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《ちょっとふしぎ》100日超の眠りから目覚めたクマは“もっさりとした雰囲気”に…「113キロから90キロまで落ちました」飼育員が語る“冬眠”のリアル

文春オンライン / 2024年10月12日 11時10分

《ちょっとふしぎ》100日超の眠りから目覚めたクマは“もっさりとした雰囲気”に…「113キロから90キロまで落ちました」飼育員が語る“冬眠”のリアル

昨年12月に筆者が上野動物園を訪れた際に見たツキノワグマ 著者撮影

 暑さが落ち着き、秋が深まってきたこの頃。実りの秋は、野生動物にとっては餌を得る大切な時期です。ツキノワグマも餌を求めて活発に活動します。

 そして寒くなると、野生のツキノワグマは「冬眠」へ。では、動物園で暮らすツキノワグマは、冬をどのように過ごしているのでしょうか。

 東京・上野にある恩賜上野動物園は、「ツキノワグマ(ニホンツキノワグマ)」の冬眠に取り組む施設のひとつです。ツキノワグマの冬眠は2006年から始まり、冬眠中の様子を見せる「冬眠展示」もおこなっています。

 今年の4月13日には、上野動物園の公式Xで、ツキノワグマの「クー」の冬眠明けが報告され、目覚めて 青草を食べる姿 も投稿されました。

 来たる冬も同様に、上野動物園のツキノワグマは冬眠に入ります。飼育下の冬眠とは、どんな様子なのか。飼育員はどのように冬眠の環境を作り、誘導しているのでしょうか。

 今回、20年近くツキノワグマの冬眠に取り組んでいる上野動物園に取材を申し込みました。上野動物園で飼育展示課長を務める鈴木仁さんに、冬眠の準備や冬眠中の様子などお話を聞きました。

目標は30%増!? 夏が過ぎたら始まる冬眠準備

 上野動物園には、「クマたちの丘」と呼ばれるクマの展示ゾーンがあります。

 ツキノワグマは、現在2頭。メスの「クー」と「ウタ」が暮らしています。

「クー」は推定19歳(推定2005年1月生まれ)で、上野動物園で初めて冬眠に取り組んだクマです。性格はわりと穏やか。日中は放飼場の中央にあるクマ棚の上で寝ていることが多いです。好きな食べ物はリンゴやクマ用固形飼料です。一方、「ウタ」は2011年2月25日生まれの13歳。上野動物園で冬眠中のクマから誕生しました。活発な性格で、やはりリンゴやクマ用固形飼料が好きです。

「ウタ」はニンジンも好みますが、「クー」は食べません。また、「クー」は胸にある白い月の輪が大きく目立ちますが、「ウタ」は月の輪が小さめで中央に切れ込みが入っているのが特徴です。いちばんわかりやすい見分けるポイントだと教えてもらいました。

 上野動物園では、冬眠をさせるツキノワグマは基本的に1頭としています。これまで、クーとウタはほぼ交互に冬眠に入り、2023年冬から2024年春は、クーが冬眠をしました。。

 この冬眠に向けて、動物園ではどのような準備をしたのでしょうか。

「例年、冬眠の準備は9月頃から始まります。この準備というのは、“餌を食い込ませること”です。冬眠中のクマは基本的に絶食の状態で、体重は減少します。動物園では冬眠に入る前までに栄養をしっかり与え、脂肪をつけて体の準備をしていきます」(鈴木さん)

 この期間によく与えているのは、サツマイモや、くるみ、落花生、どんぐりなどです。特にどんぐりは、野生のツキノワグマもよく食べている木の実。動物園でも脂肪がつく木の実を選んで与えています。

 では、どのくらい餌を食い込ませるのでしょうか。その目安は「体重」です。

「これまでの研究や冬眠の経験から、ツキノワグマは冬眠中にベース体重の30%ほど減少することがわかっています。減る分を増やす考えで、9月から12月ごろの冬眠に入るまでの間に、ベース体重の30%分を増やすことを目標に餌を与えます」(鈴木さん)

