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「そんなことを…するはずがない」中日敗戦直後に球団社長がガッツポーズ? 落合監督解任騒動時の疑惑について社長本人に直撃すると…

文春オンライン / 2024年10月9日 6時10分

「そんなことを…するはずがない」中日敗戦直後に球団社長がガッツポーズ? 落合監督解任騒動時の疑惑について社長本人に直撃すると…

©文藝春秋

〈 「お前は走っとけ」立浪以来の天才と呼ばれた男に与えた“しごき”…就任2年目で見えてきた落合監督の“本性”とは 〉から続く

 2011年、中日ドラゴンズが首位争いをする真っ最中。異例のタイミングで落合博満監督の解任が発表された。同時期、中日が負けた際に球団社長がガッツポーズをしていたという目撃談も話題になっていただけに、ファンの間では現場と経営陣の確執が噂されたが、現在に至るまで一連の出来事の真相は明らかにされていない。しかし、野球記者の鈴木忠平氏は、これらの騒動について球団社長を直撃していた……。

 このたび、かつて中日の番記者として8年間を過ごしたノンフィクション作家の鈴木忠平氏の『 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか 』(文藝春秋)が、新章の書き下ろしを加えて文庫化された。史上初となる三冠受賞(第53回大宅壮一ノンフィクション賞、第44回講談社本田靖春ノンフィクション賞、第21回新潮ドキュメント賞)を達成し、組織と個人の関係を模索するビジネスパーソンからも熱い支持を受けたベストセラーの一部を再公開。落合監督、そして坂井球団社長へ取材を行った際の様子を紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む。初出:2021/10/28)

◆◆◆

選手に火をつけたのは…

「で、お前は俺に何を訊くんだ?」

 落合は何かに陶酔したような顔で言った。

 私はまず、この現実離れした戦いについて訊いた。一体、内部で何が起こったのか。

 落合はフッと小さく笑った。

「確かに滅多に見られるもんじゃない……。まあ、もし、あいつらに火をつけたものがあったとすれば……」

 そう言うと、2小節分くらいの間をおいて話し始めた。

「まだ俺の退任が発表される前、ジャイアンツ戦に負けただろう? あのとき、球団のトップがおかしな動きをしたっていう噂が出たんだ」

 落合の眼鏡の奥が一瞬、光ったように見えた。

 その噂は私も耳にしていた。

 数日前、球場内のコンコースとグラウンドを繋ぐ薄暗いトンネルのような通路の片隅で、あるスタッフが声を潜めて言ったのだ。

「知ってるか? 巨人戦に負けた後に、社長がガッツポーズしたらしいぞ……」

 私はそれが裏方スタッフの間だけの小さな噂話だと思っていたが、すでにチーム内部に浸透し、落合のところまで届いていたのだ。

 落合は小さな黒い眼の奥を光らせたまま、続けた。

「勝つために練習して、長いこと休みなしでやってきて、なんで負けてガッツポーズされるんだ? 選手からすれば、俺たち勝っちゃいけないのかよと思うだろうな。その後、俺の退任が発表された。それからだよ、あいつらに火がついたのは」

 チームが敗れたにもかかわらず球団社長がガッツポーズをした──もし、それが本当ならば、そこから透けて見えるのは、優勝が絶望的になったことを理由に落合との契約を打ち切るという反落合派のシナリオである。

 落合はその行為に対する反骨心が、現実離れした戦いの動力源になったというのだ。

「あんた、嫌われたんだろうねえ」

 室内の沈黙を破るように、隣にいた夫人が笑った。その声につられて落合も笑った。

 だが私は笑えなかった。微かに戦慄していた。落合という人物の根源を目の当たりにした思いだった。

 理解されず認められないことも、怖れられ嫌われることも、落合は生きる力にするのだ。万人の流れに依らず、自らの価値観だけで道を選ぶ者はそうするより他にないのだろう。

 監督としての8年間だけではない。野球選手としてバッターとして、おそらくは人間としても、そうやって生きてきた。血肉にまで染み込んだその反骨の性が、落合を落合たらしめているような気がした。

