1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「還暦過ぎてのシリコンバスト、感無量」「乳輪はタトゥーで…」62歳の作家が乳がん手術後に選んだ乳房再建の道

文春オンライン / 2024年9月30日 11時10分

「還暦過ぎてのシリコンバスト、感無量」「乳輪はタトゥーで…」62歳の作家が乳がん手術後に選んだ乳房再建の道

写真はイメージ ©AFLO

〈 乳がん手術のため入院することに…施設に入っている母の洗濯物はどうする? 「珍しくない」介護者のがん治療に感じる“ディストピア” 〉から続く

 20年以上介護を続けた認知症の母親が、ようやく施設へ入所した。一息つけると思ったのも束の間、今度は自分の乳がんが発覚し、闘病生活がスタートする――。

『 介護のうしろから「がん」が来た! 』(集英社文庫)は、作家・篠田節子さんのそんな実体験を綴ったエッセイだ。ここでは同書より一部を抜粋して紹介する。

 手術を受けるにあたって決めなければならないことが2つある。温存するか切除するか、そして再建するか否か、だ。篠田さんが選んだ答えは……。(全4回の3回目/ 続きを読む )

◆◆◆

乳房は再建か? そのままか?

 術式については、期待した温存手術はやはり私の場合は取り切れない不安もあり、あまり勧められないという。ならば、と腹をくくり、術後の放射線治療も必要ない切除手術に決定。

 その先にさらに予想もしていない2択があった。

 再建するか、そのままか。再建するなら事前処置として「ティッシュエキスパンダー」といって、胸の筋肉とか皮膚を伸ばすための円盤状のものを、切除手術と同時に埋め込む必要があるからだ。

 女62歳。閉経後10余年。出産、授乳経験がないので胸は垂れていないが、顔はシワ、タルミ、シミの3拍子揃った立派なばあさんだ。それが乳房再建。しかも健康な左胸はこのさき順調に垂れていき、再建した右だけが永遠にお椀形に盛り上がっている。

 考えたくもない。

 だが、もし片方を取ってしまったとしたら……。見た目は小池真理子さんのおっしゃるとおりの「ヒン」だが、胸郭が大きいために盛り上がりはなくても分量は予想外にある。

 それなりの重さのものが片方だけ消える。体のバランス、姿勢のバランスが崩れるのでは? この点を夫は非常に心配した。

「日本人の場合はそれほど巨乳ではないので大丈夫ですよ」と先生。

 とはいえ、服を着るときには無くなった方に専用パッドを入れる必要があるだろう。カタログで見たなまめかしいピンクの物体が頭に浮かんだ。いちいちそんなものをブラジャーの中に突っ込むの? あるいは、肌に装着するの?

 しかも私の唯一の趣味は水泳だ。そんなものを水着の中に入れてバタフライなんかやった日には……。コースロープ脇にピンクのクラゲのようなものがふわふわ浮いている図が頭に浮かぶ。嫌だ、絶対、嫌だ! それならいっそ皮膚の下に埋め込んでしまった方が……。

テレビ通販の「あと10分だけ」のような一押しに…

 迷っている私の前で、「もし再建するんでしたら、形成外科の先生との面談がありますから」と先生が日程表を広げる。

 再建は乳腺外科ではなく形成外科の領域だったのだ。きらきらしたピンクのバラの広告と美魔女女医の姿が頭に浮かぶ。一気に腰が引ける。

「手術日が近いですから、もし再建されるならすぐに形成外科の先生の予定を押さえますが」

 先生の手はすでに受話器にかかっている。それが最後の一押しとなった。

 よくあるテレビ通販の「あと10分だけです、あと10分のうちにお電話をいただければこのお値段!」の、あの心理だ。

「はいっ、お願いします。再建します」

 最敬礼して答えていた。

 手術日が決まると、検査とその結果を聞くために頻繁に病院に通うことになった。

 初日は、医師や看護師との面談の他に、体重を量ったり、血液や尿の検査など、こちらの体が手術に耐えられるかどうかを判断するための健康診断のようなものがあった。翌週からはマンモグラフィー、エコーなどおなじみのものに加え、MRIなど本格的な検査が始まる。

手術に向けて検査の日々

 MRI検査は強い磁石と電磁波を使って体内の状態を輪切りにして撮影する。仰向けになった状態で、かまぼこ形の棺桶のような空間にゆっくり吞み込まれていくもので、以前受けた脳ドックで経験済みだ。

「ああ、ちょっと音がうるさいあれね」と気楽に検査室に。

 何気なく検査台を見て、えっ? 肩から下あたり背中部分が通常の台ではなく、真ん中で仕切られた四角い枠だけになっている。

「そこにうつぶせに寝てください」

「はあ?」

 エステのように?

