「想像力と数百円」「モノより思い出。」「生きろ。」一流のコピーライターはなぜ“突き詰めたシンプルな言葉”を大切にするのか?《糸井重里×小西利行》
文春オンライン / 2024年9月28日 17時0分
初対面のお二人 Ⓒ文藝春秋
コピーライターの糸井重里氏と、CMディレクターの小西利行氏。ともに短い言葉のなかに重要なエッセンスを詰め込む「言葉のプロ」のふたりが、言葉に対する哲学を語り合った。
◆◆◆
「まっすぐ」こそが一番難しい
小西 博報堂へ入社した当初、じつは僕はマーケティング志望でした。でも、突然クリエイティブの部署に配属されまして。「コピーを書け」と言われても、右も左もわからなかったんです。
糸井 そうだったんですか?
小西 本当に何もできない新人で、1日に2回別々の先輩から呼び出されて「向いてないから辞めたほうがいい」といわれたほど。もうダメだと思って、辞表を用意したことも2度ありました。鳴かず飛ばずの日々、いろいろな広告本で勉強しても全然ピンときませんでしたが、そのなかで糸井さんのコピーはすごくいいなと思っていたんです。
たとえば「がんばった人には、NCAA.がんばれなかった人にも、NCAA.」や、新潮文庫の「想像力と数百円」。なんてシンプルな言葉で心を刺してくるのだろうと驚きました。ごく普通の言葉が、確かに商品を買わせる強い動機になっている。他のコピーライターさんとは目線がまったく異なる新しいセンスを感じていました。
糸井 僕の言葉はまっすぐすぎるんでしょうね(笑)。
小西 それこそが一番難しいことだと思っていて、じつは20代のとき、先輩がどこかの現場でもらってきた「糸井さん直筆の格言」が書かれた紙を見たんですよ。そこには「素考(すこう)」「素直(すちょく)」「素行(すこう)」という三つの「素」がありました。
僕はそれをデスクの前に貼りつけ、「自分が前に出たい」とか「競合商品を抜きたい」とか余分なことを一切捨てて素で考えるようにしました。わからないことはわからないと素直にいい、自分よりはるかに素晴らしいアイデアに出合ったときはとことん悔しがることを心がけてきました。
糸井 小西さんのコピーも素直ですよね。今は、コピーだけでなんとかなる時代ではありません。みんなを集めたり、何かを組み合わせたりすることで、いいパフォーマンスが生まれます。実際、小西さんが作った「モノより思い出。」は、いまでも時々思い出す言葉だし、孫が遊んでいる光景を見ると、やっぱり思い出に勝るものはないと実感します。
新著『 すごい思考ツール 壁を突破するための〈100の方程式〉 』(小社刊)も面白く読ませて頂きました。「モノより思い出。」のコピーからプレイステーション、人気レストラン「挽肉と米」まで、あれもこれも小西さんの仕事だったかとつながりました。自称「ダメダメだった」広告マンがどういう思考で飛躍したのか修業の跡が書かれていて、今の人たちになんとか仕事の真髄を伝えたいという思いに溢れた1冊ですね。
小西 新人の頃からずっと糸井さんは“憧れの北極星”でした。そうおっしゃって頂いて、こちらこそ光栄です。
糸井 いま、社会全体にお金もモノも溢れているけれど、クリエイティブは足りないという状況のなか、アイデアの力でみんなに喜ばれることをしたいという姿勢は、僕がやりたいことにとても近くて共鳴しました。生まれて初めて、メモを取りながら読んだ本です。
「人生」から生まれた名コピー
小西 さきほどの日産セレナの「モノより思い出。」は、「人生思考」という手法から生まれたものです。これは僕が長年大切にしている思考ツールで、アイデアを考える商品やサービスの横に「人生」と書き、そのあいだにある本質的な課題が何かを考えていく方法です(下の図参照)。
このコピー、じつは選考の過程で何度も落ち、社内では何を言っているのかわからないとずいぶん叩かれて、アンケート調査でも最下位でした。でも製品の良さや新機能をうたうのではなく、「人生」と「モノ」の間にあるものを射抜いたほうが、世の中の人たちはきっと幸せになれるという確信があったんです。
糸井 よく通しきりましたね!
小西 当時の日産の宣伝部長が、「僕はこれが一番いいと思う」と拾ってくださったんです。
糸井さんはさらにごく普通で素直な言葉で、驚くほど心が動かされる作品を生み出されています。ジブリ映画『魔女の宅急便』の「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」もそうだし、『もののけ姫』の「生きろ。」に至ってはたった3文字という、究極の直球です。
糸井 「生きろ。」は僕としては“大変化球”だと思っているんですよ。「生きろ」って人に命令する人はまずいない(笑)。直球ってじつは変化球なんです。ただ、まっすぐに投げたボールは自然落下していきますからね。直球は、上にあがる回転をかけている変化球。
小西 なるほど、それは本質を突いた深い話ですね。
糸井 突き詰めたシンプルな言葉をこれでいいんだと判断できるのが大胆さであり、勇気なんです。その物事を判断するという点で面白かったのが、著書にあった世阿弥の「離見の見」。役者が観客の立場から自分を見るというくだりです。
◆
本対談の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 “マネタイズ大王”にご用心 」)。
(糸井 重里,小西 利行/文藝春秋 2024年10月号)
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