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「大量の使用済みおむつや生理用品が」「ゴキブリの糞がびっしり」音信不通になった長女(53)の“ゴミ屋敷”で家族が見つけた意外なものとは…

文春オンライン / 2024年9月29日 11時0分

「大量の使用済みおむつや生理用品が」「ゴキブリの糞がびっしり」音信不通になった長女(53)の“ゴミ屋敷”で家族が見つけた意外なものとは…

※画像はイメージ ©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

〈 「まるで醤油をひっくり返したような…」長女(53)の部屋の入口から液体が垂れていると連絡が…高齢の両親が目の当たりにした“想像を絶する光景” 〉から続く

「お宅の娘さんの住むマンションの廊下に液体が垂れている」

 そんな連絡を受けて長女の「おーちゃん」こと井上明美(仮名・53歳)が住むマンションにやってきた父の清(仮名・85歳)、母の和子(仮名・77歳)、そして末の妹である香織(仮名・42歳)だったが、当人に連絡がつかず途方に暮れることになる。

 もしかしたら、中で倒れているかも――。そう思い、警察官を呼んで合鍵でドアをこじあけると、ダムが決壊したかのようにゴミが崩れかかってきたという。

 ここでは、 前回 に続き『 超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる 』(毎日文庫)より一部を抜粋。介護福祉士としてつい前日まで勤務していたはずの「おーちゃん」の部屋で家族が目撃した、想像を絶する光景とは……。(全4回の4回目/ 最初から読む )

◆◆◆

部屋の中の惨状

 部屋に入ると、ゴミの山の奥に白と紺のストライプのカーテンがちらりと見えた。

 もう何年、いや何十年も閉め切っているようでまったく空気は動いていないが、目が慣れてくると、カーテンの上に50センチほどの隙間があり、そこから薄ぼんやりと日の光が射し込んでくるのがわかった。そのかすかな明かりを頼りに、警察官は紺色のズボンをふくらはぎぎりぎりまでめくって歩みを進めていく。

 滞留するゴミの山におもむろに足を突っ込むと、ベリベリベリ、ガギガギガギという、プラスチックを押しつぶすような音が小動物の鳴き声さながらに響いた。

 玄関の左手がガス台のついたキッチン、右手がユニットバス、そしてキッチンの隣に8畳ほどの居間という、30平米ほどの1DKである。にもかかわらず、警察官たちは、未知の洞窟の中を探策する探検隊のようだった。

 懐中電灯を持った警察官を先頭にして、一同はほぼ真っ暗な中を少しずつ前に進んでいく。キッチンのフローリングは一部が腐っており、恐らく玄関に流れていたのと同じ粘着質の液体によって、ビニール傘が張りついている。

 ゴミの山を足で踏みしめると、なぜだかジャングルの沼地のようにぬかるんでいるのがわかった。何年も窓を閉め切っていたせいか、湿地帯さながらの水気を帯びて、不穏な静寂に包まれていた。警察官は慎重に足場を確認しながら、辺りを見回していく。

 わずか5畳ほどのキッチンなのだが、歩みを進めようにも、溺れそうなゴミの山が立ちふさがり、行く手を阻んでくる。

大量の使用済みおむつや生理用品が…

 一同がまず目にしたのは、ゴミの頂を降り積もった雪のように覆っている大量の使用済みおむつだった。おむつは、どれも真ん中が茶色く変色し、一部はよじれていた。

 そして、この世のものとは思えない強烈な悪臭を放っている。

 使用済みおむつは、キッチンのシンクの上にも堆積していた。あまりに長期間放置されていたためか、汚物を吸収した中央部分の繊維がボロボロになって溶け出していた。尿なのか、便なのか、もはや判別もつかない茶色の汚物がついた綿がフワフワと露出し、中身が崩れ出しているものもあった。長期間放置されたものであることは間違いなかった。

 キッチンには2ドアの冷蔵庫が放置されていた。ゴミに埋もれていない部分は白の塗装が剥がれ、前面が黄金色に錆びついている。

 内玄関の左手に小ぶりの下駄箱があり、その横にはダークブルーの洗濯機が置かれている。洗濯機の横のわずかな隙間の一角には、おむつより一回り小さい布が繊維の山を形成していた。これは、何百個という使用済みの生理用ナプキンであった。

 中央部が赤茶色に変色した生理用ナプキンは、パンティと接着する糊面が壁にペタペタと貼りつき、まるで自らの居場所を主張するかのように、1メートル四方のなだらかな山を築いていた。真っ白なそれは雪山の斜面と化して、洗濯機横の壁に貼りついていた。

