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優三さんの“あの言葉”がテーマを表している…『ちむどんどん』とも『ちゅらさん』とも違う、『虎に翼』が“朝ドラの歴史的転換点”と言えるワケ

文春オンライン / 2024年10月4日 17時0分

優三さんの“あの言葉”がテーマを表している…『ちむどんどん』とも『ちゅらさん』とも違う、『虎に翼』が“朝ドラの歴史的転換点”と言えるワケ

『虎に翼』公式Instagramより

 朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)が半年の放送を終えたが、主要な役で出演していた松山ケンイチが一気見をはじめ、Xに感想をポストしてロス解消に一役買っている。いったい彼はなぜそんなことをはじめたのか。そうするだけの何かが『虎に翼』にはあったのか。改めて『虎に翼』について振り返ってみたい。

初回放送からヒットの予兆は確かにあった

「朝ドラは『虎に翼』以前と以後に分かれることになるであろう」。朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』がはじまったとき、このような予言をSNSで誰かがしているのを見かけた。はじまったばかりでのそれほどの高評価は、まるで「◯◯史上最高傑作」みたいな宣伝用の惹句のようでもあるが、最終回を迎えたいま、はたしてその予言は当たったのか。それは後述するとして、そうかもしれないという熱を帯びた予感は確かに初回からあった。

 まず、関わった作品をすべてヒットさせてしまう米津玄師による主題歌『さよーならまたいつか!』が、やっぱりヒットの予兆を感じさせるに足るものであった。かくいう筆者も初回のタイトルバックでいきなり涙して、某ラジオ番組で熱弁をふるってしまったものである。

 第1回を見て多くの視聴者が思っただろう。『虎に翼』とは、長年抑圧され踏みつけられてきた“私たち”の物語であると。主題歌の歌詞のごとく、『虎に翼』は抑圧の原因に向かって唾を吐こうとしていた。唾を吐くという行為は汚く乱暴に見える。だがその心は限りなく澄んでいる。そう米津玄師の歌声が示してくれていた。

 また、のちに発表された2番目のBメロにあった「地獄」と「春」を並べた詞は、シェイクスピアの言葉「きれいは汚い、汚いはきれい」のような世の摂理を思わせた。劇中、「地獄」と最初に発したのは主人公・寅子(伊藤沙莉)の母・はる(石田ゆり子)であり、最終回でも「どう、地獄の道は?」と問うていた。

 この物語には、虫が羽化するときのような、くしゃくしゃに丸まった湿って柔らかい羽を、誰にも頼らずたった一匹で全身全霊の力をこめてぴんと伸ばしていく、長い時間と苦闘のすえの飛翔がある。

朝ドラは失いかけた信用を取り戻した

 日本ではじめて女性の弁護士・判事・裁判所所長となった三淵嘉子さんをモデルにした『虎に翼』の主人公・猪爪寅子(のちに佐田寅子)は、1914年(大正3年)、海外勤務も経験したエリート銀行員である父の長女として生まれた。少女の頃から聡明で弁が立ち、なぜいまの社会は男女が不平等なのか疑問に思う。結婚した女性は「無能力者」とされ、家事を夫に代わって取り仕切る以外に、自分で選択して行動できないと法で定められていることを知った寅子は、「結婚は罠」だから結婚なんかするものかと思うようになる。

 運良く時代は法改正の気運が高まった頃、それまで男性だけのものだった法律の世界に女性も参加できるようになり、寅子は法を学びはじめる。そこで出会ったのは同じ志を持つ女性たち。きれいな着物を着た賢い女子学生たちが、美味しい甘味屋に集い、社会変革を語り合う。麗しき女性の連帯、そこには希望が満ちていた。

 寅子たちがまず目の当たりにしたのは離婚裁判。嫁入り道具として妻が持ってきたものまで、離婚の際に夫の財産とする法律に憤慨する。裁判では、妻が夫に大事な着物を奪われることは回避されたが、法で決められたことだからと理不尽な目に遭う人たちがいる事実は変わらない。かくしてドラマの序盤は、男女平等、日本と外国の関係(朝鮮との関わり)などにおいて、法律が必ずしも絶対ではないことを寅子は痛感する。さらに、収賄事件である帝人事件をモデルにした共亜事件では、国家と銀行の癒着が暴かれた。