 そして私を震えさせたのは、これまで落合のものだけだったその性が集団に伝播していることだった。

 いつしか選手たちも孤立することや嫌われることを動力に変えるようになっていた。あの退任発表から突如、彼らの内側に芽生えたものは、おそらくそれだ。

「ああ、俺はもうあいつらに何かを言う必要はないんだって、そう思ったんだ」

 リビングルームの高い天井を見上げると、壁時計の針は午前1時を指していた。朝が来れば、東京へ移動して巨人とのゲームが待っている。

 だが落合に時間を気にする素振りはなかった。相変わらず、もう全てを成し遂げたかのように微笑んでいた。勝利に飽くことのなかった男が、なぜこうも満ち足りているのか。

 それが私の次の問いだった。

 落合は、今度は深く息をついた。

「荒木のヘッドスライディング──」

 そう言って探るように私を見た。

「あれを見て、俺が何も感じないと思うか?」

 落合の言うプレーはすぐに思い浮かべることができた。私も鮮明に覚えていた。

 あれは落合の退任が発表された翌日のゲームだった。荒木は二塁ランナーとして、生還は不可能だろうと思われた本塁へ突入し、身を賭したようなダイビングで決勝点をもぎ取った。このチームの変貌を象徴するようなプレーだった。

「あれは選手生命を失いかねないプレーだ。俺が監督になってからずっと禁じてきたことだ。でもな、あいつはそれを知っていながら、自分で判断して自分の責任でやったんだ。あれを見て、ああ、俺はもうあいつらに何かを言う必要はないんだって、そう思ったんだ」

 落合は恍惚の表情を浮かべていた。

 確かにそうだった。落合はあの日から何も言わなくなった。

「これでいいんじゃないか」

「俺は何もしていない。見てるだけ」

 ゲーム後のインタビュールームでは、勝っても負けても穏やかにそう言うだけになった。紙面を通じて意味深げなメッセージを発することもなくなった。そんな落合の様子が、私の目には奇異に映っていた。

 落合はシャンデリアを見上げると、少し遠い目をした。

「俺がここの監督になったとき、あいつらに何て言ったか知ってるか?」

 私は無言で次の言葉を待った。

「球団のため、監督のため、そんなことのために野球をやるな。自分のために野球をやれって、そう言ったんだ。勝敗の責任は俺が取る。お前らは自分の仕事の責任を取れってな」

 それは落合がこの球団にきてから、少しずつ浸透させていったものだった。かつて血の結束と闘争心と全体主義を打ち出して戦っていた地方球団が、次第に個を確立した者たちの集まりに変わっていった。

 そしてあの日、周囲の視線に翻弄され、根源的な自己不信を抱えてきた荒木という選手が、監督の命に反してヘッドスライディングをした。その個人の判断の先に勝利があった。それはある意味で、このチームのゴールだったのではないか。

 私はずっと、なぜ落合が勝利のみに執着するのか、勝ち続けた先に何を求めているのかを考えてきたが、今ならわかるような気がした。

 落合は荒木のヘッドスライディングと劇的なチームの変化の中に、それを見つけたのだ。

 落合の真意を探し続ける荒木が、このことを知ったらどう思うだろうか。

 私は煌々と灯りの点るリビングで、そんな想像をした。

落合監督だけが見抜いた「井端弘和の足の衰え」

「あいつら最初は、この人何を言ってるんだと思っただろうな。俺の言うことは周りの人間の言うこととは違う。例えば、なんで俺が荒木と井端を入れ替えたのか。みんな、わからないって言ってたよな?」

 落合は私の胸の内を見透かしたように、問わず語りを続けた。

「俺から見れば、あいつら足でボールを追わなくなったんだ。今までなら届いていた打球を目で判断して、途中で諦めるようになったんだ」

 球界最高の二遊間と言われた二人を錆が侵食し始めていた──落合はそう言った。私にはそれがわからなかった。おそらく誰の目にも映らなかったはずだ。だから彼らをコンバートするという落合の決断は理解されなかった。

「あそこに絵があるだろう?」

 落合はそう言うと、リビングの壁に掛けられた一枚の絵画を指さした。明るい色彩で、住居らしき建物と田園風景が描かれた水彩画だった。

「俺は選手の動きを一枚の絵にするんだ。毎日、同じ場所から眺めていると頭や手や足が最初にあったところからズレていることがある。そうしたら、その選手の動きはおかしいってことなんだ」

 絵画の中の建物や花々を見つめながら、落合は言った。

「どんな選手だって年数を重ねれば、だんだんとズレてくる。人間っていうのはそういうもんだ。ただ荒木だけは、あいつの足の動きだけは、8年間ほとんど変わらなかった」

 私は言葉を失っていた。

 増え続ける失策数と、蒼白になっていく荒木の表情と、そうした目に見える情報から、なぜ落合は右肩に痛みを抱える選手をショートへコンバートしたのか? なぜ、あえて地獄に突き落としたのか? 私は怒りにも似た疑問を抱いていた。

