「私としては運命的な組み合わせ」藤井聡太王座への“リターンマッチ”。挑戦者・永瀬拓矢九段が胸に秘めていたもの
文春オンライン / 2024年9月17日 11時0分
昨年行われた第71期王座戦五番勝負では、フルセットの末、藤井聡太竜王・名人がタイトルを奪取した ©文藝春秋
運命。
「挑戦者決定戦でかなり多く負けてしまっていたので、ここで一つ結果を出すことができてよかったのと。それが王座戦というのは、運命というか、そういうものを感じます」(永瀬拓矢九段)
運に左右されることのない将棋。だが、ときに運や運命を感じることがある。
運命の雪辱戦
2023年4月、棋聖戦の挑戦者決定戦で佐々木大地七段に敗れる。
同8月、竜王戦挑戦者決定三番勝負は伊藤匠七段に連敗し、竜王初挑戦ならず。
同10月、藤井聡太に王座を奪われ、「八冠制覇」を許す。
同11月、王将戦挑戦者決定リーグ、前月に菅井竜也八段には勝ったものの、最終戦で佐々木勇気八段に敗れ、4勝2敗でプレーオフに届かず(菅井が5勝1敗で挑戦)。
2024年3月、叡王戦挑戦者決定戦で伊藤匠七段に再度敗れる。
このように、あと一歩のところでタイトル挑戦を逃し続けた。それが、まさかこの王座戦で挑戦、リターンマッチとなるとは。王座戦の歴史の中でも、前年度の王座による挑戦はこれが3度目だ。
しかも挑戦者決定トーナメント準決勝の相手は、永瀬にとって第二の師匠とも言うべき鈴木大介九段。さらに挑戦者決定戦の相手は王座在位24期のレジェンド、羽生善治九段だった。永瀬も「準決勝で鈴木先生と当たったり、挑戦者決定戦で羽生先生と当たったり。私としては運命的な組み合わせ」と語っている。
「今期の王座戦は永瀬くんには是が非でも……」
そのリターンマッチ第1局の4日後のことだが、9月8日、日本将棋連盟「100周年を祝う会」が帝国ホテルで開催され、顔を合わせた鈴木に話を聞くことができた。
――永瀬さんと久々に戦った感想を聞かせていただけませんか。
「指導対局でした(笑)。正直、研究会でもボッコボコにやられているんで(笑)。たぶんこれが上のほうで戦うのは最後だと思って、体調も整えて、久しぶりに時間いっぱい使ったんですが、時間いっぱい使うと緊張してだめですね。ハハハ(近くにいた永瀬と2人揃って笑う)。いいところも消えちゃうんで。いつもどおりバシバシと指して、展開が向いたら勝つというほうがよかったです(笑)。
ただ、力いっぱい指せましたので、いい記念になりましたよ。王座戦では永瀬くんと当たるのを目標に戦っていました。2次予選から5連勝して、藤本くん(藤本渚五段)とか大地くん(佐々木大地七段)とか、強い若手に勝って当たれたのは運命的というか。だからね、今期の王座戦は永瀬くんには是が非でも……」
層が厚い研究会ネットワークが強力な武器に
そこで永瀬がにこやかに鈴木に頭をさげて言った。
「鈴木先生、明日、13時からですけど(研究会)いかがでしょうか。ほかは吉池君と……」
「はい、空いています。じゃあ、教わっていいですか。明後日対局なのでちょうどいい」
いやいや、知ってはいたけどすごいねえ。
新四段や若手棋士に永瀬に教わっているかを聞くと、「はい、永瀬先生とは月に固定でX回です」という答えだ(Xは2以上)。関東の棋士はみな永瀬の影響を受けていると言っていい。棋士だけでなく奨励会員もだ。山川泰熙四段は三段時の2023年元旦に初めて研究会に呼ばれて以来、月に数回は指している。
吉池隆真新四段も、月数回の研究会で指している。「感謝しています」と吉池。永瀬によれば、藤井との竜王戦挑戦者決定戦第1局で記録係だった吉池が感想戦も熱心に聞いており、気にかけていたらしい。そう昨年、永瀬が雁木を指したとき、「雁木が得意な三段を集めて研究会をしている」という話があったが、その中の1人が吉池だった。
敵の戦型変化も想定の内
さて、祝う会からさかのぼって9月4日、私は8時40分過ぎに神奈川県秦野市「元湯陣屋」、第72期王座戦五番勝負第1局の控室に到着した。モニターを見てあっと叫んだ。永瀬が、対局室にすでにいる。36分には着座していたとのこと。
藤井はいつも通り泰然と現われ上座に着く。振り駒の結果、先手となった永瀬が藤井よりも深々と長い時間頭をさげ、対局開始となる。
永瀬が角換わりに誘導、藤井はいつも通り腰掛け銀で追随するかと思いきや変化した。叡王戦第2局で用いた3三金型である。対永瀬戦の後手番15局目にして、初めての変化だ。そして早繰り銀にして先に仕掛けた。3三金型という悪形の代償として、手得で主導権を握ろうという戦法だ。
「これまでは先手後手で基本的にそれほど指し方を変えずにやってきたが、最近だと、後手番だとなかなかそういう方法が取りづらくなってきている」
戦前に藤井が語っていたとおりだ。永瀬は想定内とばかりに淀みなく指し進める。銀矢倉にして受け止め、歩をタダで取らせる間に陣形を整備する。そして敵陣に歩を垂らして飛車で取らせ、角を打つと自陣まで成り返った。
立会人の青野照市九段、新聞解説の森内俊之九段と検討する。先手2歩損、つまり歩の数が7対11と、4枚の差がある。しかし、それでも先手には自陣馬の手厚さ、後手は3三金型のまとめにくさがあって、先手のほうが戦いやすい。永瀬の研究の深さに皆が感心する。
攻めに転じた永瀬九段に対して藤井王座の巧みな攻めが…
駒組みの途中で昼食休憩となった。メニューは両者とも名物の「陣屋カレー(伊勢海老)」である。相変わらずボリュームがすごい。休憩時に対局室に入ると、うわっ、さむっ。記録係の田中大貴三段に聞くと、「朝から設定温度は22度でした。寒いです」とのこと。2人の平常運転だ。
休憩あけに先手の桂が跳ね、控室では同様に後手も右桂を跳ねる手を検討していたが、藤井はそのマス目に角を打った。永瀬の馬を受ける位置である。
えっ、馬vs生角では後手辛いのでは? 角打ちを見て永瀬は30分以上考え、馬をじっと一つ引いた。
銀交換の後、藤井は端攻めを開始。永瀬は飛車取りに銀を打って攻めを封じにいく。藤井の表情が厳しいが、永瀬の表情も厳しい。両者苦戦といった雰囲気だ。
さあ7筋に銀を成り返って受けに回るか、と思いきや、永瀬の手は左ではなく右に伸びた。なんと2筋の継ぎ歩攻め。受けの棋風の永瀬がここで攻めに転じるとは。森内は「永瀬さん、棋風が変わりましたねえ」とつぶやいた。
藤井は角をふわっと浮き、端では香と桂を交換して手を戻す。永瀬は取った香を2八に打って大小の車をタテに並べ、2筋の数の突破を見せた。だが、ここからの藤井の攻めが巧みだった。
写真=勝又清和
〈 感想戦で永瀬が笑みを浮かべ、藤井が駒をクルクルと…王座戦「リターンマッチ」第1局の後日談を二人に聞いた 〉へ続く
(勝又 清和)
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