 それらのエピソードを見て『虎に翼』は攻めているドラマだと視聴者は沸いた。ジェンダー平等にまつわるエピソードや実際にあった事件をよくぞ取り入れてくれたと多くの視聴者に支持された。2年前、『ちむどんどん』(22年度前期)を見た意識の高い視聴者たちが一斉に批判にまわったこととはまるで逆の光景だった。朝ドラは『ちむどんどん』で失いかけた信用を取り戻したのである。

『ちむどんどん』は、返還から50年のタイミングで沖縄を題材にしたドラマだったにもかかわらず、沖縄問題に触れず、どこか常識からズレた人物たちを愉快に描写したホームドラマに徹した(唯一、第71回で、沖縄戦の遺骨や遺品を収集し、家族の元に返す活動を長年行っている人物が登場した)。そのため、主としてSNS上では「報道のNHK」としてはいかがなものかという失望の声が少なくなかったのである。

 その点『虎に翼』では、三淵嘉子に関する著書を持つNHK解説委員の清永聡が司法関連の取材スタッフとして入り、取材やモデル関係者への挨拶のコーディネートまで担当し、自身の出演する情報番組『みみより!解説』『午後LIVE ニュースーン』などで史実部分の解説を行うなどしており、「報道のNHK」の面目躍如といったところだ。

 清永は『虎に翼』への参加について「外の人から『報道は』『ドラマは』と言われることもありますが、そういう区分けはあまり意味がない。総体としてNHKで良いコンテンツを作ることがすべてだと思っています」と語っている(「Yahoo!ニュースエキスパート」2024年9月26日『 「虎に翼」最終週にてんこ盛り過ぎる問題をNHK解説委員に丁寧に解説してもらった 』)。

 NHKが報道に強いテレビ局としての矜持をもって、ニュース以外の番組制作にも一丸となって取り組もうと考えていることが見てとれる。

裁判官のドラマと公共放送には親和性がある

 戦後、憲法が改正され、第14条で​​​​​​「すべて国民は、法の下に平等である」「人種、信条、性別、社会的身分、門地により、政治的、経済的、社会的関係において差別されない」と記された。憲法改正に涙する寅子の姿はドラマのピークでもある。ところが、まだまだ完全に誰もが平等といえず、むしろ、ますます不平等が際立っていく。夫婦別姓問題、LGBTQ、原爆裁判、少年法改正、尊属殺人、ブルーパージ……と不平等な問題はいくらでもある。

 後に出てくる原爆裁判のエピソードでは「政治の貧困を嘆かずにはいられない」(実際の判決文どおり)と、尊属殺人のエピソードでは、「無力な憲法を、無力な司法を、無力なこの社会を嘆かざるを得ない」(モデルの事件の判決文を参考にしたオリジナル。実際は「憲法とは何んと無力なものでありましょうか」)と裁判官が読み上げる。前者は政治を批判し、後者では自分たちの司法のふがいなさや、社会全体の問題でもあると反省している。歴史的な社会問題に取り組みながらも、一方的な見方にならないよう配慮してあるところはさすが公共放送である。

 実際にあった社会的な出来事は、ブルーパージ(左遷)の件のように深堀りしていないものもある。それでも、具体的に知っている視聴者は勝手に行間を埋めて問題意識を果てしなく深堀りしていくことが可能であるし、知らない人は知らないなりに知識を得ることができる。非常にうまく考えられた脚本であった。引いた視点でものごとを判断する裁判官のドラマと公共放送には親和性があるような気がする。NHKのサイトには「公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう」とある。

「寅ちゃんの好きに生きること。それが僕の望み」

 ドラマの登場人物たちはそれぞれのほんとうに望む生き方を貫いた。法を守って餓死する花岡(岩田剛典)、たとえ司法試験に落ちようと男装を貫くよね(土居志央梨)、離婚して家制度から解放される梅子(平岩紙)、朝鮮人であることを隠して日本人と結婚する香淑(ハ・ヨンス)、華族の身分制度を剥奪されながらも商売で身を立てる涼子(桜井ユキ)、戦争で車椅子生活となっても前向きに生きる玉(羽瀬川なぎ)、同性愛者であることを認識して同性パートナーと生きる轟(戸塚純貴)、10代の頃の願いどおり、生涯、専業主婦であり続けた花江(森田望智)、ひとつに定めず好きなことを全部やる優未(川床明日香)……等々。そこに通底するのは寅子の最初の夫・優三(仲野太賀)の言葉である。

「寅ちゃんが出来るのは、寅ちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい。別の仕事を始めてもいい。優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってる時の寅ちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること。いや、やっぱり頑張んなくてもいい。寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」