 その近くには女性の陰部のかゆみ止め薬剤である、フェミニーナ軟膏が落ちていた。

 おーちゃんが毎日おむつをつけて生活していたのだとしたら、陰部もかぶれて痒みを伴うことがあったのかもしれない。香織は、それを思うと胸が締めつけられそうになった。

 おむつの下は、タンクトップなどの衣類や、洗濯用洗剤、ジュースのペットボトル、トイレットペーパー、はたまた、プラスチックのカラーボードなどがひしゃげて無残な姿をさらし、ゴミの中間層を築いていた。コンビニの袋に入った食べかけの弁当や、水分を含んだ段ボール、籐編みのピクニックバスケット、スーツケース、バケツ、ティファールの電気ケトルなどが、なだらかに積み上がったゴミの山頂あたりに無造作に埋もれていた。そのすぐ下には、「アテント夜1枚安心パッド」といったビニールに入ったままの未使用の大人用おむつや、ピンクや水色のパステルカラーの洗濯籠が頭を出している。洗濯籠の中に、通帳などの貴重品や普段使用していたと思われるバッグなどが放り込まれていた。

 香織がゴミをどかして上蓋を開けると、病院の勤務服が湿ったままの状態で放置されていた。寸前までおーちゃんは、ここで洗濯をして、病院に出勤していたのかもしれない。浴室のバスタブの蓋はペットボトルや使用済みおむつなどのゴミで完全に塞がっていた。スーパーのお総菜の発泡トレーが天井まで届きそうなほど積み上がっていた。

 何とか居間とキッチンを仕切っていたふすまにたどりつき、ふすまを開けると、壁紙いっぱいに、茶褐色のインクをはねちらしたような2ミリほどの斑点がびっしりついていた。

 これは、ゴキブリの糞に違いなかった。壁紙は、大量の湿気を含んだせいか、ところどころペロンとめくれ上がり、灰色のコンクリートの基礎が剥き出しになっている。

 天井にはエアコンの周りを中心に、そこかしこに蜘蛛の巣がだらりとハンモックのように垂れ下がり、茶褐色の巨大な蜘蛛が音もなく天井辺りをソワソワと這い回っていた。

ゴミ山中央の「すり鉢状になった丸いくぼみ」の意味は?

 8畳ほどの居室に足を踏み入れると、そのゴミの山の上を誰かが日常的に動き回っていた形跡があり、そこの部分だけ、発泡トレーは通常の何分の1にも圧縮されていた。

「井上さん、いませんかー」

 警察官が大声を上げながら進んでいくと、ゴミの山の中央部にすり鉢状になった丸いくぼみがあるのがわかった。

 おーちゃんは、昨日までここで生活していたに違いない。香織はそう直感した。おーちゃんは、このゴミの中で、少なくとも何年かは寝て起きて、病院に出勤していたのだ。

 ――こんなつらい状況を、きっと誰にも言えなかったんだ。私もずっと気づいてあげられなかった。本当にごめん。

 そう思うと、香織は胸が締めつけられ泣きそうになった。

 居室の奥の方に進むにしたがって、今度はコンビニの弁当の殻や、スーパーの総菜のプラスチックトレー、カレーライスのトレー、ドリンクのカップなど、食べ物関係の残骸が増えていく。

 さらに、それらの不燃ゴミの山の上に、不意に新品の黒く細長い高圧洗浄機が、まるで勝者に与えられたトロフィーのように、にょっこりと場違いな感じで飛び出していた。なぜ高圧洗浄機が必要だったのか、何を思っておーちゃんが高圧洗浄機を買ったのか、香織も和子も全く見当がつかなかった。もしかすると、汚してしまったコンクリートの床を掃除しようとしていたのかもしれないが、使われた様子はなかった。

 窓辺のカーテンレールには物干しハンガーがかかっている。ベランダ側のゴミは、あとわずか1メートルほどで、天井まで到達しそうになっていた。なぜだか使用された形跡のない赤い花柄のベッドマットが三つ折りで畳まれた状態で、ゴミの中から一部だけちょこんと頭を出している。

 しかし、肝心のおーちゃんの姿はどこにもなかった。

トイレの観葉植物が伝えるもの

「これだけゴミがあるんだから、しばらくもうここには住んでなかったんじゃないの」

 警察官が両手で山を掻き分けながら、誰に言うでもなしにそうつぶやいた。とても人が住める環境ではない、そう感じたのだろう。

 一家の誰もがこの部屋を見て、そうであって欲しいと願った。こんな環境でおーちゃんが過ごしていたなんて、とてもではないが信じたくはなかった。

 何とかゴミを掻き分け、トイレのドアを開けると、便器は何年も掃除すらされておらず、古い廃油のように黒ずんでいた。さらに便器の中の排水口にもビニール袋に詰まったゴミが投げ込まれていて、便座の高さまで、その周囲を使用済みのおむつが占拠していた。

 タンクの手洗い口には、緑色のフェイクのポトスが置かれ、さらにその上の戸棚には、フェイクのミニサボテンや人工観葉植物が埃に埋もれていた。隣には、トイレクリーナーのプラスチックの箱が並んでいる。凄まじい部屋の状態にもかかわらず、便器蓋には、クリーム色のタオル生地のカバーがかけられているのが、ちぐはぐな感じがする。

 香織は人工観葉植物は、この部屋がゴミ屋敷になる状態の前に置かれたものではないかと思った。おーちゃんは少なくともトイレを観葉植物で飾り、便器周りの掃除を行っていた時期があった。これは、ある時までは通常の生活を送っていたおーちゃんの心身に、何らかの異変や心境の変化があったと思わせる光景でもある。

