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「幸せな瞬間はどんなものなのか?」気鋭の映画監督たちが提示した“真理”《だから人は生きていける》

文春オンライン / 2024年9月12日 6時10分

「幸せな瞬間はどんなものなのか?」気鋭の映画監督たちが提示した“真理”《だから人は生きていける》

『ぼくのお日さま』公式Xより引用

 気鋭のフィルムメイカーによるふたつの作品『ぼくのお日さま』と『SUPER HAPPY FOREVER』は、幸福な瞬間とはどんなものか、優れた映画とはどんなものかを提示する。そしてどちらの作品にも、実に奇妙なことだが、カップラーメンが登場する。一方はさりげなく、もう一方はとても印象深いかたちで。

◆◆◆

観る人を魅了する全編にあふれる光、『ぼくのお日さま』

 奥山大史が監督した『ぼくのお日さま』は雪の田舎街が舞台だ。

 小学6年生のタクヤは、ホッケーの練習をしていたアイススケート場で、フィギュアスケートに熱心に取り組む少女を見かける。

 いや、見惚れた、という表現のほうがしっくりくるかもしれない。

 一目で心を奪われ、スケート場の片隅で少女のステップを不器用に真似るタクヤに、少女のコーチは思わず声をかける。そしてフィギュア用の靴を貸し、タクヤの練習に付きあい、提案する。少女とペアでアイスダンスを練習しないかと。

 物語はそこから、アイスダンスに打ち込む3人の様子を微笑ましく映しだしていくが、あるできごとをきっかけに3人の幸福な関係は崩壊へと向かう。

 観る人を魅了するのは、なによりもまず全編にあふれる光だ。

 とくにタクヤが少女を見かける場面で、「月の光」に合わせて優美に滑る少女を、琥珀色の光がやわらかく包みこむときの美しさ。

 刻々と変化する光の、その一瞬のきらめきを、監督、脚本、編集に加え、みずから撮影も行う奥山は曇りのないまなざしでカメラに収める。

 はじめはぎこちなかったアイスダンスが、徐々に息の合うものになっていく過程を、どこか見守るような光はまばゆい。だからこそ彼らの関係に亀裂が入る終盤、日の陰ったスケート場がよりいっそうわびしく感じられる。

 光と同様に、この作品が繊細にすくい取っているのは、人と人とのあいだに生成し、次の瞬間にはすぐ移りゆくようなものだ。

 たとえばアイスダンスの練習の合間にはしゃぐ3人のあたたかい雰囲気や、もっと何気ない、物語の展開には寄与しないような会話のみずみずしさが、ここでは高い鮮度で記録されている。リンクを滑走する彼らの息遣いのようなものまで、すぐ耳もとにありありと感じとれるとしたら、その一因は監督の奥山自身もスケート靴を履き、リンクを併走しながらカメラを回した異例の撮影スタイルにあるのかもしれない。

 いずれにせよ、人と人とが触れあい、なにかできごとに直面したときに生起する、まがいものではない空気や情感が、この作品を豊かで優れたものにしている。それは映そうと思っても、誰もが映しだせるものではない。

 そしてちょっとしたブレイクみたいに、練習風景にさりげなく挿入される、スケート場でカップラーメンを食べる姿の愛らしさ――。

赤い帽子を巡るひとつのストーリー、『SUPER HAPPY FOREVER』

 ――カップラーメンがこんなにも感動的に登場する日本映画を、他に思い浮かべることができない。

 五十嵐耕平が監督した『SUPER HAPPY FOREVER』のことだ。

 “永遠にめちゃくちゃ幸せ”というタイトルを掲げたこの作品は、しかしどちらかといえば寂しさや悲しみのほうが色濃い。

 物語は海辺の行楽地ではじまる。

 幼馴染とともにこの地を訪れた佐野は、街や浜辺で、あるいは宿泊するホテルで、赤い帽子を探しつづけている。

 表情はうつろで、生気をほとんど失った佐野が、なぜ赤い帽子を探しているのか、はじめはまったくわからない。わからないからこそ、彼の喪失感が喪失感そのものとして前面にせり出してくる。

 次第に見えてくるのは、赤い帽子を巡るひとつのストーリーだ。

 帽子は佐野の妻がかぶっていたものである。佐野は妻と5年前にこの地で出会い、やがて結婚した。しかし妻は先ごろ亡くなってしまった。しかもその結婚生活は、決して幸福なものではなかった。

 結局、帽子を捜しだせないままの、どこまでも哀切な前半部を受けて描かれるのが、5年前の同日、この地で起きたあるできごとだ。それは前半とは対照的に、隅々までみずみずしさであふれている。

 運命的としかいえない佐野と妻の出会い。ふたりのあいだに恋心が芽生え、互いの胸のうちで抑えきれないほど膨らんでいく様子は、生まれたての恋がいつもそうであるように初々しい。

 そのとき佐野は、のちに妻となる女性に赤い帽子をプレゼントする。そして心から打ち解けたふたりは、深夜のクラブを抜け出し、コンビニエンスストアの前でカップラーメンを食べる。

 赤い帽子をかぶった妻が、鼻歌を口ずさみながらカップラーメンを食べるそのひとときは、佐野にとって最高に幸福な瞬間だった。

幸せな瞬間はいつまでも続かない

 だが5年後の彼の前からは、赤い帽子も、愛した妻も消え失せている。

 現在を映す前半と、5年前を描く後半との対比は、永遠なものなどなにもないことを非情にも伝える。だとしたら、すべてを失ったあと、佐野はどうやって生きていけばいいのか?

 この作品が観る人の胸を締めつけるのは、ある奇跡によって“幸福”が受け継がれ、いまもどこかで生きつづける可能性をそれとなく示すからだ。

『ぼくのお日さま』と『SUPER HAPPY FOREVER』は、どちらも幸せな瞬間に焦点を当て、同時にそれはいつまでも続かないという真理を提示する。たしかに人生とはそういうものなのかもしれない。だが光があれば影があり、きっとまた光が生まれる。だから人は生きていけるのだと、それらの作品はかすかな希望とともに映しだす。

『ぼくのお日さま』

 STORY

 少し吃音のある、ホッケーが苦手な少年タクヤ。怪我をして練習を見ていた彼は、同じスケート場で華麗に氷上を舞う少女さくらに心を奪われる。タクヤの恋心に気づいたさくらのコーチは、彼に提案し、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習をはじめるが……。

『SUPER HAPPY FOREVER』

 STORY

 海辺のリゾートホテルを訪れた幼馴染の佐野と宮田。コロナ禍の影響もあり、すっかり閑散とした街で、佐野と宮田は以前失くした赤い帽子を捜しつづける。失意の佐野の耳に、どこかから聞こえてくるメロディーは、亡き妻と出会った5年前の日々に彼を連れ戻し……。

(門間 雄介/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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