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「男性が働くのは当たり前」「女性が働くのは特別の理由がある」“暗黙のルール”で差別された女性たち…研究分野にも存在した“深刻なジェンダー・バイアス”

文春オンライン / 2024年10月3日 6時0分

「男性が働くのは当たり前」「女性が働くのは特別の理由がある」“暗黙のルール”で差別された女性たち…研究分野にも存在した“深刻なジェンダー・バイアス”

©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 日本の母子家庭の貧困率は、51.4%。実に、2人に1人が貧困である。多くの女性たちは、正規雇用で就職したあと、結婚・出産を機に退職し、専業主婦やパート主婦になるが、夫との離死別などにより簡単に最下層に転落してしまう。なぜ、そのような格差がうまれてしまうのか?

 ここでは、「階級・格差」研究の第一人者・橋本健二氏が、「女性の階級」の実態を綴った書籍『 女性の階級 』(PHP新書)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)

◆◆◆

研究対象から除外されてきた女性たち

 男性と女性とでは個人年収がまったく異なり、しかも女性内部の格差は男性内部の格差より明らかに大きい。だとすれば、格差に関する研究においては、男性以上に女性が重要な研究対象となってもよさそうである。ところが実際には長い間、女性は重要な研究対象とはみなされず、それどころか研究対象から除外されることすらあった。

 格差に関する研究は、社会学、経済学、社会福祉学、社会医学など、多くの分野で行われている。しかし研究者の人数からみて、また論文や著作の数からみても、もっとも活発に研究が行われてきた分野は、社会学だといっていいだろう。

 社会学には、格差の問題を専門に扱う分野がある。それは、階級論あるいは社会階層論、ひとまとめにして階級・階層論、あるいは階級・階層研究と呼ばれる分野である。階級・階層論の研究者たちは、社会の格差の構造を階級構造、あるいは階層構造と呼び、現代社会の階級構造や階層構造はどうなっているのか、そして人々はどのような階級や階層に区別されるのかということについて、理論的・実証的に研究してきた。

 そして家族社会学や都市社会学、社会意識論など、社会学の他の分野の研究者たちは、階級・階層論の研究者たちの研究成果を基礎としながら、家族のあり方は階級・階層によってどのように違うのか、都市にはどのような階級構造や階層構造があるのか、人々の意識は階級や階層によってどのように違うのか、などといったことについて研究する。その意味で階級・階層論は、社会学の基礎となる重要な研究分野だということができる。

 階級・階層論の分野では、「一億総中流」などといわれて格差の問題に対する社会的関心が薄れていた時期にも、それなりに活発に研究が行われていたが、「格差社会」が流行語になって社会的関心が集まった2000年代半ば以降になると、若い研究者も増えて、研究の幅が大きく広がるようになった。

 ところが、階級・階層論において女性が研究対象とされるようになったのは、それほど古いことではない。いまから考えると信じられないようなことだが、ある時期まで階級・階層論では、女性は研究対象とされていなかったのである。

 SSM調査(社会階層と社会移動に関する全国調査)を例にとろう。この調査は1955年から10年ごとに行われ、日本の階級・階層研究に重要な基礎を提供してきたのだが、1975年までの3回の調査では、最初から調査対象が男性に限定されており、性別に関する設問さえ存在しない。

 1975年の調査結果は、戦後日本を代表する社会学者の1人である富永健一が編者となった『日本の階層構造』という本にまとめられているが、もとになったデータが男性だけのデータだから、正確には『日本男性の階層構造』と題されるべきで、またこの本に収められた「職業経歴の分析」「階層意識と階級意識」などという論文も、本来は「男性の職業経歴の分析」「男性の階層意識と階級意識」と題されるべきだったということになる。

 1985年の調査からは女性も調査対象となったが、女性を対象とする調査は、男性を対象とする調査とは別の調査として実施されている。だから質問紙も「女性向け」に作られていて、そこには「現在、あなたが働いている理由は何ですか」などという、男性向けの質問紙には含まれていない設問が設けられていた。「男性が働くのは当たり前だが、女性が働くのには何か特別の理由があるはずだ」という前提で調査が設計されていたのである。

暗黙的なジェンダー・バイアス

 このように女性が研究対象から除外されてきたのは、日本だけではない。米国で階層研究が飛躍的に発展したのは1960年代のことだが、研究の基礎となったOCG(Occupational Changesina Generation)調査は男性のみを対象としており、質問紙の冒頭には「ディア・ミスター(Dear Mr.)」と書かれていた。

 ヨーロッパ諸国でも事情は同じで、1990年代はじめの段階でデータが利用できた調査のうち、女性が対象となっている調査は半数程度に過ぎなかった(エリクソン&ゴールドソープ『不断の流動』)。

 なぜ女性が研究対象から除外されてきたのか。第1の理由は、明らかな女性差別だろう。つまり、女性は社会的に重要な存在ではないので、研究対象に含めなくてもよいという考え方である。実際に1980年代に入るころまで、家族社会学を除けば、社会学において女性が研究対象とされることは少なかった。

 家族について研究する場合は、母親あるいは妻としての女性を無視することはできないから、辛うじて女性が研究対象となるのだが、その他の領域、とくに労働や政治など公的な領域についての研究では、女性が研究対象とされることは少なかったのである。

 第2の理由は、階級・階層を構成する単位は世帯なのだから、その収入や生活水準、利害などの大半を決定する世帯主の所属階級・階層さえわかれば、階級・階層構造の分析には十分だと仮定されてきたことである。しかも世帯主は男性だと、暗黙のうちに前提されていた。もちろん女性が世帯主の世帯も存在するのだが、当時はまだまだ少数だった。

 研究対象から理由もなく女性を除外してしまうというのは、明らかに差別的である。また、世帯主の職業や収入などが他の家族に影響するというのはある程度まで事実だが、だからといってすべてを世帯主に代表させてしまうというのは、非科学的としかいいようがない。このようにかつての階級・階層研究には、非科学的とすらいえるほど深刻なジェンダー・バイアスがあったということができる。

 1980年代以降になると、こうした研究方法に対する反省が生まれ、女性も研究対象に含まれるようになっていく。日本の階級・階層研究でも、1995年SSM調査から女性が男性とまったく同じ形で調査対象に組み込まれ、これによってすべての調査項目について、女性と男性を同じ方法で研究対象とすることが可能になった。

「男性前提」で組み立てられた階級・階層研究の問題点

 しかし、これによって問題がすべて解決したわけではない。なぜなら、それまでの階級・階層研究の方法が、男性だけを対象とすることを前提に組み立てられていたからである。

 第1に男性は多くの場合、フルタイムで職業に従事しているから、その職業にもとづいて、所属する階級・階層を判断すればよかった。

 しかし女性は、職業をもっていなかったり、あるいは家事などのかたわら、副次的に職業に従事していたりする。このため、男性で用いられてきた階級・階層所属の判断のしかたでは、一部の女性たちはどの階級・階層にも分類できない。

 第2に男性と女性では、同じ職種や地位でも、仕事の内容や収入が異なることが多い。たとえば企業などの事務職の場合、男性事務職の多くは重要な任務を与えられてやがて管理職に昇進するのに対し、女性事務職は単純な事務作業に従事して、管理職に昇進するルートをもたないことが多い。

 また旧中間階級には家業を夫婦で営む人々が多く含まれるが、そこでは男性が事業を統括し、女性が副次的な役割を引き受けることが多い。このとき、それぞれの階級・階層の性格は、男性と女性で異なることになる。

 これらは、男性だけを研究対象にしているうちは考慮する必要のない、少なくとも気づかれることのない問題だった。しかし1970年代以降、それまでの階級・階層研究の問題点として、フェミニズム、とくにマルクス主義フェミニズムの立場をとる理論家たちによって鋭く指摘され、解決を迫られることになった。

 もちろん、フェミニズムの理論家たちの主要な関心は、階級・階層研究にあったのではなく、あくまでもなぜ女性が男性よりも不利な立場に置かれるかというところに向けられていた。

 しかし社会学のなかで、その主張をもっとも重く受けとめることを求められたのは、階級・階層研究だったといってよい。

〈 「配偶者のいない経営者女性は、コロナの感染率がひときわ高かった」データで紐解く新型コロナ“男女の感染率の違い”とは? 〉へ続く

(橋本 健二/Webオリジナル(外部転載))

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