竹刀で小学生の息子の顔面を殴り…「俺に逆らうな! 言うことを聞け!」自己中心的ですぐキレる“毒父”から受けた忘れられないトラウマ体験
文春オンライン / 2024年10月14日 11時0分
井上秀人さん 著者撮影
自己中心的な父親からの抑圧と、そんな父親に支配される母親を守ることができなかった後悔に長年苦しめられてきたという、心理カウンセラーの井上秀人さん(44)。その影響は井上さんが大人になってからも続き、アルコール依存や妻との関係の悪化という形で現れた。
この記事はノンフィクションライター・旦木瑞穂さんの取材による、井上さんの「トラウマ」体験と、それを克服するまでについてのインタビューだ。
旦木さんは、自著『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)などの取材をするうちに「児童虐待やDV、ハラスメントなどが起こる背景に、加害者の過去のトラウマが影響しているのでは」と気づいたという。
親から負の影響を受けて育ち、自らも加害者となってしまう「トラウマの連鎖」こそが、現代を生きる人々の「生きづらさ」の大きな要因のひとつではないか。ここではそんな仮説のもと、『 毒父家族 親支配からの旅立ち 』(さくら舎)を著書に持つ井上さんの「毒父」への長い葛藤の日々に迫った。(全3回の1回目/ 続きを読む )
◆◆◆
喧嘩にならない両親
関東在住の井上秀人さんは、突然キレて怒鳴り散らす父親と、大人しい母親のもとで育った。
両親は、それぞれの親が決めたお見合い結婚だった。
「僕が生まれた時、父が30くらいで、母が26とかだったと思います。3歳上に姉がいるので、結婚は姉が生まれる1年前くらいだったのではないでしょうか。母は、『何だかよくわからずに結婚した。あんな人だとは知らなくてびっくりした』みたいなことを言っていました」
父親は自動車メーカーの総務部で働いており、転勤が多く、井上さんが幼い頃は、関東圏の社宅を転々としていた。だが、井上さんが小学校4年生になった頃、父方の祖父母の土地に一戸建てを建てると、以降は父親だけ単身赴任をすることが多くなった。
「今思うと父は、よく社会でやってこれたなと不思議になるほど、普通ではありませんでした。異常に学歴や世間体を気にしていて、プライドが高く、いつも変なところでキレるんです。家族で出かけたり、外食したりする時なんて、苦痛でしかありませんでした。何時に出かけるって決めて、父が準備ができたタイミングで家族の誰かが準備できていないと、決めた時間より前でもブチギレます。外出先でも、何か気に入らないことがあると突然怒鳴り散らすんです。あまりの大声に、他のお客さんも店員さんたちも見ますし、子ども心に恥ずかしくて仕方がありませんでした」
当然父親は家の中でも突然キレては怒鳴り散らし、家族を萎縮させた。家の中には、常にピリピリした緊張感が漂っていた。
中でも、最も当たられるのは母親だった。
「母はおとなしい人で、父に逆らったことは一度もありません。よく夫婦喧嘩って言いますが、一方的すぎて喧嘩にならないんです。父が怒り狂って怒鳴り散らしている間、母は黙っているだけでした」
父親は激昂して怒鳴り散らすだけでなく、反省文を書かせることや、真冬の寒い中、母親を外に締め出してしまうことも少なくなかった。また、母親は自動車の運転免許を持っているにもかかわらず、父親が助手席に乗っていないと、運転することは許されなかった。
さらに、父親を助手席に乗せていると、「今ウインカー出せ!」「何やってんだ! とろいな!」などと罵声を浴びせられるだけでなく、後頭部を叩いたり、顔を引っ叩かれることもあった。ひどい時は、カンカンに怒った父親が母親を車から降ろしてしまい、母親は3時間かけて自宅まで歩いて帰ってきたこともあったという。
そんな母親の救いになったのは、父親の規則正しい生活と、頻繁にあった単身赴任だった。
「多分父には親しい友人や同僚がいなかったんだと思います。仕事が終わると夕方6時には必ず家に帰ってきて、唯一の楽しみである晩酌をしてご機嫌になり、9時には寝てしまうんです。父がいない間と寝てしまったあとは、母は自由でした」
学歴至上主義で自己中心的な父親
会社でのことは不明だが、家庭での父親は、自分中心に物事が回っていないとたちまち機嫌が悪くなった。