 この「ベース体重」とは、冬眠準備に入る前の体重のこと。クーの場合、昨年の8月末の体重は87.3kgで、その30%にあたる26kgを増やすことを目標にしたといいます。

「昨年はクーに餌を食い込ませ、113kgまで体重を増やしました。冬眠前は体も丸くなりますし、冬毛でフサフサしたフォルムになるので、見た目の変化を実感できると思います」(鈴木さん)

巣篭もりをする部屋は真っ暗で無音

 さて、動物園ではどのように冬眠へと誘導するのでしょうか。

「冬が近づくと、次第に食べる量が落ち、動きが鈍くなります。長年冬眠にチャレンジしてきた上野動物園では、クマの様子やその性格などから、冬眠に入るおおよその時期の見込みをつけることができます。『そろそろ冬眠に入るかな』というタイミングで、室温を下げた冬眠の部屋へと誘導します」(鈴木さん)

 冬眠をするのは、音も光も入らない真っ暗な1畳ほどの「冬眠ブース(冬眠室)」で、手前には、冬眠の準備室である「冬山の部屋」があります。ここは、冷却機能があり、自然の山を想定して室温をマイナス5度まで下げることができる空間です。冬眠中、クマはこの2室を自由に行き来することができます。一方、飼育員は基本的に立ち入ることも外から覗くこともできません。部屋に設置されたカメラや計測機器を通して、クマの様子や健康状態を観察しています。

「ツキノワグマは冬眠ブースに入り、まるまって動かなくなります。それが冬眠の始まりです」(鈴木さん)

 ツキノワグマの冬眠で特に気を遣うのは「音」なのだそう。冬眠の施設には防音処置が施され、賑やかな動物園でも静かな環境を作っています。

冬眠時、餌は一切食べず、水もほぼ飲まない

 冬眠中、クマはずっと眠り続けているのでしょうか。おなかがすいたり喉が乾いたりはしないもの? 冬眠中の餌と水事情を聞いてみました。

「冬眠中は、野生のツキノワグマと同様に、餌を一切食べません。水も基本的に飲みませんが、時折飲むことが確認されているため、上野動物園では飲みたいときに飲めるように準備しています。何も食べず、水もほぼ飲まない状態ですので、排泄も基本的にはありません」(鈴木さん)

 時折おしっこはするけれど、うんちはしない。そして、クマはずっと眠り続けているわけではなく、時折動くこともあります。

「寝返りなどで体勢を変えたり、おしっこをするときに動いたり、冬眠ブースと準備室を移動したりすることも観察されています。また、冬眠時に体温が4~5度ほど下がり、呼吸数や心拍数は1/5~1/10ほど落ちることもわかっています」(鈴木さん)

「冬眠」といっても動物によってそのスタイルはさまざま。全く動かない動物もいれば、体温を0度近くまで下げる動物もいます。ツキノワグマの場合は、活動量を抑え、餌を食べず排泄をしないスタイルです。

 では、昨年冬眠をした「クー」はどんな様子だったのでしょうか。

「現場の担当者からは、クーは眠りがあまり深くなかったという報告を受けています。冬眠明けの1カ月ほど前の3月中旬ごろから、ときどき起きたり動いたりしていたようです。担当者は『いつ冬眠明けになるか』と落ち着かなかったと聞いています。冬眠に入るタイミングはある程度コントロールできるようになりましたが、目覚めはクマ次第です」(鈴木さん)

冬眠明けの判断はアレが目印

 冬眠時にちょこちょこ起きたり動いたりすることもあるツキノワグマ。では何をもって「冬眠明け」と判断するのでしょうか。

「前回のクーの場合、冬眠ブースから準備室に移動して水を飲み、青草を食べたことから冬眠明けの判断に至りました。ただ、これは珍しい例で、冬眠後に初めて糞をしたときを目安に判断することが多いです。クーは、水を飲んで草を食べるという明らかな行動が見られましたので、排泄前ではありますが、冬眠を終了としました」(鈴木さん)

