている。朝鮮中央通信は8月10日、金正恩氏が8日から9日にかけ、北朝鮮北西部の平安北道の被災地を再び訪問したとして44枚の写真を公開した。

 その中には、金正恩氏が校庭とみられる場所に設置された、20人弱の被災者が詰め込まれた大型テントを訪れているものもあった。非常電源を使っているのか、1台の扇風機が回っていたが、他には小さな明り取りが数か所あるだけ。

 平安北道の8月8、9日の最高気温は30度を超えており、テント内は相当蒸し暑い状態だったとみられる。最低気温もおよそ25度。被災者たちはプライバシーもなく、十分な睡眠もとれなかっただろう。

「被災者の平壌招待」も効果は限定的

 このほかにも、金正恩氏が訪れたテントで大型段ボールに入った駄菓子類を子どもたちに配ったり、女の子には服もプレゼントしている様子が報じられていた。ただ、写真を見る限り、仮設トイレや炊事場などの存在は確認できなかった。ここで何日もの間、生活するのは限界があるだろう。

 写真をみた上述の元党幹部は「このテントは軍用。軍が応急措置として被災者用に提供したのだろう。日米韓なら、公共の施設を開放し、防災グッズを支給するのが当たり前。(北朝鮮には)給水車も仮設トイレもない。北朝鮮は防災でも遅れに遅れている」と語る。

 これまで、中央政府は平壌中心主義、軍事中心主義に走ってきたため、地方の福利厚生や防災面での不備を露呈した格好だ。

 金正恩氏が打ち出した「被災者の平壌招待」も効果は限定的のようだ。元党幹部は「被災者を平壌で預かったのは、確かに異例で破格の措置。ただ1万5000人だけでは、すべての被災者を収容したことにはならない」と指摘する。

 韓国政府も死者・行方不明者だけで1000人を超えるとみており、被災者は相当な規模に上るとみられる。元幹部は「平壌に行けるのは、出身成分(北朝鮮独自の身分制度)が良くて、思想に問題がないと思われる家庭の出身者だけだろう」と話す。

金正恩と一緒に写真に収まる「誉れ」と「リスク」

 朝鮮中央通信は8月16、17の両日、金正恩氏が被災した児童と食事で交流したり、学用品を渡したりする写真を公開した。だが、晴れて平壌に招待された被災者にも、実はある「リスク」が生まれたと元党幹部は指摘する。

「最高指導者と一緒に写真に収まることは家門の誉れであり、その後も様々な恩恵に浴する機会を得たと言えるが、同時に撮影された人々にも責任が生じる。問題を起こせば、最高指導者の権威を傷つけることになるからだ」

 さらに、「地方幹部にしてみれば、問題を起こしそうな家庭の被災者など、怖くて平壌に送り込めない」と元党幹部は言う。

 結局、金正恩氏が地方を重視する政策をいくら推進しても、小手先に過ぎない結果になるほど、北朝鮮の地方格差と貧困の問題は根深い。金正恩氏はすでに“敵対する日米韓”という国家だけでなく、“韓流ドラマなど外国文化に影響されやすい自国民”という「内なる敵」にも囲まれている。ここに来て、さらに「地方」という3番目の敵も加わったようだ。

(牧野 愛博)

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