小学校3年生の時、井上さんが高熱を出して寝込んでいると、習い始めたばかりの新しい剣道の防具が届く。それを見た瞬間、井上さんは嬉しくて高熱が出ていることも忘れ、防具をつけ、竹刀を持って遊び始めた。
そこへ父親が帰宅。井上さんが気が付かずに遊んでいると、「家の中で竹刀で遊ぶな」と注意した。よほど嬉しかったのか、珍しく井上さんが父親の言うことを聞かずにいると、突然父親は竹刀を取り上げ、その竹刀で井上さんの顔面を殴り始めた。
「俺に逆らうな! 言うことを聞け!」
井上さんは焼けるような激痛にたまらず別の部屋に逃げ込み、身体を縮こまらせて震えた。
側で一部始終を見ていた母親は、
「何でお父さんの言うことを聞かないの!」
と言って、庇ってはくれなかった。
またある時は、父親とプロレスごっこをして遊んでいると、井上さんの足が父親に当たり、当たりどころが悪かったのか、たちまち不機嫌に。それまで楽しく遊んでいたにもかかわらず、鬼のような形相になると、本気の力で殴ったり蹴ったりされた。
また、父親は学校の成績に執拗にこだわった。
テストの点が悪いと、
「何でお前は俺の子なのにできないんだ!」
という罵声を何度も容赦なく浴びせた。
次第に井上さんは、「父の期待に応えられない自分には価値がない」と思うようになり、小学校の高学年になった頃には、自分を責めるようになっていた。
母を助けられなかった後悔の念
「父は、有名進学校を出て、六大学を卒業し、誰もが知る大企業で働いていました。そんな自分をよく自慢していましたし、それが唯一の誇りであり、拠り所のようにしていました。父の口癖は、『いい大学に入って、いい会社に就職した人間が勝ち』『そんなの常識だろ』でした」
そのため、自分は単身赴任で家にいないことが多く、教育は母親に丸投げしているにもかかわらず、子どもたちの成績が悪いと母親を責め、時には暴力に発展することもあった。
「僕の成績が悪かったせいで父が母に暴力をふるい、逃げ出した母が僕の部屋まで助けを求めてきたことがありました。母の頭頂部からは血が流れていました。でも僕は情けないことに、父が怖くて母を庇うことができず、父の怒りが治まった後、ようやく『大丈夫?』と声をかけるのが精一杯でした。そんな自分が今でも情けなく、その時の母を助けられなかった後悔の念は忘れられません」
年齢を重ねるごとに井上さんも学習し、父親とは極力関わらないようになっていく。
3歳上の姉と、「あいつ、やばいよな」と言い合い、父親が帰ってくる前にはさっさと自分の部屋に入り、休みの日も友達と出かけるなどして、顔を合わせないように努めた。
そのままの自分には価値がない
父親の勧めで中学受験をし、井上さんは私立の中学校に進学。そのまま高校に進んだ。
相変わらず父親は1週間に最低でも1回は母親を罵倒し、相変わらず井上さんは、自分の部屋に避難しながらもその声に怯えた。
「父の顔色や評価を気にしてばかりいた僕はいつしか、他人の評価という鎖でがんじがらめになっていました。他人からどう見られているかを気にしすぎるあまり、たとえば店に入れば、店員に『何も買わないのか』と思われそうで、何も買わずに出ることができないとか、寂しい人だと思われそうだから1人で飲食店に入れないとか、『こんなこともわからないのか』と思われそうだから質問ができないとか、親しい友人であっても、トイレなどで席を外した瞬間から自分の悪口を言われてないか不安になるなど、他人の目や評価を常に過剰に気にしていました」
少しでもマイナスに評価されることを異常に恐れていたのは、その評価によって、自分の存在や価値が否定されたように受け取ってしまっていたからに他ならなかった。
「他人の評価ばかり気にしてしまっていたのは、自分で自分のことが認められなかったからです。そして、人に誇れるような趣味や特技などの“アピールポイント”がない、『そのままの自分には価値がない』と思い込んでいたからです」
他人の評価ばかり気にして生きてきた井上さんには、この頃から無理が生じてきていた。
井上さんは自身の心身のバランスを保つために、無理によって溜まったストレスの“はけ口”を探し始める。
見つかった“はけ口”は、「アルコール」だった。
〈 妻に怒鳴り散らす父を母が羽交い締めにして…「今のうちに帰りなさい!」毒父に苦しめられ続けた男性がついに“反撃”した瞬間 〉へ続く
(旦木 瑞穂)
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