 和子はおーちゃんがマンションに入居したときに、思いを巡らせた。

 そう、一度和子と清は香織と共にこのマンションを訪ねた記憶がある。

 20年前、あれはこのマンションにおーちゃんが入居してすぐのことだった。

 一人暮らしを始めたのが嬉しかったのか、おーちゃんはすぐにこの部屋に招き入れてくれた。まだこのマンションが新築だった時のことだ。

 その時は、おーちゃんは部屋を可愛く飾り、小さなちゃぶ台で手作りの昼食を振るまってくれた。だから、和子も香織もその部屋と今のゴミ集積所のようなこの部屋とが結びつかない。今見ているこの世界は、悪夢さながらで、現実感に乏しかった。

家族の思い出の品がゴミに

 和子はそのゴミの中から見覚えのある小さな箱を見つけた。

 一家は、つい3カ月前にお誕生日会を開いたばかりだった。3月は、清と香織と明美の誕生日が重なることもあり、家族みんなで地元の和食のお店に集まって、和子は3人にそれぞれプレゼントを手渡した。

 その時、和子が明美にあげたチョコレートの箱は、ベランダに近いゴミの山の中に、押しつぶされてへこんだ状態で埋もれていた。

 他にも、いくつか和子の見覚えのある品があった。玄関の下駄箱の上にあった時計の置物は、おーちゃんが短大の卒業制作で作ったものに間違いなかった。茶色の枠にはまった、透明のガラスケースの中に、秒針が止まった時計と、青い如雨露と、鉢植えの小さなミニチュアがあった。それは、まるでそこだけ時が流れていないかのように、ポツリと下駄箱の上に放置されていた。マンションに引っ越すときに、和子がおーちゃんに持たせたものだった。

 結局、おーちゃんは、どこにもいなかった。そのため、清たち一家はおーちゃんの部屋のドアに、「連絡が取れず、心配しています。とにかく連絡をお願いします。よろしく」という文面の紙をガムテープで張りつけることにした。マンションの向かいに住む大家によると、警察の踏み込んだ18日の夜に、おーちゃんの部屋の明かりがついたのが見えたという。おーちゃんは、恐らくこの日、連絡が取れず心配しているという一家の張り紙を見て、貴重品だけを手に慌てて家を出たのだろう。部屋を見れば、警察が踏み込んだことも一目瞭然だっただろう。

 部屋がゴミ屋敷であることは、おーちゃんにとって、誰にも知られてはいけない秘密だったに違いない。家族に知られたことから、きっともうここには居られないと思ったはずだ。

「色々心配かけてすみません」という電話

 19日の朝の8時頃、実家におーちゃんから電話があった。電話を取った清に、おーちゃんは今にも消え入るような、か細い力のない声で「色々心配かけてすみません」と謝った。清は部屋のことには一切触れずに、「一度実家に寄りなさい」と優しくおーちゃんに話しかけた。しかし、「体調が悪くて、実家には行けない。病院も休む」と言って、すぐに電話を切った。

 それが、清がおーちゃんと最後にしゃべった言葉だった。それ以降、おーちゃんの携帯電話は電源が切られているようで、家族がいくらかけても繋がらない。その日、午後には清と香織で近くのショッピングモールへ捜索に出かけたが、おーちゃんと出会うことはなかった。

 20日、香織は朝5時からおーちゃんの勤務先の病院の駐車場で待ち構えていた。この日のおーちゃんのシフトは通常勤務のはずだった。しかし、いくら待ってもおーちゃんは勤務先に現れなかった。これはただ事ではないと感じた一家は、この日、警察に捜索願を出した。

 それ以降、おーちゃんは、忽然とこの部屋と家族の元から姿を消し、仕事場である病院にも通勤していない。

 6月下旬を迎えると、マンションをゴミ屋敷のまま放置するわけにはいかず、家族と清掃業者によって部屋の片づけが開始された。香織は作業中、思わず「こんなゴミの山って見たことあります?」と清掃業者の男性に問いかけた。男性は依頼主に気を遣ったのか、「慣れてるので大丈夫ですよ」と取り繕ったような笑顔を見せた。

 長靴姿の男性たちは、事務的に黙々とゴミを運んでいく。壁に張りついた生理用ナプキンの山をベリベリと剥がすとき、香織は思わず目をそらしてしまい、その様子を直視することができなかった。

 ――こんなことを男性にさせて、本当にごめんなさい。

 そんな思いがこみ上げてきて胸が強く締めつけられた。

 結局、おーちゃんが住んでいた家のゴミの総排出量は7トンにも上った。

 清掃業者は掃除の過程で、6月20日が賞味期限になっているコンビニ弁当のトレーを見つけ出していた。失踪した翌日だ。これで、つい最近まで、おーちゃんがこのゴミの中で生活していたことは確実になった。アパートは7月には引き払われ、その後フルリフォームされて空室として貸し出された。

 おーちゃんはこの部屋と職場から、忽然と姿を消したのだった。

(菅野 久美子/Webオリジナル(外部転載))

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