 真ん中で二分された四角い枠は、うつぶせに寝て両乳房をはめ込むためのものだった。そこからぶらん、と宙に垂れ下がった乳房の内部の画像を撮影するらしい。想定外であると同時に、何ともシュールな図だ。

 脳ドックのときのMRI検査では、ヘッドホンから音楽が流れてきて、ギー、ガチャガチャ、カコンカコンというあの音を和らげてくれたが、こちらはそんな余計なことはしない。耳栓を渡され自分で耳に突っ込む。

 造影剤を点滴されて、まくらに額を押し付けしずしずと下半身から機械の中に滑り込んでいく。むき出しになった乳房がすかすかと薄ら寒かった。

がんは意外に広い範囲に…

 2日後に結果が出た。エコーでは1.5センチほどのがんが右下に2つ捉えられただけだったが、MRIの画像で見ると、がんは中心部から乳腺全体に白くもやっと、意外に広い範囲に、散らばっている。つまり温存の選択は最初からなかったわけだ。乳頭からの微量の出血を認めたときから、クリニックや病院の先生方はすでにこの状態を予測されており、切除の方を勧めたのだろう。

 大病院の検査漬けについてはよく話題に上り、批判もされる。今回もクリニックで行ったエコーやマンモグラフィーを病院でも繰り返しているが、その目的は結局のところ「取り残しをなくし、かつ無駄に切らないため」だ。開いてから「うわわわ! こんなに広がっている」とか「再発すると困るから、とりあえず全部、リンパまで取っておくか」といったことにならないために、事前に調べられるかぎり調べておくのだろう。

 形成外科の先生や乳腺外科の先生など、チームの先生方との面談と診察は滞りなく進む。

 形成のN先生も女性だ。小豆色の診療着と同色のパンツ、スニーカーっぽい靴はほとんどの女医さんたちに共通のスタイルだが、さすがに形成の先生。お化粧や髪形にさりげなくおしゃれ女子の雰囲気を漂わせている。

 だが診察となると、えっ?

 距離が近い。真正面からこちらのおっぱいを見つめ、「ふんふん」と納得したようにうなずきながら、しっかりと顔を見て説明。

 膝頭をかぱっと開いて患者に接近し、椅子に掛けたこちらの体を抱き込むようにして、しっかり観察し、話をするのだ。

 医者だ! とちょっと感激する。普通にセンスの良いおしゃれ女子に見えるが、中身は筋金入りの医者だ。

 聖路加病院にはこの手の若い女医さんがぞろぞろいる。朝のミーティング時など壮観だ。

 入学試験で女子をふるい落としていたT医大よ、こういう方々の可能性を無視するのか?

 有能で頼りがいのある若い女子たちが、結婚し、出産した後も、しっかり仕事を続けられるようなシステムが早急に作られ、機能することを切に願う。

感無量…還暦過ぎてのシリコンバスト

 それはともかく、勢いで再建を選んだが、その先に再び2択が待っていた。

 太ももや腹、背中などから自分の組織を取って再建する方法と、シリコンなど人工物を入れて膨らませる方法だ。それぞれについてのメリット、デメリットを先生に説明されるが、痛いのは1カ所で十分、という理由から、即決でシリコンインプラントを選ぶ。

 続いて先生からシリコンインプラントにした場合に起きる合併症、その他のリスクについての説明があり、乳房の一部が黒く壊死したこわーいカラー写真などを見せられる。だが確率的にはそうしたケースはごく低いことが説明され、異常が感じられたらすぐに連絡をするようにと言われる。

 続いて乳房に入れるシリコン本体に触らせてもらう。形も大きさも様々な、白く半透明な、柔らかなグミのようなものだ。触り心地はすこぶる良い。

 還暦過ぎてのシリコンバスト。感無量……である。

 とはいえ乳がんの手術と同時にシリコンを入れるわけではない。

 切除手術と同時に、胸の筋肉の下に前述したティッシュエキスパンダーという皮膚や組織を引き伸ばす円盤状のものを埋め込む。こちらは白い皿のような無骨なもので、中央に水の注入孔が付いている。術後に乳房に針を刺して注入孔に生理食塩水を入れ、膨らませていく。