 だが落合が見ていたのはボールを捕った後ではなく、その前だった。前年の20失策と今年の16失策の裏で、これまでなら外野へ抜けていったはずの打球を荒木が何本阻止したか……。記録には記されず、それゆえ目に見えないはずのその数字が落合には見えていたのだ。失策数の増加に反して、チームが優勝するという謎の答えがそこにあった。

 つまり落合が見抜いたのは、井端弘和の足の衰えだったのだ。

休日のナゴヤドームで落合監督が放った一言

 いつだったか、休日のナゴヤドームで、私の隣にやってきた落合が放った言葉があった。

「ここから毎日バッターを見ててみな。同じ場所から、同じ人間を見るんだ。それを毎日続けてはじめて、昨日と今日、そのバッターがどう違うのか、わかるはずだ」

 あの言葉の意味がようやくわかった。何より、落合に見られることの怖ろしさが迫ってきた。

「あいつら、俺がいなくなることで初めてわかったんだろうな。契約が全ての世界なんだって。自分で、ひとりで生きていかなくちゃならないんだってことをな。だったら俺はもう何も言う必要ないんだ」

 タクトを置いた落合は、指揮者がいなくとも奏でられていく旋律に浸っていた。ずっとこの瞬間を待ち望んでいたかのように、時計の針が2時をまわっても恍惚としていた。

 翌日の午後、私は東京ドームにいた。

 ベンチ裏のコンクリートの通路で、坂井を待っていた。頭にはずっと、前の晩に落合が口にした言葉があった。

 チームが敗れたにもかかわらず、球団社長がガッツポーズをした──その噂は確かに存在したが、目撃者は定かではなかった。

『バッティングピッチャーの◯◯が見たらしい』

『◯◯テレビの◯◯が見たようだ』

 噂の中で名前が挙がった人物に当たってみても、ことごとく「自分も伝聞で知ったのだ」という。私は確証を得られずにいた。

 ただ、その噂がチームに火をつけたのだと落合が語った以上は、紙面には去りゆく指揮官の手記として掲載される。私はその前に、坂井に事実を確認しておく必要があった。

「そんなこと……するはずがないでしょう……」

 プレーボールの1時間前、坂井はいつも通りの時刻に球場へやってきた。蛍光灯が冷たく光るバックヤードの通路を、ほとんど靴音を響かせることなく歩いてきた。

「折り入って訊きたいことがあります」

 そう告げると、坂井は意外そうな顔をして立ち止まった。

「何でしょうか?」

 静かな細い声だった。

 前社長の西川順之助は、大柄で厚みのある体格にふさわしい鷹揚な雰囲気を醸していたが、華奢な輪郭の坂井は日々顔を合わせる番記者相手にも敬語を崩さず、どこか繊細な印象を与えた。

 坂井の右手には紙パックの烏龍茶が握られていた。球場内の自動販売機で買ったものだろうか。チームのロッカーに行けば、飲料水は山と積まれているはずだが、坂井はむやみに現場に立ち入ることをせず、一線を引いているように見えた。

 私は単刀直入に、落合が口にしたことを伝えた。そして訊いた。噂は事実なのか──。

 坂井は立ったまま絶句した。

 しばらく間を置いてから、柳の揺れるような声を震わせた。

「そんなこと……するはずがないでしょう……」

 そう言った瞬間、右手にあった紙パックが潰れ、中から黒褐色の液体が飛び出した。坂井は拳を握ったようだった。私にはそれが動揺のためなのか、怒りのためなのか、それとも別の理由なのか、わからなかった。

「そんなことを……するはずがない」

 坂井は内ポケットから取り出したハンカチでスーツに飛んだ水滴を拭きながら、震える声でもう一度、私と自分にはっきりと聞かせるように言った。

 通路の蛍光灯に照らし出されたその表情が蒼白く見えた。

「そうとしか、言いようがありません」

 いくらか平静を取り戻した坂井はぽつりと呟くと、背を向けて歩き出した。

 私には坂井が嘘を言っているようには見えなかった。ただ、何かを怖れているのかもしれないとは感じた。その対象は、落合という人間の得体の知れなさなのか、それとも指揮官の退任を境にした劇的なチームの変化なのか。

 去っていく坂井の後ろ姿を見ながら、私はそんなことを考えていた。

(鈴木 忠平/Webオリジナル(外部転載))

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