「子猫は死ぬと冷凍庫」戸建て住宅で100匹近くを飼育する繁殖業者も…“猫ブーム”の裏で続いている過酷な状況とは
文春オンライン / 2024年10月4日 6時10分
※画像はイメージ ©AFLO
2000年代半ばから始まった「猫ブーム」の影響により、猫の飼育数は年々増え続けている。拾ったりもらったりするのが当たり前だった時代は過ぎ、今や猫も犬と同様ペットショップで購入するようになった。
ここでは、朝日新聞記者の太田匡彦さんがペットビジネスの裏側で奴隷のように扱われる犬や猫たちの実態を追った『 猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち 』(朝日文庫)より一部を抜粋。「増産」のために劣悪な環境で猫を飼育する繁殖業者の問題を取り上げる。(全4回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
「子猫は死ぬと冷凍庫」
2018年7月、関東地方北部の猫の繁殖業者を取材した。住宅街に立つ3階建ての戸建て住宅。そのなかで100匹近い猫たちが暮らしていた。
なかに入ると、アンモニア臭が鼻をつく。1階の部屋には狭いケージに入れられた猫が多数いるほか、妊娠中でおなかを大きくした猫が何匹もうろうろとしていた。2階を住居スペースにしており、3階にも数十匹の猫がいるという。
この住宅に住む女性が猫の繁殖を始めたのはおよそ10年前。最初は小規模に始めたが、いまでは常に20~30匹の子猫がいるほどの繁殖業者に成長した。インターネットに広告を出して直接消費者に販売しているほか、埼玉県内の競り市にも出荷している。
これだけの数の猫の面倒を、女性を含めて1~2人程度で見ている。当然、健康管理は行き届かない。
かつてこの繁殖業者のもとで働いていたというアルバイトの女性はこう証言した。
「とにかく病気の子が多い。治療を受けさせてもらえないまま死んでしまう繁殖用の猫もいました。くしゃみや鼻水を出しながら繁殖に使われている子もいて、そういう猫たちは、絶対にお客さんの目には触れないよう隠されています。親の病気に感染して死んでしまう子猫も少なくなく、働いている間は頻繁に猫の死体を目にしました。子猫は死ぬと冷凍庫に保管し、ある程度死体がたまると、業者を呼んで引き取ってもらっていました。成猫は1匹1千円程度で引き取ってもらっていたようです」
繁殖用の親猫を増やし、子猫を増産するなかで劣悪な飼育環境に陥る業者が出てくる一方、バブル状態の市場環境は、新規参入を促す。
脱サラや定年退職して猫の繁殖業を始める人もいれば、「農家の人で、野菜を作るより猫を繁殖するほうが効率がいい、と始める人もいると聞く。安易に猫の繁殖を始める人が相当いる」(大手ペットショップチェーン経営者)といった状況だ。
「猫ブームの恩恵で」新規参入者が増えている
「多少の小遣い稼ぎになればいいかなと思い、始めました」
そう話す関東地方南部に住む60代の男性は、2010年代に入り、勤務先を定年退職したのを機に猫の繁殖業を始めた。最寄りの駅から車で20分ほど。田園地帯のなかに時折あらわれる住宅地の一角に、男性の自宅はあった。
敷地の片隅に、繁殖用の猫たちが飼われている「猫舎」が立つ。猫舎のなかを案内しながら、男性は話す。
本当は犬のほうが好きだが、犬は鳴き声がうるさくて近所迷惑になる可能性がある。猫よりも広いスペースも必要になる。だから、犬は断念したという。
開業に必要な繁殖用の猫は、埼玉県内の競り市で買ってきた。雄1匹、雌2匹。「いろいろ調べて、利口で飼いやすく、おとなしい性格と言われている種類の猫を選びました。その後に人気が出たので、『あたり』でした」。いまは約10匹の繁殖用猫を抱える。
交配させる時期を調整しつつ、年間20、30匹の子猫を出荷している。ペットショップのバイヤーに直接販売することもあれば、競り市に持っていくこともある。出荷価格は始めたころに比べて2、3倍になっていて、最近は1匹あたり10万~15万円の値がつく。つまり、年間300万円前後の収入になる計算だ。