『虎に翼』で描かれたテーマは「好きなように生きたい」これに尽きるだろう。寅子がいつも怒っていたのは、好きに生きたいのに生きられないからだ。寅子は、世の中への疑問や怒りをなんとかしようと、「はて?」「はて?」と声をあげ続けていた。なにごとも自分で決めたい。だから、口を出されると、それが善意であってもゆるさない。

『虎に翼』がこれまでの朝ドラとは違うとすれば、こんなふうに主人公がずっと不機嫌で眉間にシワを寄せ続け、自分の進路を阻む者には容赦なく厳しく対応していたことである。朝ドラの主人公はたいてい、つらいときでも笑顔でやり過ごす、という生き方を選択することが多かった。再放送中の『ちゅらさん』(01年度前期)はその最たるものである。暗雲を笑顔で晴らすことは人間の知性でもあるが、いまの日本はどうか。そうも言っていられないところにあるのではないか。

『虎に翼』出現より一足早く、『なつぞら』(19年度前期)では「無理して笑わなくてもいい」という生き方が提唱され、媚びないヒロイン(広瀬すず)が誕生していた。あれから7年、ついに寅子のようにつねにファイティングポーズで世の中の欺瞞に目を光らせ続ける主人公が誕生したのである。笑顔で穏便にやり過ごす処世術は『虎に翼』では「すん」と呼ばれ、いいとはいえないものとされた。

 余談だが、『なつぞら』脚本の大森寿美男は00年度に当時史上最年少で向田邦子賞を受賞したが、『虎に翼』の脚本家である吉田恵里香は21年度に史上最年少で向田邦子賞を受賞している。

『虎に翼』寅子と『ナミビアの砂漠』カナが似ている

『虎に翼』を最終回まで見て、寅子が誰かに似ている気がしてならなかった。それは第77回カンヌ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞を受賞した映画『ナミビアの砂漠』の主人公・カナ(河合優実)であった。

 カナは少子化で貧しくなる一方の日本にはもはや何も期待できず、ただ生存するためだけに日々を過ごしている。そのためか非常に本能的で、だらしなく、抑圧されていて、ちょっとしたきっかけで怒りが止まらなくなる。この傍若無人さは、新しい主人公像であった。寅子もまた、本能的で、だらしなく、よく怒り、悪びれない。寅子やカナみたいな人物が「令和」の主人公なのだろう。

 吉田恵里香は1987年生まれ。いわゆるゆとり第1世代にあたる。つまり社会が勝手に変更した教育システムに翻弄された最初の世代であり、勝手に「ゆとり」などと呼ばれてそれこそ怒りを覚えてきたのではないだろうか。

『ナミビア~』の監督・山中瑶子は97年生まれ。ゆとり世代後期にあたる。そして吉田も山中も「失われた30年」のど真ん中で生きてきた。

 そして、これからの日本を担っていくのは彼女たち以降の世代なのである。

 偶然だろうか、『虎に翼』がはじまって1ヶ月経った2024年5月17日、NHKがインターネットを通じて番組などを提供することを必須業務とする改正放送法が成立していた。稲葉延雄会長は会見で「放送を主な業務としてきたNHKにとっては、まさに歴史的な転換点を迎えるということになる」と発言。NHKにとって大きな法改正であり、ますますネットユーザーを意識した番組作りが求められる。

 吉田、山中世代はまさに大事にしないといけない層なのである。

朝ドラは『虎に翼』以前以後に分けられるか?

 ここで、冒頭の、『虎に翼』は朝ドラを以前以後に分けられる作品になったかという問いである。答えはイエスだろう。『虎に翼』は歴史的転換点に誕生した朝ドラになった。

 9月25日放送の『クローズアップ現代』にも時代の寵児のようにして駆り出された吉田恵里香が、『虎に翼』で、女性初の弁護士の1人としておじさんたちの担ぐ神輿に乗せられた久保田先輩(小林涼子)のようにならないことを切に願う。久保田がはじめて法廷に立ったとき、記者・竹中(高橋努)が​​​​​​​​「女性が男性の職場に登用されているのは、戦時に国民が一丸となるために利用されているだけ」と指摘していたようなことには決してならないことを祈る。

 どうかその翼を広げて自由に天高く飛び続けてほしい。それがドラマに自分を重ねた者たちの希望である。ドラマの最終回前日、冤罪事件・袴田事件の無罪判決が出るという良き偶然もあった。

(木俣 冬)

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