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「高齢者が1日20キロも歩いていた」アマゾンの倉庫で何が起こっていたのか…ジャーナリスト・横田増生が「潜入取材」をして明らかになった労働問題

文春オンライン / 2024年10月4日 6時0分

「高齢者が1日20キロも歩いていた」アマゾンの倉庫で何が起こっていたのか…ジャーナリスト・横田増生が「潜入取材」をして明らかになった労働問題

横田増生氏

〈 「ユニクロに潜入するためにわざわざ離婚して…」ジャーナリスト・横田増生が明かす、潜入取材の驚きの手法とは 〉から続く

 ユニクロ、ヤマト運輸、アマゾン、佐川急便、米国大統領選のボランティア……いたるところに潜入取材を行い、「企業に最も嫌われるジャーナリスト」と呼ばれる横田増生氏。このたび20年におよぶ取材活動で得てきたノウハウのすべてを 『潜入取材、全手法――調査記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで』 (角川新書)にまとめた。

 日本ではとかく卑怯な手法と批判されることの多い潜入取材を、なぜするのか。それによって何を見てきたのか――都合の悪いことには口を閉ざし、楯突く者には口封じをしようとする企業と対峙してきた潜入取材の第一人者でジャーナリストの横田氏に話を聞いた。(全2回の2回目/ 最初から読む )

◆◆◆

潜入取材で大事にしている「ウソをつかないこと」

――『潜入取材、全手法』では、潜入ルポを書くうえで大事にしていることの2つ目として「ウソをつかないこと」をあげています。

横田 潜入目的でアルバイトの採用面接を受ける際に、素性を隠そうとして履歴書に偽名やウソの住所を書いたりすると、取材の成果を発表したとき、企業から私文書偽造だと言われかねないですからね。日本では潜入取材は卑怯なやり方だと批判する人も多い。だから面接時にかぎらず、ウソをついてはいけない。

 潜入取材するのは、企業にとって都合が悪いこと、隠したいことを報じるためです。アマゾンに潜入したことのあるイギリスの記者は「卑怯なのは情報公開しない企業のほうで、イギリスでは潜入取材を批判する人はいない」と言っていましたね。

高齢者が1日20キロも歩いていたアマゾン

――横田さんが潜入した企業ですと、ユニクロの店舗は若い人が中心だと聞きましたが、反対にアマゾンの小田原物流センターは年齢の幅が広かったようですね。

横田 2度目のアマゾン潜入取材(2017年)では、トイレの個室に「おむつを流さないように」と書かれた張り紙があるのを見つけたりしてね。実際、ここで働く高齢者は多いですよ。面接では1日10キロくらい歩くと聞かされましたが、実際に働いて歩数計で測ったら、1日20キロも歩いていた。それを70歳過ぎの人たちもやっている。

 僕の場合は、ふたつの仕事(時給の仕事と記者としての取材)を同時にやっているようなものですから、余計に疲れます。作業しながら原稿のネタを探さないといけないですし、休憩時間も僕にとっては仕事中だから、誰か話しかけやすそうな人はいないか探さないといけない。アマゾンだと働いているあいだ中、持たされた端末に何階のどこの棚に何を取りにいけと指示が出て時間に追われますから、特に疲れる。……アマゾンの倉庫に潜入取材するなら若いうちのほうがいいでしょうね。

年末のアマゾン潜入取材はイギリスの風物詩

――初めての潜入取材もアマゾンの物流センター(2003-2004年)でした。

横田 たまたまアマゾンの物流センターの求人を見つけて潜入取材を始めたのですが、そのときに思い出したのが鎌田慧さんの『自動車絶望工場』(1973年)でした。でもこの本にはノウハウみたいなものは書いていないわけですよ。それでも鎌田さんが「もういやだ」とか言いながらも一生懸命働く姿に、読んでいて好感が持てたので、僕も真似して懸命に働きました。

 そうやって始めた潜入取材ですが、続けるうちにメモの取り方だったり、裁判対策だったり、いろいろなノウハウが身についた。それをまとめたのが今回の本(『潜入取材、全手法』)です。

――この本には、イギリスはアマゾンの物流センターへの潜入取材が「年末の風物詩」のようになっているとあります。

横田 BBCはもちろんですが、経済紙の「フィナンシャル・タイムズ」や高級紙といわれる「ガーディアン」も潜入しています。女性記者が入ったこともある。「週刊東洋経済」にアマゾンについて書いたとき、潜入取材の一覧表をつくったくらい、イギリスでは当時、クリスマスのある年末になると多くのメディアが潜入しているんです。

