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家賃半額、家具完備、通勤費4割補助…京都まで60分「琵琶湖の西の方」に“ためしに数ヶ月”暮らせる話

文春オンライン / 2024年9月30日 6時10分

家賃半額、家具完備、通勤費4割補助…京都まで60分「琵琶湖の西の方」に“ためしに数ヶ月”暮らせる話

〈 JR東海道本線&湖西線“ナゾの途中駅”「山科」には何がある? 〉から続く

 北陸と関西は、昔から結び付きが強いのだとか。どう見たって、それは距離が近いからだろう。いまや北陸新幹線があるから、東京をはじめとする首都圏と北陸もだいぶ関係が強化されたという。

 今年の春に新幹線が敦賀まで延伸したことで、東京からは北陸の大部分まで乗り換えナシで行けるようになり、一方では関西からは敦賀駅での特急サンダーバードから新幹線への乗り換えを要する、という状況が生まれた。

 が、北陸最大の都市であるところの金沢から見ると、所要時間ではいまでも東京よりも大阪や京都の方が短い。長い歴史の中で育まれてきた関西と北陸の絆は、そうそう簡単に断たれるわけもないのだ。

北陸と関西を結びつける“ナゾの路線”「湖西線」

 そして、である。そんな関西と北陸の絆を一層強固にしているのが、湖西線という鉄道路線だ。文字通り、琵琶湖の西側を駆け抜ける路線で、いまから50年前、1974年7月20日に開業した。その目的は、まさしく関西と北陸の連絡のためだ。

 それまで、関西と北陸を結ぶ列車は、米原駅経由で走っていた。つまりちょっぴり遠回り。そこで、琵琶湖の西をまっすぐに走り抜けることでショートカットしようという狙いで、湖西線がお目見えしたというわけだ。

 以来、当時の特急雷鳥、いまに続くサンダーバードといった主要列車はほとんどが湖西線経由になった。いまも、敦賀駅で新幹線に接続する特急サンダーバードは湖西線を走っている。

 そういうわけで、関西から北陸に向かおうとする人は、誰しも(とっても風が強くて湖西線が運休にならない限りは)湖西線を通ることになる。すぐ西側には比叡山延暦寺などのある比良山地が迫り、東側には洋々たる日本一の湖・琵琶湖が見える。

 大津京駅あたりは大津市の市街地といった雰囲気で、駅の周りにはたくさんのマンションが建ち並ぶ。そこから先も、しばらくは似たような車窓風景だ。

 ごくわずかながらもサンダーバードが停車する堅田駅付近にも新しいマンションが建ち並んでいる。琵琶湖が近くて景色がいいし、それでいて京都・大阪までも新快速に乗ればあっという間。そんな湖西線沿線は、ベッドタウンとしてぴったりなのだろう。

そうこうするうち車窓の雰囲気が変わり…

 ……そんなことを考えながら車窓を眺めていたら、だんだん事情が変わってきた。ずらりマンションのベッドタウンから、のどかな田園地帯へと。琵琶湖の湖上に鳥居が浮かぶ白鬚神社の脇をトンネルで抜けると、もうそこからはいよいよベッドタウンとは違う、また別の町にやってきたようだ。

 山科駅で琵琶湖線(東海道本線)と分かれた湖西線は、まずは大津市内を通り抜け、琵琶湖北西では高島市に入る。

 高島市は2005年に高島郡5町1村が合併して誕生した比較的新しい都市だ。5町1村の中に飛び出て大きな都市がなかったからか、市街地は旧町の中心地が横並びのようにいまもそのまま残っている。

 比較的大きな市街地を抱えているのは安曇川駅(旧安曇川町)や近江今津駅(旧今津町)。市役所は旧新旭町の新旭駅のすぐ近くにある。

 と、つまり高島市という町は、外から見てもわかりやすいような核があるわけではなく、同じ湖西線仲間の大津市とは違って京阪神のベッドタウンという要素も少なく、平たくいえばのどかな田園地帯というような、そういう琵琶湖畔の町なのである。

あなたはどうしてこの町に?

 そんな町の一角は旧マキノ町、マキノ駅にほど近い市営アパートに暮らしている男性がいる。柳田清さんだ。60歳で仕事をリタイアし、高島市にやってきた。といっても、いまも“本来の住まい”は生まれ育った奈良県にある。

「40代のころからスノーボードにハマっていましてね、最初はあちこち大きなゲレンデに通っていたんですけど、50代になってからは体力も落ちてきて、高島市にはいいスキー場があるぞ、と。仕事をしているうちは毎冬の週末、リタイアしてからは平日も来られるから、4泊5日でこっちに来るようになったんです」(柳田さん)

 スキーシーズンには週の半分を高島で過ごす。少しずつ知り合いも増えてくる。そして、知り合った仲間から「そんなにいつも通っているなら、物件を探してこっちに住んだらどうだ」と言われるようになった。

「奈良の自宅から100kmくらいなので、通えないこともない。でも大変ですからね。それで中古物件を探していたんですが、そのときにたまたま『おためし暮らし』というのを見つけたんです。

 最初は1月から3月まで、今津の物件に住んでみた。それで存分にスノボを楽しんで、地元の人と仲良くさせてもらって、この地域のことをいろいろ教えてもらって。そうなると、冬だけじゃなくて他の季節はどうなんだろうと、気になってくるんです」(柳田さん)

 そこで今年の7月から、「おためし暮らし」で10ヶ月間住むことができるマキノ駅近くの市営住宅で、高島の暮らしを満喫しているというわけだ。

「このあたりって、夏でも涼しいんですよ。奈良と比べると、標高はそれほど変わらないのに過ごしやすさが違う。山のほうから琵琶湖に向かってすーっと風が吹いてくるから、窓を開けておいたらだいぶ涼しく感じます。そのぶん、冬はだいぶ寒いんですけどね(笑)。不便なことというと……お店が少ないことでしょうか。いまは3日に1回、今津まで買い出しに出かけています」(柳田さん)

 柳田さんの趣味はスノボだけではない。若い頃はオフロードバイクを楽しみ、いまでもバイクやスケボーなどにいそしんでいる。それだけ多趣味な柳田さんにとって、琵琶湖に近く自然も豊かな高島市の暮らしは、まさにぴったりなのだとか。

話に出てきた「おためし暮らし」って…?

 そんな充実した柳田さんの暮らしを支える「おためし暮らし」とはどのようなものなのだろうか。

「おためし暮らし」は、現在、近畿圏の4自治体とJR西日本がタッグを組んで提供している、移住を検討している人に向けて短期間、数ヶ月ほどの文字通りの“おためし暮らし”をしてもらうためのサービスだ。

 スタートしたのは2021年。京阪神の都市部からだいたい60~90分くらいの圏内で、現在は高島市の他に丹波篠山市・南丹市・甲賀市が参加している。

 JR西日本京滋支社地域共生室の中西智弘さんは、「最終的には移住していただくことが目標にはなりますが、いきなり移住はハードルが高いので、そのハードルを下げるキャンペーンのようなイメージです」と説明する。

「参加してくれている自治体さんは、どこもそれぞれ移住促進に取り組んできています。空き家バンクや補助金、また移住のマッチングなど、すでにできあがっているやり方を持っている。そこに、私たちとしては横串になれるような、比較検討ができるポータルサイトを立ち上げて、移住前の短期生活を『おためし暮らし』と名付けて提供しています」(中西さん)

 各自治体にはプロジェクトにかかる広報費などの共通経費を拠出してもらい、JR西日本ではホームページの運営のほか、電車内の吊り広告や駅のデジタルサイネージなどを使った広告宣伝を展開。また、都心に通勤する利用者のために、通勤費の4割を補助する制度も運用している。

「ためしに」と「腰を据えて」の両立

「このサービスをはじめる以前ですと、おためしで移住候補先で生活するといってもせいぜい週末だけとか、かなり限定的でした。1ヶ月とか3ヶ月という単位で借りられる住宅がほとんどなかった。

 その点、弊社が加わることで、オーナーさんから空き家を提供してもらいやすいというメリットもあるのかな、と。利用者さんも、数ヶ月間暮らしてみれば、地域のこともだいぶわかってくると思いますし」(中西さん)