 バストに針を刺される。考えただけで痛い。

乳輪はタトゥーで作る…

 膨らませたティッシュエキスパンダーによって、筋肉や皮膚などの組織を伸ばしたところで、8~9ヶ月後に再手術してシリコンを入れる。

 そうして膨らみを作った後に、さらに中心部の再建を行う。乳輪はタトゥー、乳首はもう1つの方を半分取って移植するとのこと。移植できるほど乳首が大きくないので、私は乳輪、乳首の再建はパスして膨らみのみを作ることにした。

 だけど、乳輪をタトゥーで作るって……なんか、すごい話だ。

 一通りの説明が終わると、再建の資料にするために、上半身裸になり、胸のアップ写真を撮る。

 そういえば今ほどセクハラがうるさく言われなかった30年前、某男性週刊誌で「あなたのおっぱい見せてください」というおばかな企画があって、道行く若い女性にこんな感じで披露させているページがあったなぁ、と思い出す。

 形成のN先生がデジカメで正面、横、斜めから手際よく撮っていく。10日後には無くなっちゃうんだからきれいに撮ってね、先生、って違うか……。

頼りになるリエゾンナース

 待合室に戻り、渡された問診票に記入する。再建を決めた動機や、再建後に何をしたいかといった内容を問うものだ。

「子供と一緒にプールに行きたい」「温泉に行きたい」「すてきに服を着たい」「水着を着たい」「海で泳ぎたい」などなどの項目が並んでいる。「子供と一緒にプールに行きたい」の項目には、待合室にいた若いご夫婦の姿が瞼に浮かび切実さに胸を衝かれる。

「温泉に行きたい」については、病院の売店に行けば、乳がんの手術痕を隠すための専用タオルなども売られている。だが、その程度のことなら再建するしないにかかわらず、堂々と入ったらどうだろうか。以前、片方を切除した友人が「周りの人をびっくりさせるのは悪いから」と日帰り温泉旅行を断ってきたことがあったが、「ああ、たいへんだったな」と思いこそすれ、今どき他人の手術痕にびっくりする女などいないだろうに。

「ママ、あのおばちゃん、おっぱい片方無いよ」と知らない子供に指を差されたら、「ああ、これはね」と説明してやるもよし。ひとつ知識を増やしてやれる。

 問診票を記入した後、看護師さんと面談する。この仕事にはいかにも適任な感じの、落ち着いた年代の方だ。気遣わしげな面持ちの看護師さんに再建の動機や今の気持ちなどについて尋ねられる。

「体力作りのために水泳をやっていますが、いずれ、スイミングクラブのマスターズ大会に出たいので」と答えると看護師さんの顔がぱっと明るくなった。

「それは良いことです。頑張ってください」と激励された。彼女たちは「リエゾンナース」と呼ばれ、乳がん患者のメンタル面のサポートについて、患者の相談に乗ってくれたり、ケースによっては、精神科、心療内科の先生につないでくれたり、といった役割を担う頼りになる存在だ。

術後のブラジャー選び

 こうした精神面のサポートに加えて、看護師さんからは手術後のブラジャー選びについてもアドヴァイスを得られる。再建手術後は内出血や痛みを避けるために乳房の揺れを防いで固定する必要があり、以前は胸帯を着用していたが、現在は専用のブラジャーが開発されているのだ。

 用意してあるサンプルを見せてもらいながら、その場で試着。国産の華奢なデザインのものは骨格の大きな私にはサイズが合わず、チェコ製の8つものフロントホックが付いた、鎧のようなものものしい代物、しかもXLサイズを手術前日までに売店で購入することになった。1つ5500円、洗い替えを用意すると1万1000円の支出。トリンプ、ワコール並の値段で医療用ブラジャーが買えるのはありがたい。もっともGUヘビーユーザーの我が身にとっては十分高額だが。

 それにしても検査と診察、専門医の先生方との面談の他に、望めば精神面でのケア、術後の下着選びに至るまで、乳がんの手術を控えてトータルに準備や相談の体制が整えられていることにただただ驚く。

〈 「警察を呼んでちょうだい」と叫び声が…20年以上自宅で介護をつづけた認知症の母を施設に入れることができた“意外なきっかけ” 〉へ続く

(篠田 節子/Webオリジナル(外部転載))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください