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なぜカップルの関係は「ゾンビ化」するのか? 心理士が「揉める」ことに見出す“納得の価値”

文春オンライン / 2024年9月30日 17時0分

なぜカップルの関係は「ゾンビ化」するのか? 心理士が「揉める」ことに見出す“納得の価値”

(左から)三宅香帆さん、東畑開人さん

 臨床心理学者で 『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』 を上梓したばかりの東畑開人さんと、 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 が15万部を突破し異例のヒットとなっている書評家の三宅香帆さん。

 仕事と家庭との関係、「揉める」ことの素晴らしさ、寂しさと向き合うこと……パートナーシップについて、2人が語りました。対談一部を 『週刊文春WOMAN2024秋号』 より抜粋・編集し、掲載します。 

◆◆◆

「中年の危機」とは「カップルの危機」である

三宅 私、『群像』で「夫婦はどこへ?」という連載をはじめたんです。親子の話はフィクションでたくさん描かれているのに、夫婦の話になると途端に少なくなると感じたことが動機でした。

 河合隼雄さんが、村上春樹さんとの対談で「これからは夫婦が一番大変だと思う」というようなことをおっしゃっていました。共働きで育児も共同でやることを求められ、「対話しながらやっていきましょう」という風潮が強くなっている。だけど当然、対話してもうまくいかないことは多い。仕事と違って、パートナーシップは面倒臭くて予測不能で、どうすればいいかわからない人が増えているんじゃないかと思っています。

東畑 河合さんが文学作品を読み解きながら中年期の危機について書いた『中年クライシス』という本があります。これはほとんど夫婦の話なんですよ。

三宅 そうか、あれは夫婦の話だったんですね。

東畑 中年期の危機って仕事やキャリアの問題として捉えられがちだけど、もっとヤバいのが夫婦やパートナーシップの問題です。いつも一緒にいてよく知っているはずの人が、ある日まったく意味が分からない存在として立ち現れてくる。『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹著)もそんな話でしたね。

三宅 妻からいきなり「私は牛肉とピーマンを一緒に炒めるのが大嫌いなの」と言われた主人公が、作っていた料理をゴミ箱に捨てる場面がありますね。一緒に住んでいたのにそんなことも知らなかったのか、っていう。

東畑 この「知らなさ」は河合隼雄の考えによると、それまでの自分が生きてこなかったものが集約されて現れたものです。自分の人生からシャットアウトしていたものをパートナーが持っていた、ということですね。

『ねじまき鳥クロニクル』では、パートナーが失踪するという事件が起きることで謎解きが始まるわけですが、これは素晴らしいことだと思うんです。身近な人との関係がうまくいかなくなることで、「私とは何か」「あなたとは何か」という実存的な問いについて考えざるを得なくなる。これは暗闇にぬかるんでいくようなものです。でも、そうやって、死んでいた心が、つまりゾンビの心が生き返っていくわけですよね。

 一方で、多くのカップルは、事件にも直面せず、自分がシャットアウトしているものを放置したまま生きていく。そうするうちに、愛が死んでいく。

三宅 怖い。まさに東畑さんのご著作『心はどこへ消えた?』的な話ですね。「愛はどこへ消えた?」という。

パートナーシップが「ゾンビ化」していく

東畑 恋愛が始まったばかりの頃って、2人の間に死んだ部分があったら「死んでるよね」みたいな話ができたわけですよ。むしろ、そうやって2人の関係性について話をするのが一番楽しい。でも、そういう話をするのがだんだん難しくなってしまって、2人の関係にゾンビのような部分が出てきてしまうんです。

三宅 長い間ともに過ごす相手とのパートナーシップをゾンビ化させないためにはどうすればいいのでしょう? 共同生活を送っていると、すべてに白黒つけないほうが関係性はうまくいくように思えることもあります。例えば何かにコンプレックスを持っているパートナーがいたとして、こじれて表面化する前に対話ができていればよかったのかというと、コンプレックスを指摘するのも優しくない気がします。

東畑 うーん、ゾンビ化は悪いことではないからねえ。ただ、ゾンビ化の辛さはあると思うんですよ。寂しさや痛みを放置するということだから。

 一緒にいるのに1人だと感じてしまう、この寂しさを埋めるために、仕事に打ち込むかもしれないし、不倫するかもしれないし、酒を飲むかもしれない。なんにせよ、痛みは痛みですね。でも、これを臨床の場で指摘するとクライエントは苦しくなりますね。

三宅 「ここがあなたは痛いんでしょう」と指摘されるのが嫌ということですね。

東畑 「なんでそんな面倒臭い話するんですか」って。面倒臭い、疲れる……これは麻痺の語彙ですね。

三宅 ああ、面白い。疲れって麻痺なんですね。

東畑 痛いとか寂しいは感情だけど、疲れるや面倒臭いは麻痺なんだよね。僕はそうやって心を麻痺させず、誰かと揉めていくことの中に素晴らしさがあるという考えです。

三宅 他者と揉める行為はコントロールできないものと向き合う最たるものですね。

対話や言語化ですべてうまくいく?