 つまり、いきなり移住するのではなく、その前に短期間でも実際に腰を据えて住んでみて、本当に移住すべきかどうかの検討材料にしてもらう、というサービスである。このサービスは自治体側にもメリットがあるという。高島市市民生活部の森田茂之次長は次のように話す。

「高島市も人口減少が顕著でして、空き家も増えていますし地域の担い手も減っています。ただ、京都や大阪へは60~90分ほどで行くことができますし、通勤圏内として移住の検討対象としてのポテンシャルはあると思うんです。実際、琵琶湖も山もあって、自然環境がすごく良いと言ってくださる方もいます。

 ただ、実際に移住するということになると、やはり田舎の方ですから、地域との関わりというところが問題になってくる。どうしても地域のルールとかいろいろありますから。だから、まずは本格的な移住の前に『おためし暮らし』で地域について少しでも知ることができる機会があるのは大きいと思います」(森田さん)

「おためし暮らし」では、自治体側は利用者が生活する住居(空き家)を確保し、さらに基本的な家具一式を揃えて提供している。家賃も自治体が補助しており、高島市の場合は普通に借りる家賃と比べて半額ほどになっているという。

 また、「おためし暮らし」は移住する人だけでなく、移住者を受け入れる地域の人たちにも、あらかじめ地域の事情を知っている人が来てくれるということでメリットは小さくない。

 コロナ禍以降、環境に恵まれたところで暮らしたいというニーズは高まっている。そうしたニーズと移住を促進したい自治体の思いをうまく結果に結びつける“入口”としての役割を、「おためし暮らし」が果たしているというわけだ。

どうして「ためしに住んでみる」にここまでこだわるのか?

 実際、高島市では2023年度に13組25名が「おためし暮らし」を利用し、そのうち2組が移住している。また、柳田さんのように入口が移住目的ではなくても、実際に暮らしてみることで地域の人たちとの関係を築くことができ、移住の検討に進むケースもある。今後、「おためし暮らし」の利用者が増えていけば、その分だけ移住者を増やすことにもつながるという期待があるのだ。

 ただ、ここで気になるのは、JR西日本にとってのメリットはどこにあるのか、ということだ。自治体から運営費をもらっているとはいっても、通勤費の4割をJR西日本が補助している。だから、半ば持ち出しに近いといっていい。地域との関係強化という目的はあっても、ビジネスとしてどれだけ成立しているのだろうか。

「『おためし暮らし』は、観光客のような交流人口と実際に住んでいる定住人口の中間のような、いわば関係人口の創出を目的としたプロジェクトなんです。他にも、ワーケーションや第2のふるさとづくりといった取り組みをしていて、そのひとつが『おためし暮らし』。コロナ禍で鉄道利用が減少したことを受けて、中長期的な鉄道需要の創出につなげるべく進めてきました」(中西さん)

「おためし暮らし」から実際の移住につながれば、そこに移動が生まれ、人が動けば鉄道利用者も増える、というのが将来的なビジョン。すぐに目に見えるような大きな結果がもたらされるとは考えにくい。

 もちろん、それも承知の上。関係人口の創出、そして地域活性化につなげてゆくことが、いずれは鉄道利用者の確保に結びつく、というわけだ。

「おためし暮らし」はスタートして今年で4年目。初年度は知名度が低く、11組の利用に留まった。しかし、今年度は半期で50組ほど応募があるという。さらに今後は連携先の自治体を増やし、提供できる住居の選択肢を増やすことで、利用の増加につなげていきたいと考えている。

「現時点でも順調だとは思っていますが、年間50組、4自治体では規模としてはまだまだ小さい。10自治体、20自治体と増やしていって、スケールアップしていきたいですね」(中西さん)

 どんどん移住者を増やして人の移動も活発になって、人口が増えていって、鉄道も利用者が増えて……などという好循環。そんな理想が手っ取り早く実現するならば、誰も苦労はしていない。

「おためし暮らし」のような、一見すると効果バツグンとは言えなさそうな取り組みでも、地道に続けていって関係人口をひとりでもふたりでも増やすこと。時間はかかっても、もしかするとそれが最短の道、そして最後の希望なのかもしれない。

写真=鼠入昌史

(鼠入 昌史)

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