 というのもアマゾンはひどい労働環境で、けれども徹底した秘密主義でなんでも隠そうとする企業だと認識されているからです。労働者の大半がルーマニアなどからの移民で、彼らを最低賃金で働かせていたりもする。だからジャーナリストはきちんとチェックしないと駄目だというのがコンセンサスになっています。

絶望さえ出来ないアマゾン物流センターの労働

――先程出てきた鎌田慧『自動車絶望工場』は潜入ルポであると同時に青春群像ものでもありますが、横田さんの潜入ルポに青春はなく、ケン・ローチの映画のような疲弊と閉塞がある。

横田 僕が潜入取材を通じて見てきたものは、デフレの現場だったと思います。ユニクロにしてもヤマト運輸にしても、そこで体よく、こき使われている人たちを見てきた。なかでもアマゾンは、人を使い捨てにする企業の典型ですよ。

 最初の潜入ルポを出してから20年が経ちますが、僕の本や記事の読まれ方が変わっていきました。2005年に『アマゾン・ドット・コムの光と影』を出したときは、「そんなに嫌な仕事なら、やらなければいい」という声が多かった。ところが今では「人を安く使ってボロ儲けしている企業は許せない」というような意見が多くなっている。非正規雇用の問題がどんどん身近になっているのがわかります。最近CMでよく見る「タイミー」なんて、もっと都合良く人を使っている感じですもんね。

 鎌田さんの『自動車絶望工場』の頃(1970年代)は、季節工といっても給料が極端に悪いわけではなく、正社員になれる可能性だってあった。そういう夢を抱いて工場に働きにきた人たちの「絶望」だった。けれども今日のアマゾンの物流センターの仕事には、最初から将来への希望はないですから、絶望さえ出来ない。

他に仕事がなければ安く人を集められる

――『潜入ルポ amazon帝国』(2019年)の刊行時にも、私は横田さんにインタビューしています。記事の公開時、SNSで見かけた感想には、小田原の物流センターについて「あのあたりにはコンビニのバイトか、アマゾンしかない」などが多くありました。

横田 ドイツにアマゾンの労働組合の取材に行ったことがありますが、物流センターがドイツ人も知らないような地名の場所にあって、組合の人は「そういうところだと他に仕事がないので安く人を集められるからだ」と言っていました。同様に小田原もほとんど働く場所がなくて、アマゾンの物流センターが最後の受け皿だという人もいた。アマゾンはそのあたりをわかっている。

――現場で働くだけだと体験記に終わりますが、横田さんの場合は経営幹部にも取材をしますね。ユニクロも潜入取材するのは、柳井正が会ってくれないからです。

横田 体験記というのは、( 前篇 で話した)「鳥の目」「蟻の目」の喩えでいうと、「蟻の目」だけになってしまう。身の回りの半径5メートルの話はそれはそれで面白いけれども、企業や業界の全体像までは描けない。一冊の本として成立させるためには、もうちょっと広い視点にしないと苦しいと思いますね。

労働問題に自分を近づけまいとしたヤマト運輸

――全体像を見ることでいうと、『潜入ルポ amazon帝国』ではアマゾンの荷物を運ぶ宅配業者のヤマト運輸も取材しますね。そのヤマト運輸には『仁義なき宅配』(2015年)を書くときに潜入取材をしています。

横田 そうですね。ヤマト運輸には最初、潜入するつもりではなかったんですよ。でも取材を申し込んだら、「不祥事(クール宅急便のずさんな温度管理が発覚)のみそぎが済むまで、あと1年くらい取材は受けられません」と広報が返事してきた。ところが次の日、日経新聞を見たら社長がインタビュー取材を受けている。企業は平気でウソをつきます。そうやってヤマト運輸が抱える労働問題だとかに、僕を近づけまいとするわけです。

 仕方なくヤマト運輸についての取材を細々と続けていたのですが、それだといつまで経っても本にはならない。そこで羽田クロノゲート(ヤマト運輸の物流ターミナル)にアルバイトとして潜入しました。ここは500人くらい労働者がいて、4割くらいが外国人。潜入取材のおかげでクール宅急便の実態も見ることができたし、社内報や労組の機関誌とか壁に貼ってある労働条件とか全部メモに書くこともできた。一人あたりの労働時間とか残業時間とか、いろいろ集めることができました。

――取材拒否が潜入取材につながり、読者にすれば、本が面白くなった(笑)。

横田 そうかもしれない。潜入取材しなくても書けたと思うけれども、それをしたことで1章分書けたし、潜入取材で入手した労働時間などの数字を並べて取材の申込みをしたら、広報の態度が変わり、常務がインタビューに応じることになった。