東畑 先ほど、夫婦を描く物語が少ないとおっしゃっていましたが、夫婦やパートナーは善悪がつけ難いから描くのが難しいんだと思います。多くのパートナーシップというのは歪んでいます。2人の傷と傷がくっついているから歪んでいて、でもそれが2人の心を癒しているということもある。外からはわからないものがある。

三宅 親子の場合は「親子愛」という絶対的な正しさがあって、そこに対するアンチテーゼや踏襲がありますが、現代の夫婦ってそうした神話がないんですよね。

 夫婦を描いたドラマだと、近年は『逃げるは恥だが役に立つ』、『1122 いいふうふ』などがあります。ともに2人が対話することで関係を再構築していく作品ですが、私は「対話や言語化ですべてうまくいくんだろうか」とも思っています。それは対話だとゾンビの部分に向き合えないからかもしれません。対話って、正しさの話になってしまうので。

東畑 新刊でも書きましたが、最近カップルセラピーをよくするんです。カップルセラピーは「これはもう2人で話し合えないから、3人目としていてくれ」というのが出発地点です。それでいざセラピーをはじめるのですが、大抵対話が成立しないんですよ。うまく話が噛み合わない。

 論点を整理しながら見ていくと、ある話題、例えばお金の話題になった瞬間に、明らかに妻がおかしくなっていく。あるいは子どもの話になった途端に夫がおかしくなっていくということが起こる。そこがその人にとっての心の痛い場所なんですね。痛いからこれ以上の説明ができない。でも、感情だけはある。

三宅 どうするのでしょう?

東畑 そこに自分の傷があるんだという認識ができるのが大事です。そうすると、ここは相手の問題ではなく、自分の問題なのだと思える。コミュニケーションの秘訣は、うまく通じ合えないときに、そこに自分の問題「も」あったのだとお互いに理解していることだと思います。

カップルセラピーは「勝ち」が宿命づけられている

三宅 東畑さんのカップルセラピーを受けに来る人たちは、やっぱり関係を修復したいと思っているのでしょうか?

東畑 そう。だからカップルセラピーは勝ちが宿命づけられています。2人で考えていこう、そのために申し込もう、とできた時点で勝ちなんですよ。これはもう愛以外の何物でもないでしょう。

 不登校の問題もそう。例えばお母さんが息子を不登校で連れてくるという時に、「お父さんも来れますか?」と僕はよく聞きます。この質問の答えに、すでに夫婦の関係が出ている。何か問題があったときに、パートナーを巻き込めるかどうか。相手が来た、つまり巻き込めたなら、もうすでに家族のつながりが回復し始めている。

 要はうまくいってないと自覚することが大事なんですよ。心を麻痺させて、やり過ごしている部分があると気づけた時点で、ちょっとゾンビじゃなくなってるわけですよね。

三宅 アツい……! たしかにゾンビ化していると気づけたら、本当に今のままでいいのか、と考えますもんね。「こんなに仕事がうまくいっている自分がまさかゾンビだったなんて」とも思うでしょうし。

東畑 そうやってゾンビの部分に気づいて、各々が傷や寂しさを自覚できたとしても、相手にうまく受け止めてもらえるとは限りません。でも、そこから揉めて、混迷を深めていくのは僕はいいことだと思っています。問題を解決するんじゃなくて、問題を深めていく必要があるんです。

※働いているとなぜ愛することが難しくなるのか、若者世代がマッチングアプリを使って感じる戸惑い、「おひとりさま」の次の問題などについて語った全文は、発売中の 『週刊文春WOMAN2024秋号』 で読むことができます。

とうはたかいと/1983年東京都生まれ。臨床心理士。京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。白金高輪カウンセリングルーム主宰。専門は臨床心理学、精神分析、医療人類学。著書に『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)、『ふつうの相談』(金剛出版)など。

みやけかほ/1994年生まれ、高知県出身。 文芸評論家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著書に『「好き」を言語化する技術』 (ディスカヴァー携書)、『30日de源氏物語』(亜紀書房)、『娘が母を殺すには?』(PLANETS)など。 

写真=佐藤亘/文藝春秋 

(小沼 理/週刊文春WOMAN 2024秋号)

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