「競り市だと、とんでもない高値がついたり、逆にものすごく安い時もあったりする。それはけっこう楽しいんです。ただ、競り市に出すと、ブリーダーさんに買われることがある。ブリーダーさんのところに行っちゃったら、絶対に幸せになれないですよ。一生、狭いケージに入れられるかもしれないんですから。私としては、なるべくかわいがってくれる人に買ってもらいたい。だからどちらかと言えば、ペットショップに直接売るようにしています」
猫ブームの恩恵を強く感じている。
だからこそ、繁殖に使っている猫たちに無理をさせたくない。最初に競り市で買ってきた雌猫は、そろそろ繁殖に使うのをやめようと思っている。繁殖から引退した猫を引き取ってくれる動物愛護団体に、相談を始めているという。
新規参入者が増える一方で、目立ってきたのが、猫の繁殖にも手を出す犬の繁殖業者だ。大手ペットショップチェーン経営者は、「『犬だけじゃなくて猫も』という安易な兼業繁殖業者が増えてきている」と懸念する。
「犬猫兼業」の繁殖業者
ある大手ペットショップチェーンの推計では、2015年度時点で、犬の繁殖業者が猫の繁殖も始める事例は、繁殖業者全体の3割を超えたという。「犬猫兼業」繁殖業者がどんどん登場しているのだ。しかも同時に、「猫は蛍光灯をあて続ければ年に3回繁殖でき、運動する必要もないから狭いスペースで飼育でき、とにかく効率がいい」(別の大手ペットショップチェーン経営者)という考え方が広がっている。前出の筒井名誉教授はこう憂える。
「犬と猫は全く別の動物です。たとえば、犬では感染症を防ぐのに有効なワクチネーションプログラムが確立しているが、猫ではワクチンで十分に抑えきれずに広がってしまう疾患がある。求められる飼育環境も、犬と猫とでは全く異なる。猫を飼育する際の様々なリスクを、犬のブリーダーがどれだけ理解できているのか心配です」
猫の繁殖に参入したものの数年で撤退に追い込まれる業者は少なくない。
関東地方南部で20年あまり犬の繁殖業を続けてきた女性は数年前、ブームに乗って猫の繁殖も始めてみた。
だが、しばらくすると感染症が蔓延した。
「犬と同じようにいくのかと思ったら全然違った。感染症が一気に広まって、怖くなってやめました」
女性はそう振り返る。
闇へと消える猫たち
業者が廃業しても多くの場合、猫たちは繁殖から解放されない。
廃業は第1種動物取扱業の登録が抹消されることを意味する。つまり、行政の目が届かなくなる。結果、繁殖に使われていた「台雌」と「種雄」の多くは、同業者に横流しされていく。こうした猫たちは、行政に把握されないまま闇へと消える。
さらに、朝日新聞による「犬猫等販売業者定期報告届出書」の調査では、毎年少なくとも5千~7千匹の猫が、繁殖から流通・小売りまでの過程で死んでいることが明らかになっている(原則として死産は含まれない)。ブームは、これだけの数の犠牲の上になりたっているのだ。
このまま猫ブームが続けば、猫たちの過酷な状況はますます広まっていく。もちろんブームにはいつか終わりがくる。ただペットのブームは、終わった後にも悲劇が起こる。大手ペットショップチェーンの経営者はこう話す。
「私たち自身、いまのようなブームがいつまでも続くとは思っていません。毎年、『今年が山場だろう』というつもりでいます。一方でこの数年、高く売れるからと、各ブリーダーとも子猫の繁殖数を大幅に増やしている。そのため、かなりの数の繁殖用の猫を抱えてしまっています。ブームに陰りが見えて子猫の販売価格が下がり始めたら、増やしすぎた繁殖用の猫たちがどうなってしまうのか、行く末が懸念されます」
〈 「スコティッシュフォールドは『病気の猫』と見るべきだ」人気ナンバーワン猫種の“折れ耳”に隠された疾患 〉へ続く
(太田 匡彦/Webオリジナル(外部転載))
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