サラリーマン社長の防衛本能

――その常務(長尾裕)が「横田さんは、すでにクロノゲートでお働きになっておられるので、おわかりのことと思いますが」というのに、ちょっと笑いました。

横田 長尾さんは当時常務ですが、その後、ヤマト運輸の社長になり、今はヤマトHDの社長を兼務している。彼からすると、僕に出世の邪魔をされるわけにはいかなかった。サラリーマンはサラリーマンで、面倒くさいジャーナリストを排除するんです。

――会社と経営者がイコールで結ばれるユニクロのような会社でなくても、記者を追いやるものなんですね。

横田 いや、サラリーマン社長だからこそ自分が社長でいる5、6年を、ことなかれ主義で済ませたいという防衛本能が働くんですよ。「俺が社長をやっているあいだに波風をたてるな」「広報は横田とかいう奴を突っぱねてこい」となる。

 でも、ヤマト運輸の場合、本社は僕のことが大嫌いなんだけれども、ドライバーたちは本社と対立関係にある人たちもいるので、彼らが僕に情報をどんどん提供してくる。「会社から『横田というのが潜入する可能性があるから気をつけろ』とメールが回ってきた」なんてことを、ドライバーたちがすぐに教えてくれるんです。

 ヤマトには「赤社報」と呼ばれる、社内で起きた不祥事をまとめたものがあって、それをPDFで送られてきたこともある。本社が「サービス残業がない」と言ったあとに、赤社報にはサービス残業について書かれていたりするんです。

宅配便の創業者としては見直されるべき佐川清

――『仁義なき宅配』について話を引っ張らせてください。佐川急便の創業者・佐川清は、一般には悪人として書かれるのが通例です。しかしこの本では割と好感をもって書かれているように読める。それが面白い。

横田 そうですね。佐川清については、自民党の政治家に「500億円バラまいた」と自分から言うくらい派手に政治献金をしたり、従業員に過酷な労働を強いたり、いろいろあったのは事実なんだけれども、宅配便の創業者としては見直されるべき人物だと思っています。官僚と闘うなどしたヤマト運輸の生みの親・小倉昌男が善で、佐川清が悪として捉えられることが確かに多いけれども、そんな単純な話ではない。

 小倉昌男は、アメリカでUPSという輸送会社を見て宅急便というビジネスモデルを知り、それを日本でやり始めた。これがあたかも日本での宅配便ビジネスの始まりみたいになっている。でも、その20年近く前に佐川清が始めているんですよ。最初は大阪の問屋から京都のカメラ屋まで商品を自分で担いで国鉄に乗って運んだんです。

 精密機械はトラック業者が嫌がりますからね。佐川急便は今では当たり前のドア・ツー・ドアで荷物を集荷して届けることの先駆けでもある。この歴史をすっ飛ばして、ビジネス成功物語としてヤマト運輸や小倉昌男を書くのは違うだろって思う。

公益性、公共性をクリアした「筋のいいネタ」は必須

――横田さんには「週刊ポスト」での日本維新の会の選挙ボランティア潜入記事などいろいろあります。潜入は雑誌的でもある。鈴木智彦さんの『ヤクザと原発』(2011年)も、「週刊ポスト」や「週刊文春」に書いていったものを基にしています。

横田 潜入ルポは雑誌の見出しが立ちやすいということもあるとは思いますが、それは後々になって気づいたことです。編集者からすると、他にやっているライターが少ないですから、僕が目立ったというのもあると思う。

 最初の潜入ルポは、業界誌にアマゾンとは明記せずに書いたものでした。それをもとにしたものを月刊「文藝春秋」が「ネット書店アマゾン潜入記」として載せてくれた。その後もヤマト運輸を「SAPIO」(小学館が発行していた雑誌)、ユニクロを「週刊文春」で書かせてもらった。

 出版社のバックアップは重要です。もちろん潜入取材は一人でできます。でも裁判で口封じしようとしてくるような企業について書こうとしたら、個人では厳しい。幸いなことに、潜入取材に理解のある編集者がいるのは助かります。

――最後になりますが今回の『潜入取材、全手法』には、日本に潜入記者がもっと生まれて欲しい、女性であればエステ業界がいいのではと書かれています。

横田 他にもいろいろとあると思いますよ。大阪万博なんて、面白いかもしれない。パビリオンで働いてみるとかね。でも筋のいいネタを集めないと駄目です。筋のいいネタというのは、公益性、公共性、これをしっかりクリアしないといけない。たんなる暴露ではだめです。簡単にいうとガーシー(東谷義和)のようにならないということです。そこを気にしながらネタを集めるといいでしょうね。

写真=志水隆/文藝春秋

(urbansea)

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