 冬眠明けの目安となる初めてのうんちは、「留め糞(とめふん)」と呼ばれています。冬眠の終わりを告げるこの糞、ちなみに量を聞いてみると、どっさりではなく少なめとのことです。

 冬眠明けの体重については、「きれいにベース体重と同じレベルまで戻っていました」と鈴木さん。

「夏の終わりのクーの体重は87.3kgで、冬眠前で113kg。そして冬眠明けの測定では、体重は90.5kgでした。ほぼベース体重に戻ったことがわかります」(鈴木さん)

 体に蓄えた脂肪を冬眠中にエネルギーとして消費しながら、100日を超える冬眠期間を過ごしたクー。冬眠から目覚めてしばらくは「動きは緩慢でもっさりしている」といいます。その後2週間ほどで通常の展示へと移行します。

 春が過ぎて夏になり、そして季節が過ぎて秋になると、次の冬眠に向けた準備が始まるのです。

20年近く経つ「冬眠」と「冬眠展示」の試み

 上野動物園では、2006年に新しいクマ舎として冬眠や冬眠展示に対応した「クマたちの丘」がオープンしました。当時の上野動物園の園長、小宮輝之氏の発案で、クマの冬眠に適した施設が作られました。

「小宮園長は飼育員時代にクマを担当したことがあり、冬になると行動が鈍くなって寝ぼけたような姿を見せるツキノワグマを見て、冬眠をする生態であることを実感したと聞いています。クマにとって自然な行動である冬眠を動物園でも実現したい、さらにその冬眠の様子を見せたい、ということで冬眠のプロジェクトが始まりました」(鈴木さん)

 当時もクマの冬眠を行なっていた施設はありましたが、冬眠を見せる「冬眠展示」は上野動物園が初めての試みでした。観覧エリアの一角に設けられたモニターでは、冬眠室内のライブ映像が映し出され、来園者も冬眠中のツキノワグマを鑑賞することができるようになりました。

「冬眠中の寝ている姿も興味深く見てくださったと聞いています。どんなふうに冬眠をしているのか、ツキノワグマの冬眠は多くの人にとって不思議な行動だったのかもしれません」(鈴木さん)

冬眠を乗り越えられるからだをつくる

 冬眠に取り組んで約20年。長く続くツキノワグマの冬眠に対し、飼育担当者は今、どのように取り組んでいるのでしょうか。

「冬眠はクマにとって大きなイベントです。クマが冬眠をきちんと乗り越えられるように健康管理をすることは、回を重ねた今でも変わりません。冬眠に備えてどれだけきっちりと準備をするか。秋から冬にかけて餌を食い込ませ、しっかり体重を持ち上げて冬眠に入らせること。冬眠前も冬眠中も、健康状態に気を配っています」(鈴木さん)

 飼育下での冬眠を続けるなかで、わかってきたこともたくさんあるとか。

「冬眠中のツキノワグマの心拍数や呼吸数の変化は、冬眠に取り組んで初めて数値を取り、傾向が見えてきました。また、室温をそこまで下げなくても冬眠に入る年があったり、冬眠ブースに入らずに眠り始めてしまうことがあったり、クマの行動もわかってきました。冬眠チャレンジで判明したことは、広報誌や論文で発表するなど、情報共有を行っています」(鈴木さん)

 動物園では、ツキノワグマの冬眠の準備がすでに始まっています。冬眠に向けてツキノワグマが何を食べ、体格がどのように変化していくのか。クマたちの丘で、ツキノワグマの冬眠に思いをはせながら観察してみるのも動物園の楽しい巡り方かもしれません。

(鈴木 ゆう子)

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